第25話 「…ここ日本じゃねーよな。」

 〇神 千里


「…ここ日本じゃねーよな。」


 カプリの前でバッタリ。

 俺と知花にそう言ったのは…


「…なんでおまえ、ここにいる。」


「そりゃ俺のセリフだ。」


 なんやかんやでよく渡米はするが、知花とのプライベートでの渡米。

 そしてイチャつき放題の旅。

 気分のいいまま、ランチも美味いであろうカプリにゴキゲンな足取りで来たと言うのに…


 目の前に、京介。

 俺以上に、目付きの悪い京介。



「京介さん、一人ですか?」


 知花がそう言うと。


「…いや…」


 京介は目をキョロキョロさせた。


 てめぇ。

 知花の可愛さに狼狽えたな?

 見るな。


「こいつが一人で来れるわけねーだろ。人見知りが激しくてオーダーも出来ねーのに。」


 俺が知花の前に出て言うと。


「オッオーダーぐらい出来る!!」


 京介は俺に一歩詰め寄って言った。


「じゃ、一人で来たのかよ。」


「うっ…」


 俺が斜に構えて言った所で…


「えっ!?知花!?神さんもー!?」


 店の中から、聖子が出て来た。

 …だよな。

 さらには…


「えー!?神じゃーん!!あっ、知花ちゃんもー!?」


 …アズも出て来た。


「ええええええ…新婚旅行って言ってなかった?なんでここなの?」


 …瞳まで。


 俺の後ろにいたはずの知花は、聖子が『あんたこっちでも可愛い格好させられて~』なんて言いながら抱きしめてて。

 俺にはアズが『運命だねー』なんて言いながら抱き着いてる。



「…おい。おまえら食い終わったんなら、さっさとどこか行けよ。」


 アズをバリバリと剥がしながらそう言うと。


「あたし達、今からよ?席が空くの待ってるの。」


 瞳が店の中を指差して言った。


「……知花、よそへ行こう。」


 知花の腕を取って歩き出す…はずが。


「ダメ。ここで一緒に食べよ。」


 知花は聖子にガッチリ捕まえられてて。


「よそに行きたいなら京介貸してあげる。」


「なっ何言ってんだよ聖子!!」


「…俺もいらねーし。」


「じゃ決まりー。瞳さん、二人追加でよろしくー。」


「はいはーい。」


「……」


 なんだって、ここに来てこのメンツなんだ!!



 ぶっちゃけ俺は嫌だったが、知花が嬉しそうだったから…まあ、いい事にした。

 …確かに、日本ではこいつら夫婦はよく四人で飯を食ってる。

 俺は早く家に帰りたいから、誘われても行かない。



「席用意出来たって。」


 瞳が店の入り口で手招きしながら言った。


「…ごめんね?千里。」


 知花が遠慮がちに俺を見上げる。


「…別に飯ぐらいいいさ。」


 知花の前髪をかきあげながら言うと、知花は照れくさそうに…だけど幸せそうに笑った。



 …もしかしたら、知花は…

 今までも、こうしてみんなで飯を食いに行きたかったのかもしれねーな。

 そう言えば、昔…SHE'S-HE'Sはよく集まって飯食ってたしな。

 他に友達いねーのかって言うぐらい。

 …ま、俺もいねーけど。



「うっわ。ここ、カニが有名って聞いたけど、肉も美味しいわ。」


 大きな肉をがっつきながら、聖子が言った。


「ほら、京介も食べて。」


「…マジうめーな。」


「でしょでしょ。これおかわりしない?」


 あー、ほんと…聖子と京介って肉が似合う夫婦だな。

 ザ・肉食夫婦。

 …く…くだらねー…


「…ふっ…」


 ワインを飲みながら、つい小さく笑ってしまうと。


「えー?何笑ってんだよ神ー。何かおかしかった?」


 アズがくっついて来た。


「なんでもねーよ。黙って食え。」


「もー、アメリカでも神は神だなあ。」


「圭司、チーズがついてる。」


「え?どこどこ。」


「もう、手がかかるんだから…」


 甲斐甲斐しくアズの世話を焼く瞳。

 昔の事を考えると…まさか瞳がアズとくっつくとはなあ。

 あれだけ俺に惚れまくってたのに。

 ま、俺としては…応えられなかったからな。

 アズとくっついてくれて助かった。

 つか、こんなつかみどころのない男、どこが良かったんだ?



「千里、少し飲み過ぎじゃない?」


 右隣には、俺の可愛い嫁。


「まだ三杯目だぜ?」


「でも昨日も一昨日も、たくさん飲んでるもん。」


「心配か?」


「当たり前じゃない。」


「俺が酒を飲まずに済む方法、知りたいか?」


「……」


 答えを言ってないのに、カーッと赤くなる知花。


 あはははははは!!

 おまえ、マジ可愛いぜ!!


「ったく…神はどこにいても神だな。」


 京介がブツブツとつぶやく。

 当たり前だ。

 俺はどこにいようが俺だ。

 口に出さずにそう思いながら、ワインを一口飲むと…


「…新婚旅行だから…素面の千里としたいのに、ずーっと飲んでばっかり…」


 不意に知花が…俺の耳元でそう言った。


「……あ?」


「今夜はしない。」


「……」


 ワイングラスをゆっくりとテーブルに置く。

 アズも京介も、それぞれ瞳と聖子と喋ってて、俺達の会話には気付いてない。


「…夕べはおまえも酔っ払ってただろ。」


「千里が飲ませたんじゃない。」


「…じゃ、今日はこの一杯でやめる。」


「嘘。今夜も飲んじゃうクセに。」


「…飲まねーよ…だから…」


 俺と知花がコソコソと話してると。


「映もこっち来てるし。F's、揃っちゃってるね。」


 聖子がおかわりした肉を食いながら言った。


「は?映?何しに来てんだ。」


 知花との話し合いは一旦中止。

 ワイングラスも置いたままでそう言うと。


「朝子ちゃんが、皮膚移植受けたの。あたし達もそのお見舞い兼ねてこっちに来てるのよ。」


 瞳がアズと『ね』って顔を見合わせた。


 朝子ちゃん。

 それは、えいの嫁。

 …志麻の、妹。

 咲華さくかを二年以上待たせて、咲華に捨てられた男。

 …言い方は悪いが、仕方ない。



「うちの男性陣も来てたら面白いのにねー。」


 聖子が肉を手にしたまま…ほんとこいつ、肉が似合うな。

 早乙女は来てるが…それを言うと海との関係も言わなきゃなんねーからな。

 聖子は知ってるだろうが、他の三人はどうか分からない。

 ま、どうせ集まる事なんてねーし、言うのはやめておこう。


「陸ちゃんはどこに行くって言ってたっけ。」


ちかしのアート展に行くって言ってたから、カナダかな?」


「知花達は行かないの?」


「旅行の後半に行くつもり。」


 誓は、知花の弟で。

 華道を世界に広めるべく、花のアート展を世界各国で展開している。

 その誓と双子のうららは、陸の嫁。


 近い所で夫婦関係が出来上がってるもんだから、色々めんどくさい事もあるが…

 まあ、都合付けるには楽な事も多い。


 それにしても、他に出会いはなかったのか。っつーぐらいだ。



「神、おかわりする?」


 アズが、俺の空いたグラスを見て言った。


「……いや、やめとく。」


「えー、珍しいなあ。」


「最近飲み過ぎてるからな…」


「神さん、健康に気を付けたりするのね。意外。」


「……」


 飲みたい。

 が、我慢しろ、俺。

 知花のためだ。(いや、俺のためだな)



「まこちゃんはどこ行くって言ってたっけ。」


「内緒って言ってなかった?」


「まこちゃんが一番分かんないよね~。」


 みんなのそんな会話を聞きながら、昔は大嫌いだったトマトにフォークを刺して口に入れようと…


「……」


 口が『あ』の形のままで止まった。


「…千里?」


 知花が、俺の顔を覗き込む。

 そして、俺の視線を追って…


「…まこちゃん?」


 そう。

 まこちゃんだ。

 俺の視線の先にいるのは…

 まこちゃんと、朝霧。と、その嫁達。


 ああ、そうか。

 まこちゃんの嫁は、朝霧の妹だ。

 て事は…


「わー!!陸ちゃんとセンも来れたら良かったのにね!!」


 瞳はそう言って聖子と笑ったが。

 …早乙女は来てる。

 まさか、陸まで来るってこたーねーよな………って。


「あれ?麗…?」


 知花が、店の入り口を見て言った。


 お…おいおいおい。

 カナダはどーした。

 誓のアート展は。


 俺達に気付いた陸と朝霧とまこちゃんは。


「え?何でこんな事に?」


 笑いながらやって来て、みんなハイタッチ。


 …そうだ。

 SHE'S-HE'Sは今まで長いオフがあっても、絶対何日かは集まるようにしてた。

 家族同様。

 離れてると恋しくなる間柄。


「…打ち合わせもしてねーのに、これかよ…」


 俺が目を細めてそう言うと。


「もー、神…俺達もここでこうやって会えたのを、もっと嬉しがろうよ~。」


 何に感化されたのか。

 アズがそう言って抱き着いて来た。

 …嬉しくないっつーの!!




 幸い客が減り始めた頃で。

 俺らのテーブルは、急遽、店のスタッフによって増設されて。


「かんぱーい。」


 早乙女と映抜きの、SHE'S-HE'SとF's…と、その配偶者勢揃い…



「義兄さんが水って。どうしたの?」


 麗が噴き出すような顔をした。


「…こっちに来てからずっと、浴びるほど飲んでるからな。」


 そうだ。

 健康のためだ。


「それにしても、よくここまで気が合う事で…」


 京介の小さな一言に。


「でしょでしょ?やっぱあたし達、運命共同体なんだよ~。」


 聖子は嫌味を嫌味とも取らず、うっとりとしてる。


(ここから色んな発言があるゆえ、セリフのみ)


 まこ「神さんのインスタ、マネキンの前で集合写真撮ってたのどこですか?」


 千里「ああ…ここからそんなに遠くないライヴバーだ。」


 陸「ぶっ…ライヴバーって。まさか歌ったり?」


 千里「三曲ほど。」


 瞳「え?アコースティックで?」


 千里「ピアノ弾きながら歌った。」


 光史「うわー…知ってたら行ったのに。」


 アズ「俺も知ってたら加勢したのになあ~。」


 聖子「知花、何歌ってもらったの?」


 知花「えっ…」


 瞳「赤くなった。じゃ、アレね。」


 聖子「え?どっち?覚悟しろってやつ?それとも死んでしまいそうってやつ?」


 千里「…そこだけ切り取るな。」


 麗「姉さん、何歌われても泣きそう。」


 聖子「泣いちゃった?」


 知花「……」


 千里「いじめるな。」


 聖子「あはは。ごめんごめん~。もう、可愛くて。」


 瑠歌「ほんと知花さん、だんだん若返ってる…」


 鈴亜「あたしも思った。どうしたらそんなに?」


 知花「え…えっ?」


 千里「それは毎日×××で△△△で〇〇〇をしてたらこ」


 全員「きゃーーーーーーー!!」


 知花「千里ーーー!!(猫パンチ)」


 京介「せ…聖子、聞いたか?毎日×××で△△△で〇〇〇をしてたら、神の嫁さんみたいに…」


 聖子「何あんた知花に目ぇつけてんのよ!!(殴)」


 まこ「あははは。聖子、相変わらずだなあ。」


 光史「いや、神さんが相変わらずだ…」


 瞳「ちょっと知花ちゃん…今の、後で詳しく…」


 瑠歌「あたしも興味ある…」


 鈴亜「…じゃ、あたしも…」


 知花「もうっ!!違うから!!今のみんな忘れてー!!」


 アズ「俺、挑戦できるかな…」


 知花「だから!!アズさん違うのー!!」


 麗「まあまあ、姉さん。義兄さんはこうでなきゃ…」


 陸「相変わらずわけぇなあ…」


 知花「も…もう…」


 聖子「あ~ごめんごめん。ほらー、神さんがいじめるからー。」


 千里「俺かよ。俺は正直に言っ」


 瞳「はいはい。もう妹を泣かせないでちょうだい。で、何歌ったの?」


 千里「…Trying〜とNever〜…」


 まこ「それをピアノで?うわー…聴きたかった…」


 アズ「Never~は大合唱?」


 千里「まあ、そうなったな。客は15人ぐらいだったけど、ちょうど良かった。」


 陸「そんな気持ちいいライヴ、二曲で済んだんすか?」


 千里「…もう一曲は、知花と一緒に歌った。」


 聖子「あら。超レア。」


 瞳「何歌ったの?」


 千里「……」


 知花「……」


 セン「俺の予想としてはIf It's Loveなんだけど。」


 聖子「えっ!!セン!?」


 世貴子「皆さんお揃いで。」


 麗「わー!!世貴子さん久しぶりー!!(抱)」


 アズ「えー?なんでなんで?」


 セン「今夜こっちに用があって。ケーキが美味いって聞いたから買いに来たら…大賑わいのテーブルが(笑)」


 陸「どれだけ気配消してんだよ。気付かなかった。いつからそこにいたんだ?」


 セン「毎日ピーでピーでピーをしてたらって(笑)」


 まこ「あはは。すっごい略し方(笑)」


 瑠歌「椅子増やしてもらいましょ。世貴子さん、座って座って。」


 世貴子「あ、ありがと…じゃ、ちょっとだけお邪魔します。」


 セン「じゃ、ほんとに少しだけ。で?神さん。俺の予想正解?」


 千里「…なんで分かる。」


 全員「聴きたかったーーーーーー!!」


 千里「嘘つけ。京介、本心かよ。」


 京介「神の歌はともかく、神の嫁さんの歌は…」


 聖子「あんた、いつの間にそんなに知花のトリコに…」


 京介「いや、ボーカリストとしてはマジリスペクトだぜ?」


 聖子「知花の目見て言って?」


 京介「……え……あ、いや……えー……(照)」


 千里「俺の嫁に照れるな。」


 京介「そんなんじゃない!!」


 光史「京介さんも曲の大半歌ってますもんね。」


 京介「それ。それなんだよ。ったく…神がむちゃくちゃな曲ばっか作るから…」


 光史「でもどの曲もカッコいいですよ。まさかのツインボーカルですけど、あれだけ歌いながらのリズムキープ。京介さんのプレイスタイルって唯一無二ですね。」


 京介「え…いや…それほどでも……(照)」


 聖子「光史誉めすぎ~。」


 光史「いや、マジで。俺は叩く事に必死だから、歌えなんて言われたらスティック置くよ。」


 まこ「確かにね。F'sはボーカルもだけど、コーラスパートも結構複雑だから覚えるのが大変そう。なのにこの前のライヴ…圧巻だったなあ。」


 アズ「ほんとー?そう言われると嬉しいねー。あのライヴ、めっちゃきつかったー。」


 瞳「このチーズ美味しいわね。」


 アズ「…バッサリ…」


 瑠歌「あたしも思ってました。」


 麗「おかわりしちゃう?」


 鈴亜「あっ、きのこのアヒージョも。」


 知花「センと世貴子さん、少しは食べても大丈夫?ソーセージ美味しかったよ?」


 セン「じゃあ少しいただこうかな。」


 世貴子「…神さんが水…」


 千里「俺でも水ぐらい飲む。」


 麗「ワイン三杯飲んでるから。」


 陸「いつ四杯目を頼むかなーって見てるんだけど。」


 千里「…飲まねーよ。」


 瞳「飲まなかったらご褒美でもあるの?」


 千里「……」


 聖子「あははは!!あるんだー!!もう、神さんて分かりやすーい!!」


 知花「千里、飲んで。飲んでいいから。」


 千里「飲まねーって。絶対素面でふがっ」


 アズ「あははは。神が口塞がれるって。」


 陸「そうか。今夜はピーでピーでピーなんだな。」


 知花「陸ちゃん!!違うからーーー!!」




 結局…

 SHE'S-HE'Sは全員揃った。

 それぞれ、明日のスケジュールを話してると…


「明日、こっちの事務所行ってみよーよ。」


 アズがそう切り出した。


「あ、いいね。沙都の功績とかバーンと出ちゃってるんじゃない?」


 聖子が誇らしげに朝霧に言った。

 それには朝霧もまんざらではないようで。


「あいつ、こっちでの事何も話さないからな…」


 前髪をかきあげながら、そう言った。



 思いがけずの大集合。

 これはこれで…まあ、楽しかった。

 知花の笑顔も、俺と二人きりの時のそれと同じようで違ったようにも思えた。

 どっちがいいとは言わないが。

 知花が笑顔でいれるなら、どっちもいい。


 それに…

 知花がみんなから愛されている事。

 それがよく分かった。



「んじゃ明日な。」


 早乙女が咲華達の家に行く時間もあるだろうから、三時半には解散。

 大半のメンバーが、今夜もどこそこで飯を食おうと約束しているようだった。


「……おまえも今夜飯に行きたければ、付き合うけど?」


 遠巻きにみんなを見てる知花にそう言うと。


「……」


 知花は俺に視線を移して。


「今夜は素面同士で映画でも観に行かない?」


 目をキラキラさせて言った。


「映画?」


 そう言えば…知花と映画なんて、行った事ねーな。

 つーか、映画館自体行った事がない気がする。


「コーラとポップコーン持って。」


「…まあ、おまえが行きたいなら、それで。」


「ふふっ。楽しみ。千里と映画なんて。デートみたい♡」


 知花はたまんねー笑顔で、俺を見上げて言いやがる。


 …ちくしょ。

 ほんと俺、骨抜きにされてんな…


「…分かった。」


「ふふっ。嬉しい。」


 知花は本当に嬉しそうに、珍しく自分から飛びつくように俺の腕て手を回して歩き始めた。


 …あー…



 帰国しても、たまにはみんなと飯に行こう。

 それで知花の笑顔が極上なら。

 素面の夜があってもいい。





 マジで。

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