第八話 城下町にて

まえがき

翌日、南部達は城下町を散策していた。














 模擬戦の翌日。

 

 リオンから国が身分を証明するといったむねが書かれた書簡を受け取り、俺は昼前の城下町をぶらぶらと歩いていた。

 

 昨日はあれから城に戻ると豪勢な食事が俺達を待ち受けているわそれぞれに畳三十枚は敷けるくらいの広い部屋をあてがわれるわと全てにおいて手厚いもてなしを受けた。

 今までずっと7帖あるかないかの個室だっただけに居心地が悪くてなかなか寝付けなかったのは多分俺だけじゃあねえはずだ。


「ふわぁ……」


 欠伸あくびを一つ。

 見上げた空は雲ひとつない青空。

 店が並ぶ大通りは大勢の亜人達で賑わいを見せている。


「おや、寝不足ですか?」


 俺の隣を歩いていた冬木エルフが声を掛けてくる。


「何か寝つきが悪くてなぁ。お前さん達は眠れたのか?」


 冬木に聞かれた事を答えるついでに同じ事を聞いてやる。


「はは、実は私もあまり……」

「私もです……。狭い部屋でも良かったんですが……」


 と、返す冬木と控え目に答える佐藤ネコ


 城にこもっていても気分が晴れないって事で城下町に行こうという話にはなったんだが、この世界に呼ばれた初日に色々な事がありすぎたモンで八人皆で仲良く集団観光、と言う話にはならなかった。

 俺としても八人はおろか東郷オオカミと顔を合わすだけで精神衛生上良くない訳だから別行動というのはまさに願ったり叶ったりだった。

 だがそうなったらそうなったで一人っきりで見知らぬ土地を歩くのは不安で怖いと佐野ウサギや佐藤が言いだしたんで小規模の班分けっぽくなっちまった訳だ。

 正直リーダー風吹かせている東郷が皆まとめて面倒見てやりゃいいじゃねえか。俺は一人で歩きてぇんだよ! とは思ったんだがまぁ何だ……冬木は東郷と行動を共にしたくないし一人で歩くのは怖いと。

 だから冬木は仕方ねぇとして佐藤は佐野とつるんでたから一緒に行動するんだろうと思っていたが佐野が東郷にくっついて行くと言いだした時に意外にも俺の方について行かせて欲しいと言ってきた。断るのも可哀想だと思って好きにしろと答えたが、正直女同士の関係性は良く分からん。

 西海は一人でどっか行っちまうし、虎鉄ドワーフ静子トラは馬車の往復で意気投合したのか今日は鍛冶屋を覗いてみる! と興奮していた。

 まぁ、そういった流れで不思議な組み合わせで町をブラブラ歩いているって訳だ。


「……」

「……」

「……」


 特に会話もなく無言で店先に並んだ商品を一瞥いちべつして通り過ぎるだけ。

 どうにもこうにも辛気臭ぇ。


「あー……しかしよぉ、大変な事になっちまったなぁ」


 沈黙が耐えられず俺は口を開いた。


「昨日の今頃は日本で飯食ってたのになぁ! 佐藤さんは確か……俺の目の前で飯を食ってたよな?」

「あ、はい……。その節はお恥ずかしい所を……」


 そう言ってから恥ずかしそうに顔を伏せて頭を下げる佐藤。


「あぁ、ンな事は別に構わねえよ。人は皆老いたらどこかしこがおかしくなっちまうモンだろ? 俺だって右腕がなかったし車椅子だったしな」


 そう言って俺は今ある右手をぶらぶらと振る。


「冬木さんの姿は俺は見かけた事がねぇなぁ……」

「私は主に三階が居住区でしたし、ずっと寝たきりのようでしたので……」


「そっか。俺と佐藤さんは一階だったからだな」

「そうでしたか……。何だか遠い昔の事のように感じてしまいますねぇ……」


 俺にとっては昨日の事の話なのだが、佐藤にとっても冬木にとっても遠い昔のように感じてしまうのかも知れねぇな。

 虎鉄から聞いた話だとこっちの世界に来て脳が正常な状態になったからなのか、意識不明だった最後の時間や認知症で奇行を取っていた期間の事も比較的ハッキリと思いだしたらしい。

 こっちの世界に来た途端欠落していた時期の記憶が一気に押し寄せて来たもんだから遠い昔の事のように思えるんじゃないかと俺は勝手に推測した。


「戦争……回避出来ないんですよね……」


 街並みを見ているが、意識ここにあらずと言った感じで佐藤が呟く。


「……リオンの話だと、そうみてぇだな」


 どう答えていいか分からない俺はそのまま肯定してやる。


「住んでいる国を二回焼かれる事になるだなんて……」


「焼かせませんよ」

「まだ焼かれてねぇだろ」


 佐藤の言葉に各々の言葉で答える俺と冬木。

 声が重なって、俺と冬木は顔を見合わせてフッと笑った。


「でも……でも、女の私にはよく分かりませんが、兵隊さんも少ないんでしょう? 結果は同じになるのではないのでしょうか……?」


 そんな佐藤からは明らかに諦めの感情が伺えた。


「佐藤さん。例え兵隊が少なかったとしても戦争自体を回避すれば、国を焼かれる事はありません。私は全力でその方法を模索するつもりです」

「俺はそんなに頭が良くねぇから具体的な解決法なんざは分からねえけどよぉ、焼かれねぇために今色々と対策を考えてるんじゃねえか」


 東郷がな、と心ん中で付け足す。


「そう……ですよね……」


 佐藤が俯いた。


「そうですよ。老い先短い私達が今やこの世界の「救世主」なんですからね」


 佐藤を元気づけるつもりでおどけた冬木だったが、佐藤が両手で顔を覆い隠す。


「すみません……。私、弱音ばっかり吐いてしまって……」


 急にめそめそと泣き始めた佐藤に慌てる俺と冬木。


「だ、大丈夫ですよっ!?」

「そうだぜ! 弱音は仕方ねえよ、ああ! そうだよなぁ!」


 往来で男二人が女を泣かして慌てふためいているような光景に、道行く人が横目で見ては通り過ぎて行く。


「お、おい冬木さん……」

「と、とりあえずどこか食事が出来て落ちつける所に……。あ、あそこっ!!」


 冬木が指差した先にあったのはナイフとフォークがクロスした木製の看板がぶら下がった店。


「よ、よし!! 佐藤さんとりあえずこっちに来てくれ!」


 俺は佐藤さんの手を取ると冬木と共に人ごみを掻き分け、恐らく食事処であろう店へと向かう事にした。




 ・ ・ ・ ・ ・




「人で一杯ですねぇ~」


 辺りをキョロキョロと見回した佐野が驚きの声を上げた。

 

「そうだな」


 私は短く返事を返すと再び市場の様子や生活の水準をつぶさに確認する。

 お世辞にも裕福とは言えない市民の服装や家並に、商店ではイメージもつかない野菜や食材の名前が書かれた後に「本日入荷無し」と言う文字が殴り書きされている所を見ると食糧の供給も満足に行き渡ってはいないのだろう。


「佐野さんから見て、市井の暮らしはどう見えるかね」


 さっきの私の返事に気を悪くしたのか、少しムスッとしていた佐野にこちらから質問を投げかけて見る。


「そうですねぇ、こう言っては悪いですが終戦後の日本の様ですわね」


 言い得て妙だな。

 戦前のこの国と戦後の日本。

 皮肉な話だが似ている。

 リオンは治安はいいと言っていたが……。

 それもどこまで信憑性があるのかどうか。


 物資が足りないから商売が振るわない。

 商売が振るわないから収入が低い。

 収入が低いから満足な生活を送れない。

 ……悪循環だ。


 この国の存亡は我々にかかっている、か。


「どうしたんですか東郷さん。可笑しな事でもありまして?」


 気がつけば不思議そうに私の顔を覗きこむ佐野の顔。

 いけない。

 私とした事が顔に出てしまっていたか。


「ああ。ちょっとさっき通り過ぎた犬人が南部に似ていたものでつい」

「はぁ、そうですか……。南部さんに……」


 振り返ってそれらしい犬人を探すが、見つからずに佐野は諦めた様子だった。


 昔は先の読めない無能な上官に従った結果負けたが。

 今度は……負けない。

 私がこの国を勝たせてやる。

 これはきっと、私を憐れんだ神が与えてくれた機会なのだろう。




 ・ ・ ・ ・ ・




 中央都市から少し離れた所にある貧民街。


 壊れかけたボロボロの木箱に腰掛けた狐人……西海キツネが猫人の少年の足をポンと叩く。


「ほい、しまいじゃ」

「な、治った!!」


 さっきまで釘が刺さり血を流していた足の裏をまじまじと眺めて猫人が驚きの声を上げる。


「足場が悪い所を歩く時はよく足元を見るんじゃぞ」

「うん! ありがとー狐のニーチャン!!」


 ペコリとお礼をして猫人の少年は大きく手を振って駆け出して行った。


「ほい次」


「ウチの子が……二日前から高熱でうなされていまして……」

「どれ。……把握グラスプ


 母親に抱きかかえられた二歳かそこらの虎人の子に手を当てて魔法を唱えると西海の手が淡く青く輝き、知りたい情報が脳内に流れ込んでくる。


「ふうむ。栄養失調から風邪をこじらせておるな……。治癒ヒーリング


 今度は白い光が生まれ、光が幼子を包み込む。

 するとみるみるうちに顔を赤くしていた子の顔色が良くなっていく。


「あぁ……」


 目の前の奇跡とも言える行動に目を見開いて歓喜する母親。


「風邪は治したが、栄養失調は変わらん。何か元気の出る物をこれで食べさせてやりなさい」


 そう言って西海が銀貨を差し出す。


「そ、そんな!! 病気まで治して頂いたのにこのようなお金を受け取る訳には!!」

「構わんて。どうせワシには無用の長物じゃ」


 そう言って西海は母親の手に銀貨を一枚握り込ませた。


「し、しかし……」

「出来ればそれでしっかり元気をつけてあげて、二度とここに来る事がないようにしなされ。それがワシにとって一番助かる」


「あ、ありがとうございます……!!」


 母親は子を抱きしめ、涙を浮かべながらその場を後にした。


「ほい、次」


 西海は減るどころか増えつつある患者を眺めてから、すぐまた目の前の患者に集中した。










あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

それぞれに色々な思いがあるようです。

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