第3話 水の星と砂の星が邂逅する現在の理


 遺跡で眠っていた少女の生存を確認したヨハンとスコッチは、ひとまず街に戻ることにした。

 ヨハンはとりあえず少女が目覚めるのを待っているところだ。あまり時間がかかりそうなら担いでいこうと思っている。


「アリス・イン・ワンダーランド、女の子の冒険物みたいだな」


 暇潰しにさっき拾った児童向けの本をパラパラと捲る。勿論文字が読めないため時々差し込まれている挿絵を見るだけだ。

 五枚目あたりの挿絵が目に入った時、思わずその絵に見入ってしまう。

 それは、少女が森の中を歩いている絵だった。


「こんなに沢山の植物がある世界なんて信じられないな」


 この世界に植物はほとんど無い、一部地域には挿絵のように背の高い木々が鬱蒼と並び立つ区間があるが、どこも環境保護区域として厳重に管理されてるので入る事はできない。

 続いて女の子が兎や帽子を被った男とお茶を飲んでる絵のページへ。


「この兎は獣人だな、少女と兎獣人が仲良くしてるのを見るに、この本が出版された当時の人間と獣人の仲は良好だったと解釈できるな」


 別に現代においても人間と獣人は格別仲が悪いわけではない。現にヨハンは色々な獣人と仲良くしてる。

 しかし場所によっては差別感情が激しい所があり、獣人立ち入り禁止の街や人間立ち入り禁止の街もままあるのだ。

 三分の一ぐらい過ぎたところでカードから手足の生えた謎の生命体の挿絵となった。


「お? これトランプか? この時代にもあったんだなあ……なんでトランプから手足が生えてんだ?」


 現代のトランプはカードゲームをするための玩具であり、手足など生えてはいない。察するに、この頃のトランプは生きて動いていた生命体なのではないかと推測できる。

 もしくは高度な技術でつくられた機械人形ではないだろうか。


「ふーむ、興味深いな」


 まさかこのような児童小説で考察が捗るとは思わなかったのでヨハンの心はウキウキだ。

 それゆえ背後で少女が目覚めた事に気付くのがワンテンポ遅れる事になる。


「う、うぅぅん……ここは……私どれだけ」

「お? 目が覚めたのか?」


 モゾモゾと少女が身体を起こす、目覚めたばかりで頭がぼやけるのか少し苦しそうだ。

 しばらく目を瞬かせてあたりをじっくり見渡す、その際箱に腰掛けて本を開いていたヨハンと目があった少女は、その目を大きく開いて驚愕の表情を見せた。

 宝石のような青い瞳をもつ少女だった。


「あ、あなた誰ですか!?」

「そういう君こそ誰だよ」


 名乗る時は自分から、お婆ちゃんからよく言われてきた。


「わ、私は……め、メルと申します。そ、それであなたは? お父さんの知り合いですか?」

「俺はヨハン、多分君のお父さんとは関係ないと思う」

「じゃあ、お、お父さんは? お父さんはどこにいるの?」

「いや、知らないけど……そもそも何で君は……あぁメルだっけ、メルは何でここで眠っていたんだ?」

「そんなのコールドスリープしてたからに決まってるじゃないですか!」

「え? こおる? 凍るの? なんか知らない単語でてきた」

「コールドスリープを知らない? そんな事よりお父さん! きっとまだ眠ってるんだ! 起こしにいかないと」


 何やらメルと名乗った少女はブツブツと独り言を言い始めた。メルはゆっくり立ち上がって箱の外へと出る。

 意外な事に足腰はしっかりしており、関節が固まってる風な事はなかった。

 そのまま彼女は箱の下部に手を当てると、そこから衣類が詰まった引き出しを出した。


「よかった、保存状態は良さそう」

「そ、そんな所に引き出しがあったのか」


 もしかしたらまだあるのかもしれない、そう思って一歩踏み出したら、何故かメルがこちらをギッと睨んでいた。


「着替えるので部屋から出てってください」

「あっ、はい」


 大人しく従った。


「あのエロエロスーツは民族衣装とかじゃなかったのかな……興味深い。一応スコッチにも連絡しておこう」


 鞄から大きめの無線機を取り出した。

 

――――――――――――――――――――


 しばらくして。

 着替え終わったメルが部屋からでてきた。

 濃いめの赤いワンピースドレスに下は無骨なブーツというのがどこかアンバランスだ。アクセサリー類もつけておらず全体的に地味だが、髪色が薄茶色なので頭部は明るい、意外と全体的なバランスは良かったりする。


「ほお、可愛いじゃん」


 とヨハンが褒めると。


「ありがとうございます」


 と頬を僅かに染めてそっぽを向いた。

 それはそれとして。


「俺としてはメルに聞きたい事があるんだけど、そっちも同じだよな」

「はい、私も聞きたい事があります」

「とりあえず前提として俺はメルに危害を加えるつもりはないと理解してほしい」

「……信じます。そうしないと話が進まないので」

「助かるよ。移動しながら話そう、そうだな交互に質問するというのでどうだ?」

「わかりました」

「それじゃ俺から、そうだな……もう一度尋ねるけど、まずメルは何故あそこで眠っていた?」


 それからヨハンを先頭に歩き出す。話しながらなので歩みは遅い。メルは少し考える素振りを見せて、頭の中で慎重に言葉を選んでから吐き出す。


「簡単に言えば、身を守るためです。そうしないと生き延びられなかったので。

 私からは、私が眠っていたような箱をどこかで見ませんでしたか?」

「あの箱か、うーん……一応この建物は一通り見て回ったけど、同じような箱は無かったな」

「じゃあ別の場所で眠っている……でもだったらなんで先に目覚めて起こしてくれなかったんだろう」


 現在は階段を登っているところ、話しながらの影響か、一節事に一段登ってしまっている。

 メルはヨハンの番である事を忘れて思案に暮れてしまっていた。耐えきれなかったヨハンが口を尖らせて拗ねる。


「ちょっとおー、俺の質問だぞー、ちゃんと聞いてくれよー」

「あ、ごめんなさい」

「俺の質問は……あれ? 何を質問しようとしてたんだっけかな?」

「わかりません。じゃあ私の番ですね、この建物は何年前のものかわかりますか? めちゃくちゃ古いのはわかるんですけど」

「ちくしょう今のを質問にカウントするんじゃねえよ!

 あと俺の見立てでは、ここは二千年前の物だ」

「二千年!?」

「うわ!」


 二千年という数字に驚いたのか、メルは大声で叫んでしまう。そのせいで狭い階段フロアに音が反響して耳の鼓膜を刺激してしまったのだ。

 反射的に耳を塞ぐが時すでに遅し、痛い。

 ヨハンもメルも同時に唸ってしまう。


「馬鹿野郎、ほんとおま、馬鹿」

「うぅ、ごめんなさい……あと馬鹿馬鹿言わないでくださいよ」

「馬鹿は馬鹿だろ……それと地上についたぞ」

「ほえ?」


 階段も行き止まり、そこからフロアへ出ると正面に光が見える。そこから外へと出られるのだ。

 そしてそこでようやくメルは何かを理解したようだ。


「そうか、なんか暗いと思ってたら地下だったんだ」


 古来より人は光を見ると安心する事が多い、無論人によっては暗い方がいいという場合もあるが、少なくともメルは前者だった。

 彼女はホッとした表情を浮かべて出口へと走り出した。


「おい待て!」


 ヨハンが止めるのも聞かず、メルはまっしぐらに外を目指し、そしてその足で大地を踏みしめた。


「何、これ」


 目を丸くした、放心状態と言ってもいい。とにかくメルは外へ出た瞬間明るい表情から一転してドン底へと落ちていったのだ。

 見渡す限り砂、砂、砂、石、岩、枯れ木、枯れ草、そして砂、砂、石、どこをどう見ても荒野だったのだ。


「なんで……だってここ海沿いなのに」


 メルが目を向けた先には、やはり砂。浜辺のようなものはあるがそこに細かい粒子の砂が寄せては返している。

 まるで波、そうメルが感じた時に気付いた。海があったところには細かい粒子の砂がまるで水のように流れていて海になっている事に、さしずめ砂の海。


「大昔、この星は水の星と呼ばれていたらしい」

「え?」


 いつの間にかヨハンが追いついていてメルの背後にいた。

 それから二人で並んで砂の海を見つめる。


「今から二千年前までこの視界一杯に水があった。その大量の水は海と呼ばれていて人々を潤していたらしいんだ。でも今はご覧の通り砂だらけ、この砂の海は通称デューン、そしてこの星の名は……デザリアン」

「デューンにデザリアン」

「さっきの続き、俺が質問する番。なあ、何となく想像してたんだけど、もしかしてメルってさ……二千年前の……水の星の人間なのか?」


 メルを見つめるヨハンの視線は真剣そのもので、ふざけた様子は無い。

 だからこそメルも、深く呼吸して気分を沈めてから、自分の考えを口にする。


「まだハッキリとはわかりませんけど……ヨハンさんの推測通り、おそらく私は二千年前の、水の星……いえ地球の人間です」


 二人の間を渇ききった熱風が駆け抜ける。

 ここに砂の星の人間と、水の星の人間が出会い、そして星の歴史を巡る冒険が始まったのだ。


――――――――――――――――――――

 

「あぁ、盛り上がってるとこ悪いが、俺を忘れないでくれないか?」


 一体いつからそこにいたのだろうか、声がした方へ向けば、一羽のペンギンが嘴に煙草を咥えて立っていたのだ。

 先程のダンディズム溢れる渋い声はこのペンギンから発せられた物だ。

 体長は一四〇センチメートルあり、ロングコートにテンガロンハットという典型的なガンマンスタイルのペンギンだ。

 腰にはリボルバー式拳銃が装備されている。

 彼こそがヨハンの相棒であるスコッチだ。


「おおスコッチ、いつからそこに?」

「お前が水の星の話を始めてからだ」

「ほぼ最初じゃん」


 ヨハンとスコッチが雑談を交わしてるなか、メルは背後で目を丸くしてスコッチを見つめていた。

 異変に気付いたヨハンが「どうした?」と尋ねると、メルはおそるおそるスコッチを指差して。


「ぺ、ペンギンが喋ったああああああ!!!」


 と叫んだ。

 対するスコッチは。


「いや普通ペンギンは喋るだろう」


 と返し、ヨハンは。


「だよなあ」


 と同意した。


「いやいやいやいや」 

 

 

 

 

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