第7話 三者三様に町での1日が語られる


 町の酒場に一羽のペンギンが入ってきた。一見ただのトレンチコートを羽織ったペンギン獣人に見えるが、コートの膨らみからガンベルトを胴体に巻いている事がわかる。

 酒場にいた客達は一目で彼がアウトローだと見抜いた。

 そのアウトローペンギンはバーカウンターに座って、頬に傷のある野性味あるマスターに注文を頼んだ。


「麦酒がいいんだが、あるか?」

「ございます」


 ペンギンはさっきまでヨハンとメルと来店していたスコッチである。スコッチはショットグラスに注がれた酒を嘴に注いだ。

 苦みの強いアルコールが嘴内を流れて喉の奥へと向かう。たちまち身体の中を熱いものが満たしていくような感覚になる。

 コトっとグラスを置いて、スコッチは掲示板に貼られた掲示物を眺める。その様子を間近で見ていたマスターが雑談がわりに問いかける。


「何か狙えそうな物はありましたか?」

「あぁ、この町にいるのならな」


 スコッチが見ていたのは賞金首の手配書、捕まえて保安官の詰所に連れて行けば賞金が貰えるので金に困った時はよくバウンティハントしていた。

 あくまで町に賞金首がいればだが。マスターはそんな心境を察したのか、スコッチの元へ顔を寄せて小声で話し掛ける。


「右から三枚目の賞金首でしたら、そこにおられますよ」

「ほう?」


 顔の向きはそのままで振り向かず、マスターの視線の先へ目を向ける。なるほど確かに、手配書に書かれた特徴と一致する男が仲間と共にお酒を飲んでいる。

 分厚い皮膚を持つサイ獣人で、身長も二メートル近くある。殴り合いではまず勝ち目はないだろう。

 人数は見える範囲で約四人。何か話しているようなので耳を澄まして会話を拾ってみる。


「そろそろこの町からでるぞ」

「へい、出立はいつにしやす?」

「明日だ、夜になったら駐機場の砂上挺を奪って出発する」

「了解」


 どうやらこの賞金首を捕らえるのは明日が最後のチャンスになりそうだ。


「お酒の味はいかがですか?」


 マスターが尋ねる。


「勝利の味がするね」


 スコッチの瞳が獲物を前にした肉食獣のように輝いた。


―――――――――――――――――――― 


 宿の部屋では未だお腹の具合がよくないメルがベッドで横になっていた。

 ヨハンは隣の部屋で発掘品や資料の精査に務めている。


「うぅ……気候には適応できたのにまさか飲食物でつまづくなんて」


 ポケットから手の平サイズの箱を取り出し、横のスイッチを押した。すると液晶画面に光が灯りメルの健康状態を表す数値が出現し始めた。

 おそらくヨハンに見せたらしつこいくらいに食いついてくるだろう。


「しばらくこれは秘密ですね」


 画面に表示される数字を見て自分の現状を把握する。

 身長は眠る前と変わらず、体重は少し落ちていたので乙女的に嬉しいが現実的に考えると厳しいかもしれない。呼吸器系統は問題ない、これは事前にコールドスリープ装置が自動調整するよう設定していたので、呼吸に問題なければ装置が無事に作動した事の証明となる。

 筋力はいくらか落ちているよう、また関節も少し硬いのでこれらは今後取り戻す必要がある。


「あとはナノマシン」


 これが一番肝心な部分、メルの体内にはナノマシンと呼ばれる極小の機械群が駆け回っており、外部の指示によってメルの健康を維持していたのだ。


「数は……後で補充しないと」


 ナノマシンは素材があれば自己増殖する、それらは土に含まれるケイ素等やタンパク質等から作られる。


「ナノマシン製造機関は正常ですね」


 今メルが持ってる箱がそのナノマシン製造機関である。ここに土を入れて必要な成分を抽出して腕に注射する、そうすると血液を吸い上げてその血液からナノマシンのガワを製造し再び血管に送り込む。ガワは心臓に付いているナノマシンの母艦ともいえる機械に到達し、そこでようやくタンパク質等を得てナノマシンとして活動を行うようになる。

 メルはナノマシン製造機関を通して、腸内を現代の食事に適応できるよう指示を出しておく。


「数日は耐えないと……うぅ」


 これからの食生活を考えると今から胃が痛くなってくる。色々な意味で。おかげでトイレの使い方をマスターできた。


―――――――――――――――――――― 

 

 スコッチが返ってきたのはその日の夜であった。

 ヨハンは丁度遺跡で拾った「アリス・イン・ワンダーランド」の三ページ目を翻訳してたところだった。


「おかえりー、何かあったか?」

「あぁ、首を見つけた」


 その言葉を聞いた途端、翻訳してた本を閉じてスコッチの方へ身体を向ける。スコッチはコートを脱いでガンベルトを外してベッド脇に置いてからベッドに座る。


「額は?」

「銀八十」


 蜥蜴の倍近い。


「デッドオアアライブ?」

「いや、アライブ」


 つまり生け捕りにしなければ報奨金は貰えないという事だ。


「仲間は?」

「少なくとも三人」

「相手は獣人か?」

「あぁサイだ」

「銃弾が効かない種族じゃないか、そんなのを生け捕りにしろってのかよ」

「何でも他の犯罪者の証人として裁判所に連れてかなきゃならんらしい」

「なるほど、厄介な」

「明日駐機場の砂上挺を強奪して逃げると言っていたぞ」

「ふぅむ、その時の状況を詳しく説明してくれ」

「それはいいがやるのか?」

「当然、金のためだ」


 考古学者ヨハンは表向きの顔でしかない、裏では犯罪者を捕らえて賞金を得る賞金稼ぎバウンティハンターを生業としているのだ。

 遺跡探索の資金を得るために始めた事だが、今ではこれが本業となりつつあるのが最近の悩みである。

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