第5話 ペンギンは常に我々の理解を超えてくる


 ペンギンダーのコックピットは意外と広い。始めて搭乗した時はあまりにも物が無さすぎて驚いた。

 あるのはパイロットが乗る円形の土台……ただそれだけである。


「さてどうしてやろうか」


 スコッチが円形の土台に乗ると壁や天井から十数本の赤い光が紐のように伸びてスコッチの身体に突き刺さる。痛みはないが、まるで操り人形のような姿になるのであまり好きではなかった。

 赤い光の紐はしばらくすると色を無くして消えていった。

 消えたと言っても、あくまで見えなくなっただけで実際はまだそこに光がある。そう感じられるのは、スコッチが左鰭を動かしたら、連動してペンギンダーの左鰭が動いたところを確認できたところからわかる。

 あの光の紐で繋がれるとペンギンダーを意のままに操れるようになるわけだ。

 全く繋がれてる感覚はないが。


『おーいスコッチー』


 ペンギンダーの集音装置が背後にいるヨハンの声を拾う、同時に足場を残して壁や天井が光り輝き周りの風景を映し出す。

 後部モニターにヨハンが映っていた。


『そいつ売り払いたいからあまり出血させないでくれ』

「了解した」


 血を流させないのなら戦い方は一つ、ペンギンダーは地面を蹴って荒地をテトテト走り、起き上がったばかりの蜥蜴に詰め寄ってその腹を蹴りあげた。

 更に浮き上がった蜥蜴の身体を鰭で上から叩いて背骨をへし折った。それから動けなくなった蜥蜴の首を二つの鰭で折って絶命させる。

 僅か十数秒の出来事であった。


――――――――――――――――――――

  

「あ、あっという間の出来事でした」


 目の前で起きた巨大ペンギン対巨大蜥蜴の大怪獣バトルを目にしたメルは圧倒されてしまっていた。


「まあペンギンダーなら負けることはないよ」

「予想外すぎますよ」


 メルの中でペンギンは、キュートで愛らしい庇護したくなる生き物というイメージなのだが、こんな男らしいペンギンは色々とショックがでかい。

 喋る時点でショックではあるが。


「さてと、流石にバイクで引っ張るにはデカすぎるな」


 全長は十メートル、尻尾を除いても六メートルはある。


「それじゃペンギンダーで運んでくれ」

『承った』


 ペンギンダーが鰭を器用に動かして蜥蜴を左肩に担ぐ、尻尾を引き摺らないようそちらは右肩に回してのっそのっそと歩き出した。

 歩くと流石に遅い、それゆえかペンギンダーは背中の一部を展開してそこからブースターノズルを出現させる。


「えっ、まさか」


 そのまさか、ペンギンダーはブースターを吹かせて空へと飛び上がったのだ。


「ペンギンが空を飛ぶなんて」


 更にショックを受けた。


「いや、ていうかペンギンダーは空から来たんだから空飛べるでしょ」

「えぇ!? 空からきたんですか!?」

「見てなかったのか」


 何分取り乱していたゆえ。

 ヨハンはすっと指を頭上へ掲げて一点を指す。


「ここからじゃ見えにくいけど、あそこに変な物体があるのわかる?」


 言われて大空を凝視すると、なるほど確かに妙な物体が見える。

 その物体は一つだけではなく、大小様々な形をしており、それらは直線上にまばらに並んでいた。


「何ですか? あれ」

「リングって呼ばれてるやつでさ、この星をぐるりと一週してるんだ。元は何かの建造物で、見えてるのはその破片じゃないかって言われてる。ペンギンダーはスコッチの召喚……あぁ召喚銃ていう銃に応えてあそこから来るんだ。」

「へぇ」


 リング、建造物、星を一週……ふと、メルの頭の中で何かがカチリと噛み合う音がした。


「もしかして……オービタルリングの欠片?」

「オービタル……リング? 詳しく!」


 何気なく言った言葉だったが思いの外ヨハンの興味を引いたらしく、目をキラキラさせながらメルへ詰め寄る。

 ずいと顔を近付けるヨハンを見ると、否応なしに先程のキスを思い出して顔が真っ赤になる。


「ち、近いです!!」

「おっとすまない、それでオービタルリングってなに?」

「むぅ」


 こちらはキス一つで心臓の鼓動が早くなったというのに、この男はオービタルリングにしか興味が無いとみえる。流石に女のプライドとか純情とかその他諸々が不愉快になる。


「教えません!」

「えぇ、そんなケチケチしなくてもさぁ」

「ダメです。そんな事よりペンギンダーを追いかけましょう」

「ちぇー」


 不満だらけのヨハンの背中を押して無理矢理バイクに座らせる。メルはヨハンの後ろではなくスコッチが乗っていたサイドカーへ腰を下ろした。


「おろ? 俺の後ろじゃなくていいのか?」

「結構です!」

「何か怒ってる?」

「怒ってません!」

「怒ってるじゃん」


 よくわからないままヨハンはエンジンを吹かせて荒野を走り出す。

 今ヨハンの背中に引っ付いたらきっとドキドキして心臓がもたないと思う、それぐらいメルにとってキスは衝撃だった。もしかしたらペンギンよりも大きいかもしれない。


「だって初めてなんだもん」


 そのボヤきは荒野を流れる乾いた風に流されて消えてしまった。

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