屈辱の白いワンピース

日曜日の朝、今日は結菜さんとのデートだ。

芽衣さんとは、いつかちゃんと話さなきゃいけない。

でも、きっと怒ってるだろうし、なにより、僕と芽衣さんが話すことを、結菜さんが許してくれないだろう。


とにかく、デートの待ち合わせは十時だけど、遅れたらめんどくさいことになりそうだし、三十分前には着くようにしよう。





九時三十分丁度に校門前に着くと、すでに結菜さんが待っていた。

休みの日も制服なんだ。まぁ、僕もだけど。

デートってなると、何を着たらいいか分からないから、迷うぐらいなら学生らしく制服でいいという考えだ。

とにかく結菜さんに声をかけよう。


「おはようございます。三十分前集合になっちゃいましたね」


声をかけると、結菜さんはニッコリと淑やかに笑みを浮かべた。


「輝久くんが三十分前に来てくれるなんて、そんなにデートが楽しみだったんですか?」

「た、楽しみでした! 結菜さんは、いつからここにいるんですか?」

「七時からです」

「それ、楽しみにしすぎです」


結菜さんは僕に近づき、僕の胸に手を置いた。


「だって、大好きな輝久くんとのデートですよ? 会いたい、早く会いたいと思っているうちに足が動いていました♡」


なんにもなければ普通に可愛い女の子なんだよな。

ヤンデレでさえなければ‥‥‥ヤンデレでさえなければー!!


「輝久くん? どうかしました?」

「いや! なんでもありません! それにしても、十時前だと開いてる店ってほとんどありませんよね」

「んー、そうですね。それじゃ、ショッピングモールまで歩きましょうか! 歩きなら丁度三十分ぐらいですし」

「そうですね、行きましょうか」

「はい♡ 行きましょう♡」


僕達はショッピングモールに向かい歩きはじめた。

歩いている途中、結菜さんは肩を近づけ、甘えたような声で話しかけてくる。


「手繋いでもいいですか?」

「も、もちろんです」


結菜さんと別れる前に、芽衣さんと付き合って、そして今、結菜さんとデートをしている。

複雑だ‥‥‥いや、シンプルに浮気なんだけど、複雑だ。





ショッピングモールに着くと、タイミングよく開店時間になり、さっそく僕達は店内に入った。


「なにか見たい店とかありますか?」

「アクセサリーショップで、なにかお揃いの物を買いませんか?」

「いいですね!」


浮気中なのに、人生初のお揃いに胸躍らせた自分を殴りたい。

でも、結菜さんの中では浮気されてるって認識じゃないんだろうな。

ヤンデレって、ある意味前向きだな。


アクセサリーショップに着くと、結菜さんは目を輝かせながらアクセサリーを見つめ始めた。


「アクセサリーがこんなに沢山! すごいです!」


えっ、なに?めっちゃ可愛いんですけど。

こんなにテンションが上がって笑顔の結菜さん、初めて見た。


「まさか、ショッピングモール初めてなんですか?」

「はい! ずっと来てみたかったんですけど、友達がいないので来たことなかったです!」


あー、可哀想‥‥‥涙出てきた。


結菜さんは、とても嬉しそうにアクセサリーを眺め、一つの指輪を手に取り、ジッと見つめ始めた。


「なんか気になるものありましたか?」

「これ素敵です! この赤いライン、赤い糸って意味らしいです!」


結菜さんが見せてきた指輪は、シンプルなシルバーに、一本の赤いラインが入っているものだった。


「シンプルでいいですね!」

「これにしましょう! ペアリングです!」

「それじゃ、僕がお金出しますね」


いろんな罪悪感から、お金ぐらいは僕が出したい。


「大丈夫です! 私が払います!」


結菜さんは、スタスタと早歩きでレジに行ってしまった。

なんか普通の女の子だな。

顔も美人だし、スタイル抜群。

一途で笑顔が素敵‥‥‥これでヤンデレじゃなければ今すぐプロポーズしてるレベルだ。

プロポーズする度胸なんてないけど。


しばらくして結菜さんが、お会計を済ませて嬉しそうに戻ってきた。


「買ってきましたよ! さっそく着けたいです!」

「そうですね! 店内で袋から出すのは良くないから、休憩場所の椅子に座りましょう!」


一度休憩場所に行き椅子に座ると、結菜さんは僕の左手を取り、薬指に指輪をはめてきた。


「婚約指輪ですね!」

「そ、そうですね! 僕もはめてあげるよ!」


僕は結菜さんの左手の薬指に指輪をはめた。

結菜さんはニコニコしていて、とても嬉しそうにしている。

いつも無表情なことが多いから、ギャップ萌えが凄い。

ショッピングモールに初めて来たって言っていたけど、ゲームセンターとかも行ったことないのかな?

ちょっと誘ってみよう。


「ゲームセンターって行ったことありますか?」


結菜さんは目をキラキラさせて僕を見た。


「ないです!」

「ここにもあるんですけど、行ってみます?」

「はい!」


決まれば行動が早く、手を繋ぎながらゲームセンターに向かった。


なんだこれ、すげー楽しい!

デートってこんな楽しいのか!


ゲームセンターに着くと、結菜さんは大きな牛のぬいぐるみを見つけて指をさした。


「あれ! あれすごい可愛いです!」

「牛‥‥‥ですか?」

「はい! これ、百円って書いてありますけど、百円で買えちゃうんですか?」


本当に何も知らないんだな。


「これは一回百円で、このアームを動かして、ぬいぐるみを狙うんです! 一回やってみますね!」


お試しでプレイしてみたが、見事に一発で牛のぬいぐるみをゲットしてしまった。

これはドヤ顔不回避だ。


「すごいです!」

「たまたまですよ! これ、結菜さんにプレゼントします!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


結菜さんは牛のぬいぐるみを嬉しそうに抱き抱えて、頭を撫でている。


「私、プリクラというものを撮ってみたいです!」

「よし、撮りましょう!」


さっそくプリクラ機に入り、写真を撮り始めた。

結菜さんは、ぬいぐるみを抱き抱えて写ったりと、楽しんでいるようだ。

そして最後の一枚で、シャッターが切られる瞬間、結菜さんは僕の頬にキスをした。


「ゆ、結菜さん!?」

「本で見ました! カップルはプリクラで、キスプリっていうのを撮るって!」

「な、なるほど」


恥ずかしい気持ちを抑えながらプリクラに落書きをして、少し待っていると、機械からプリクラが出てきた。

僕はプリクラをハサミで綺麗に切り、半分を結菜にさんに渡した。

すると、プリクラを受け取った結菜さんは、ニコニコしながらキスプリを自分の携帯に貼ってしまった。


「輝久くんも携帯に貼りましょうよ!」


携帯に貼って芽衣さんにプリクラを見られたらヤバイ。

でも、断ってしまったら、今の結菜さんの楽しそうな気分を崩しちゃうかもしれない。

そう思い、しょうがなく僕もキスプリを携帯に貼ることにした。


次はなにしようかと考えていると、結菜さんは左手に牛のぬいぐるみを抱え、右手で僕の手を握った。


「私、お洋服が見たいです!」

「見に行きましょう!」


ショッピングモール内の服屋に入り、服を見ていると、後ろから美波さんの声が聞こえてきた。


「あれ? 輝久と結菜じゃん!」


振り向くと、そこには美波さんと真菜さんがいた。

その二人を見た結菜さんは、ずっとニコニコしていたのに、いきなり無表情に戻ってしまった。


美波さんは、僕と結菜さんが一緒にいるのを不思議そうな顔で見ている。


「輝久って芽衣と付き合ってるんじゃないの?」


真菜さんは、美波さんの言葉に続けて言ってはいけないことを言ってきた。


「輝久くん、浮気はダメです!」


何言っちゃってんのー!?

この子、大人しそうな見た目してヤバイのぶっ込んできたー!!


結菜さんは無表情のまま冷静にしているが、いつ暴れ出してもおかしくない。


「あれは、芽衣さんが嘘をついていただけです。本当は私と付き合っているのに、芽衣さんは輝久くんを騙して奪おうとしたのよ」

「へー、それじゃ今日は二人でデート?」


美波さんは、それに関してあまり興味がなさそうだ。


「はい、せっかくの日曜日ですので」

「そうなんだ。私達、服買いに来たんだけど、この店なんかいいのあった?」

「私達も今来たばかりです」

「そっか! それじゃ一緒に見よう!」


美波さんはフレンドリーだが、真菜さんは気まずそうにしている。


「お姉ちゃん、二人に悪いよ」

「いいのいいの! 同じクラスメイトなんだし、仲を深めなきゃ!」


うわー、結菜さん、二人が来てからずっと無表情だしヤバイな。

絶対機嫌悪くなってるよ。

ちょっと機嫌をとってあげなきゃ。


そう思い、僕はおもむろに目の前にあった白いワンピースを手に取った。


「結菜さん! この服、絶対似合いますよ!」

「私、白い服とか絶対似合わないと思うんですけど」


はい、終了。させるかー!


「で、でも! 結菜さんスタイルいいし、黒髪も綺麗で白が映えると思います! 試着してみてください!」

「わ、わかりました」


結菜さんは照れているのか、不満なのか分からない絶妙な表情で試着室に入っていった。


その間、美波さんは真菜さんに似合う服を探していた。


「真菜は胸が大きいからなー」

「ちょっと! こんな場所で、そんなこと言わないでよ!」


うん、確かにデカイ。

結菜さんもデカイけど、真菜さんはもっとデカイ。それにしても、双子なのに神は不公平だ。

真菜さんはあんなに大きいのに、美波さんは‥‥‥まな板じゃないか!!

ま、まぁ、僕は小さいのも嫌いじゃないけどね。


することもないし、結菜さんの試着が終わるまで、真菜さんの服を一緒に選ぶことにしよう。

真菜さんって、意外と水色とか似合いそうだな。


目の前に掛かっていた服の中から、水色だけを頼りに探し始めた。

すると、服と服の間に水色の生地が見え、何も考えずにそれを手に取った。


「真菜さん! これとか似合うと思いますよ!」


すると、真菜さんと美波さんは顔を赤くして僕が手に取った服を見つめた。


「て、輝久くん! それはちょっと!」

「えー、似合うとおもっ‥‥‥」


僕が持っていたのは、水色の女性物下着だった。


なな、な、なんで!?

なんで服と服の間に下着があるんだよ!

買おうと思って、結局買わずに適当に戻した奴、許さん!


「こ、これは冗談です!! も、戻してきますね!」

「えっ、いや! それ‥‥‥買います!」

「え?」

「輝久くんが似合うと思ったなら‥‥‥買います!!」


真菜さんは僕の手から下着を取り、恥ずかしそうにレジに走っていった。

すると、美波さんが顔を赤くして僕を睨んでいる‥‥‥。


「変態!」

「あ、あれは間違えただけですよ!」


空気を変えなきゃと思い、視界に入った赤い生地を手に取った。


「美波さんなんかは、これが似合うと思います!!」

「そ、そんなの着れるわけないでしょ!!」

「え?」


手に取ったのは、赤い女性用下着だった。


なんでこうなるのー!?

お父さん、お母さん、僕は今日から変態キャラになったよ。


「こ、これも冗談です! 戻します!」

「まったく、女性に下着を選ぶなんて、勘違いされても知らないぞ?」

「勘違いどころか、もう既に変態認定されてますよね」

「そうじゃなくて!」

「随分楽しそうですね」


いきなり結菜さんの声が真後ろから聞こえて振り向くと、そこには真白のワンピースを着た結菜さんが立っていた。


「か、可愛い‥‥‥」

「似合いますか?」

「似合いますよ! めちゃくちゃ可愛いです!」

「そ、そうかしら、それじゃこれ買ってきます」


結菜さんがレジに向かう直前、僕に背中を向けて立ち止まった。


「なぜ、輝久くんが女性用下着を持っていたかは、後でゆっくりお話をしましょうね」


僕は咄嗟に下着を適当な場所にかけて隠したが、どう考えても手遅れだ。


結菜さんがレジへ向かい、真菜さんは結菜さんとすれ違うようにして袋を持って帰ってきた。


「本当に買ったの?」

「うん、輝久くんが選んでくれたから」

「輝久! 真菜があれ着てるとこ、想像しないでよ?」

「し、しません! しません!」

「本当かなー、とりあえず私達は他に行きたい店があるから、また明日学校でね!」

「あ、はい! また明日」


美波さんと真菜さんが、僕の目の前から立ち去る時、真菜さんは美波さんにバレないように、恥ずかしそうに僕の耳元で呟いた。


「輝久くんなら、想像していいですよ」

「ふぇ!?」

「また明日です!」


二人は店を出ていき、そこに結菜さんが帰ってきた。


「二人とも帰ったんですか?」

「あ、はい! 帰りました」


結菜さんは、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でつぶやいた。


「やっと居なくなったか、あの虫」

「結菜さん‥‥‥次どうしますか?」


聞こえないふり聞こえないふり。


「今日はいっぱい楽しめましたし、そろそろ帰ろうと思います」

「分かりました」


そして帰り道、結菜さんが僕をいきなりビルとビルの間の、狭い道に引っ張った。

誰も居ない、薄暗くジメジメした場所で、結菜さんは顔色を変えて、顔を近づけてくる。


「さっきの赤い下着、なんですか? 美波さんに選んであげてたんですか? ダメですよ、私以外に服を選ぶのは浮気です」

「あ、あれは、美波さんが買うのをしばらく持っていただけで!」

「輝久くんが触れたものが、他の女の肌に密着するなんて許せません。美波さんだけずるいですね。本当はこんなことしたくないですよ? でも、今回は輝久くんが悪いです。さっき買ったワンピース、今ここで着てください」

「そ、そんなことできません! 外ですし!」

「大丈夫、こんな場所誰も来ませんよ」


結菜さんは、いきなりしゃがんで僕のズボンを脱がせようとベルトに手をかける。


「わ、わかりましたから!! 着ますから!! 脱がせないでください!!」


僕は泣く泣く、結菜さんが見ている前で下着姿になると、結菜さんは顔を赤らめて、いきなり携帯で写真を撮ってきた。


「と、撮らないでくださいよ!」

「だって、輝久くんのこんな姿をいつでも見れたら幸せじゃないですか♡ 早くワンピースを来てください♡」


僕は誰か来る前に、恥を捨てて急いでワンピースを着た。

すると結菜さんはワンピースを着た僕を抱きしめ、頬と頬を擦り合わせてきた。


「可愛いです♡ 私のためにこんな恥ずかしいことをしてくれるなんて♡」

「も、もう制服着ていいですか‥‥‥」

「まだです」


結菜さんはまた携帯のカメラを構えた。


「嬉しそうにピースしてください♡」


早くこの状況から逃げ出したくて、僕は素直に言うことを聞いた。


「可愛く撮れました♡ もう着替えていいですよ♡」


僕は急いで制服に着替えて、ビルの隙間を飛び出した。


「結菜さん、さっきの写真誰にも見せないでくださいね。見せられたら人生が終わります」

「見せるわけありません!! 輝久くんのあんな姿、私だけの宝物です♡」


多分、結菜さんなら本当に見せることはないだろう。





僕達はそれぞれの家に帰り、僕は帰宅してすぐ、自分のベッドに寝っ転がった。


あー、楽しかったのは事実なんだけど、浮気デートした挙句、女装させられて写真撮られるなんて、もうお婿おむこに行けない。



***



輝久がベッドで疲れを癒していた頃、美波と真菜はショッピングモールを出ようとしていた。


「お姉ちゃん、そろそろ帰ろ。足痛くなってきた」

「う、うん、あっ! ちょっと落し物したみたいだから、真菜は先帰ってて!」

「えー、一人で帰るの嫌だよ」

「しょうがないでしょ? 先に帰ってて」

「わかったー」


美波は、真菜がショッピングモールを出たのを確認すると、さっきの服屋に向かった。


(よかった! まだあった!)


美波は輝久が間違えて選んだ赤い下着を、嬉しそうに購入してから帰宅した。





その日の夜、美波と真菜は仲良く一緒にお風呂に入っていた。


「お姉ちゃん、輝久くんさ」

「あー、私も輝久のことで思ったことがあるんだけどさ」


二人は息ピッタリで言った。


『私のこと好きだと思うの』


二人は目を合わせ、また息ピッタリで言った。


『は?』



***

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