第6話 青春の終末

 いつも朝は不機嫌だが、今日は拍車をかけて機嫌が悪い。昨日一日で色んな事が起き過ぎた。朝のルーティンの2度寝をし忘れる程、今の俺の状態は最悪に近い。

 深夜まで妹に詰問される始末、寝不足で倒れそう。リビングに降りると既にそこには父、母、妹の3人が食卓を囲んでいた。うん?なんか焦げ臭い。


「今日は早いな」


 父さんが珍しく最初に発言する。俺の父は45歳。最近頭頂部の髪事情に悩んだいるらしくコソコソとやっているが、俺らにバレていないと思っているらしい。無念。

 眼鏡を掛けたその風貌は風格が窺える。がそんなことはない。俺たち兄妹は父が母の尻に敷かれていることは知っている。

 母曰く、見栄を張る姿が可愛らしいとかなんとか。


「うん。やればできる子だから」


「いつもより10分早く起きただけで、何言ってんの」


 時計を見る。ほんとだ。現在8時5分。学校は8時30分までに着席だから、余裕で間に合う。学校に近い家ってやっぱりいいね。引っ越して正解だよ、母さん。


「今日は私が朝ごはん作ったんだよ」


 あぁだから変な臭いがしたのか。冗談でも口に出して言えないが。


「おぉ美味うまそうだっ」


 朝から妹の機嫌取りをする兄。虚しい。


「でしょっ」


 ふんっと胸を張る妹。舌がバカになっているのか分からんが、彼女は美味しく感じるらしい。

両親も美味しそうに食べる。でも俺は知っている、彼らは俺達が登校した後朝食を作り直しているのだ。よって被害者は実質俺だけ。


「だけど、朝から大変だろ?朝食は母さんに作ってもらえば?」


 食中毒の被害者を減らすために遠回しに言ってみる。


「料理は楽しいから苦にならないんだなそれがっ!兄ちゃんは朝遅いから無理だろうけど」


 いや、苦しいです。横を見なさい。両親の可哀そうなものを見る目を。


「そうか」


「うんっ」




 あれから朝食を頑張って食べた。なんだよ朝食を頑張るって。朝の段階で体力をだいぶ消耗した。これからもっと大変なことがあるというのに。


「ねーほんとに古瀬先輩とは何もないんだよね?」


「何回も言ってるでしょうが。昨日初めて喋って、家の周りをコソコソしてたのを注意しただけだって」


 二人で登校してると、妹が昨日の件を吹き返してきた。


「初めて喋った人に普通呼び出しなんてするかなー」


「俺も知らんよ。陽キャの考えることは」


「ふふっ、兄ちゃんスーパー陰キャだもんねっ」


 そんな眩しい笑顔で毒舌を吐かないで欲しい。なんだよスーパーって陰キャの進化系かなんかですかね。


「で、昼休みいくの?」


「あぁ一応行くよ。何されるか分かんないけど」


 いやマジで怖い。冷静なふりしてるけど今結構心臓バクバク。集団リンチとかほんとやめてよね。

流石に無いとは思うが。






 あれから妹と生徒玄関で別れ、教室に入って文庫本を広げて読んでいると、


芦田あしだ、昨日の件は昼に言うわ」


 さっきまで他の席でクラスメイト話していた西城が、自分の席に着き話を掛けてくる。


「あっ・・あぁ、よろしく」


 そういえばその件もあったな。なんか自分でもビックリするくらい頭から抜けていた、多分不審者のせいだ。ほんと嫌なことを思い出させてくる。


「お前・・忘れてたろ?」


 うっ、流石目ざとさナンバーワンの西城君だ。


「ちょっと色々あってな」


「お前目にクマができてんぞ」


「すっごい眠い」


「だろうな」


 寝よう。まだLHRまでには時間がある。陽キャ共は登校時間ギリギリにいつもくるから、今なら静かだ。文庫本をしっかりと奥・にしまって机に突っ伏して寝る。


*************************************




 「ねぇー、き、の名前を、お、、る?」


 ゆったりとした空間に浮いているような、そんな奇妙な感覚。けどずっとこのままで居たい感覚に駆られるのは、どうしてだろう。矛盾した感覚に身を任せながら、重力に従って落ちてゆく。


 「わた、、も てい、のっ」


 なにか聞こえる。でも聞こえない。耳に入ってくるのは確かだが、脳がそれを拒絶する。そんな奇妙な感覚。けどずっとこのままで居たい感覚に駆られるのは、どうしてだろう。矛盾した感覚に身を任せながら、重力に従って落ちてゆく・・・・・・・









 「おいっ起きろっ芦田!」


 パンっ。


*************************************


「痛っ」


 気持ちよく寝ていたのに、失礼な。背中の、叩かれると一時ヒリヒリが続く所を叩かれた。


「いつまで寝てんだよ。もう授業始まるぞ・・」


 呆れた顔で言う西城。


ちなみに今は昼休み終了5分前。今日は疲れてたから4時限目終わったら速攻で飯食べて、即寝たんだよね。よく寝れた。っゥオ!


「・・志水さん?」


 そう。志水さんが俺の隣の席で立っていたのだ。ちょっとビビったのはバレてないはず。

そうか、さっき寝てるときに聞こえた声の正体はこの子か。


「もぅぉ~、何回呼んでも起きないんだもんっ」


 起きないなら揺らすなりすれば良いのではないか、と思います。


「ごめん。疲れてて」


「まぁいいけどっ」


 語尾がいちいち跳ねるのはなぜでしょうか。小学生がこういう喋り方するよな。あ、この子小学生だったね。


「何かよう?」


「うん。えっとね、さっき西城君から聞いたんだけど・・・」


 この子には珍しく表情が曇っているような気がする。ちょっと予想していた反応と違ったが、まぁ普通はあんなの知ったらこうなるわ。余程堪えたのだろう、心中お察しします。


「あぁーそうか。災難でしたね・・」


「あの、その、それって芦田君が見つけたんだよね?」


「うん。たまたま」


「あの・・芦田君から注意をしてくれないかな?」


「嫌です」


 はっ!?やばい脳が拒絶反応を勝手に起こして、気付けば口が動いていた。


「え?えっと、その、実は私からは言いにくいんだよね・・・。あの人ちょっと怖いし・・・この件をあんまり広めたくないってのもあるから・・」


 至極当然だろう。あの変態野郎と話すのは相当な勇気がいると思う。ましてや、自分のことについて色々と書かれているしな。そりゃ怖がるのも無理はない。


 チラッと西城に目配せをする。


「・・・はぁ、わかったよ。俺が言いに行くよ」


 ナイス!流石は西城君だ。


「ほんとに?ありがとっ!じゃぁよろしくねっ」


 余程嬉しいのか、語尾跳ねが復活。トコトコと自分の席に戻ってゆく様はまさしく小学(以下略)


「ただし、お前も一緒な?芦田」


 なんでやねん。


「い、いやなんでだよ。一人で十分だろ?」


「元々はお前が持ってきた話だろ?  あいつ苦手なんだよ・・」


 確かにそうですけど・・ごにょごにょと何か最後に言っていたが、聞こえなかった。


「はぁわかった」


 ほんと残念だ。変態野郎とは話したくない。


「じゃぁ今日の放課後な」


「わかった」


 そのタイミングで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。はぁもうなんでこう、嫌なことが続くかね。昨日の不審者の件もしかり。     あれ?うん?








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 「  『古瀬先輩が昼休み図書準備室で待ってるだって』  」




 あっ終わったわ。

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