カルディナ戦記

@0343-osashimi

第1話 流星の御子たち

星が流れた。


 一つではなく、二つ、三つと立て続けに。


 いつものように満点の星空は見えず、黒い薄雲が覆う、薄気味の悪い晩の事である。


 三つの流星は、その黒い薄雲を切り裂きながら、東の空から西の空へと流れた。


 この流星を見た人々は噂した。


 これは凶事の前触れではないかと…………


 時にガドモア王国歴223年4月のことであった。




 この流星を見た一人の老婆がいた。


 その老婆の名はセオドーラという。


 このセオドーラはかつて、宮廷占星術師としてガドモア王国に仕えていた。


 いや、仕えていたという言い方は正しくないかも知れない。


 ガドモア王国の二代前の王であるシェムルが、市井で類稀なる的中率を誇る占星術師の噂を聞きつけて、攫うようにして強引に仕えさせのであった。


 突然自由を奪われ、半ば監禁に近い生活を長年強いられてきたこの老婆に、国に対する忠誠心は無かった。


 それどころか、ガドモア王国を内心では激しく憎んですらいた。


 さらには老いさらばえると、まるで古くなったゴミを捨てるかのように宮廷を追われた。




「星が流れた…………一つ、二つ、三つ…………それも闇を切り裂いて! ああ、西の大地に産まれし三頭の獣たちは、この地にのさばる肥えた老羊を喰らい尽くすに違いない」




 この肥えた老羊とは、他ならぬガドモア王国のことであった。


 ガドモア王国の国旗は、かつてこの地で栄えた南ゴルド王国の末裔を示す、金色の大羊をモチーフとしていた。


 セオドーラは計画を急がねばならないと思った。


 自分の人生と自由を奪ったガドモア王国に対する復讐を。


 そのために彼女は、次代の王者を支えるべく人材を密かに弟子として集め、英才教育を施していたのであった。




「間違いなく西に新たなる王が立つ。だが、悲しいかな、この老いた身では新たなる王に仕えることも出来ぬだろうて。ならばせめて、新たなる王を支える人材を育て、この婆の復讐と共に託すしかあるまい」






 ーーー






 流星が夜空を切り裂いた翌日、セオドーラは王宮からの使いにより、これまた半ば無理やり王宮へと招聘された。


 ガドモア王国の現国王エドマインは、目の前に蹲る老婆を、汚らわしいものでも見るような目つきをしながら、傍に侍らせている美姫の長く美しい髪を指先で弄んでいた。




「陛下は昨晩、王都エストナの空に流れた三つの流れ星についてお訊ねであられる」




 近侍の者が声を張り上げる。


 王は下々の者に直接声を掛けたりはしない。




「果たして、あの流星は吉か凶か?」




 下問されたセオドーラは、床に顔を伏せたまま答えた。




「凶といえば凶、吉といえば吉で御座います」




 王を始め、居並ぶ臣たちは互いに顔を見合わせた。




「おほん! これ、もう少しわかり易いように話せ。吉か凶か?」




 周囲の反応を見て困惑しながら、近侍は再びセオドーラに下問した。




「では先ずは凶と申し上げておきましょう。なぜならば、昨晩の流星を凶事の前触れだとして騒ぎ立て、世を乱さんとする者たちが必ずや現れましょう。故に、先ずは凶で御座います。ですが、昨晩の流星は闇を切り裂くようにして流れました。これは世の不浄を払ったのと同義にて御座いますれば、流星自体は吉に御座います」




 それを聞いた王を始め、その場にいた者たちは、口元を綻ばせ、笑顔を浮かべた。




「では吉事と見て良いのだな?」




「ええ、多・く・の・者・た・ち・にとって、これは吉事となるでしょう」




 セオドーラの言う多くの者たちの中に、目の前にいる王やその近臣たちは含まれていなかった。


 だがそれを知る由もない彼らは、吉事であると聞き、手を叩いて喜んだ。




「セオドーラとやら、そちの占い、見事、見事。褒めて遣わす。皆の者、よく聞け! 昨晩の流星は吉事である。これを悪しざまに言う者がいれば、厳しく罰するものとする。また、この吉事を祝い急遽、流星祭を執り行うものとする」




 エドマイン王はセオドーラを褒めながらも、すでにセオドーラ自身にも、さらには占いの結果にすら興味を失っていた。


 今、彼の頭の中を占めているのは、吉事を祝う祭りとしての流星祭を如何にして、煌びやかに演出するか、その一事のみであった。






 ーーー






 ガドモア王国の最西端であるコールス地方に、ネヴィル男爵領があった。


 このネヴィル男爵領の別名は、陸の孤島。


 それもそのはず、ガドモア本国と繋がる道は、ただの一本しか無く、それも険しい山々の中にある危険な崖道のみというありさまであった。


 そのドの付く辺境であるネヴィル男爵領にて、新たなる命が産れようとしていた。




「ええい、少しは落ち着かぬか!」




 白い眉を跳ね上げ、苛立ちを隠そうともせずジェラルドは、所在なさ気に部屋の中をウロウロと歩く続ける、熊のように大きな息子を叱った。




「しかし、父上…………時間が掛かり過ぎではありませんか?」




 熊のような大男、ダレンは産室へと繋がる扉を見た。




「お主が焦ったところで、どうこうなるものでもあるまい。ダレンよ、お主も今やこのネヴィル家の頭領。どんなときでも落ち着き、どっしりと構えよ」




 そうはいいつつも、ジェラルドも初孫の誕生に浮ついていた。


 どれほどの時間が過ぎただろうか? 遂に我慢出来なくなったダレンが、産室の扉に歩み寄ったその時、扉越しにもはっきりとわかる、赤子の泣き声が聞こえて来た。


 その泣き声を聞いたジェラルドは、笑顔で息子ダレンの肩を叩き、ダレンもまた笑顔を浮かべた。


 しかしすぐに二人の笑顔に雲がさした。


 扉越しに聞こえる泣き声が大きすぎる、いや、泣き声が重なっているように聞こえたからだ。


 怪訝な表情のまま扉の前に立ち尽くす二人。


 そんな二人のことなどお構いなしに、勢いよく産室の扉は開け放たれ、喜びの第一声が放たれた。




「おめでとうございます! 無事御生まれになられました。母子ともに健康、何の問題もありませぬ」




 産婆の喜びの声を聞いて我を取り戻した二人は、真顔のまま産室の扉をくぐった。


 産室に入った二人は一瞬声を失った。そこにいたのは産着に包まれた三人の赤子。


 つまり、産れた赤子は三つ子だったのである。




「三人とも男の子に御座います」




「なに? 三人ともか?」




「はい、三人とも」




 ジェラルドとダレンは互いの顔を見た。


 この時二人の頭に浮かんだのは、家督継承のことであった。


 歳が離れていれば未だしも、同い年の男児が三人。


 これは後々お家を揺るがす問題へと発展しかねないと。


 しかし、三人とも無事に育つとは限らない。


 流行り病にて幼くして命を落とすことも多々ある。


 ともかくは誕生を祝おうではないかと、ダレンは泣き続ける赤子を抱き上げた。




「よくやった、アマーリエ。見ての通り、泣き声も大きければ、身体つきも大きい。それを三人も! よくやった、ゆっくりと休め」




 額に噴き出た珠のような汗を産婆に拭かれながら、ダレンの妻、アマーリエはゆっくりと頷いた。




「…………あなた、子供たちに御名前を…………」




「おお、そうであった!」




 ダレンは我が腕で泣きじゃくる赤子を見た。


 今一人はジェラルドの腕に、そして最後の一人は産婆見習いが抱いている。




「目の色と髪の色は、アマーリエ、お前にそっくりだな」




 そう言いながらダレンは、赤子たちに付ける名前を考えた。


 ダレンは赤子をあやしつつ、しばらく考えた。


 結局、事前に考えていた名前の中から三つを選び、その名をそれぞれの赤子に付けることにした。




「長男はこの子だな? よし、お前の名はアデルだ。今日からお前は、アデル・ネヴィルだ。次男の名はカイン。そして三男の名はトーヤ。アデル、カイン、トーヤだ」




 良い名だと思います、とアマーリエも疲れ果てた顔に笑みを浮かべた。




 ネヴィル家に三つ子が誕生したという話は、瞬く間に領内全域に知れ渡った。


 領民たちはこぞって三つ子の誕生を祝福し、数日間の間、領内はお祭りのような騒ぎとなったのであった。

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