第6話 夜の神社

「おっと、こんなところでゆっくりしてる場合じゃないな」


 俺は紗希を見送ってから、階段の方へと爪先つまさきを向ける。


 寛之が次は体育だとか言ってたな。正直体育はあんまり好きじゃないんだよな……。


 俺はそんな事を思いながら教室まで全速力で走った。


 ……まあ、結局授業には間に合わなかったんだが。


 ちなみに体育はバスケットボールだった。また時間のある時にでも「小学生は最高だぜ!」なバスケットボールのアニメを見よう。


 ……授業中、俺はそう心の中で誓った。


 体育が終わって今日の最後の授業。6限目は数学だった。……まあ、気がつくと終わってたんだが。


 そして、ようやく待ちに待った下校時間となった。俺はまっすぐに昇降口へと向かった。


「おお、直哉か。思ってたより早かったな」


「洋介の方こそ随分と早かったな」


 すでに昇降口には洋介が待っていた。話を聞いてみると、案外理由は簡単だった。洋介のクラスである2-1は担任が体育の先生なのだ。そして、6限目が体育だったと。授業中に連絡とかを終わらせていたらしい。


「それで早かったんだな」


「そういうことだ」


 俺が洋介と話をしていると後ろから俺たちを呼ぶ声がした。


「……直哉も洋介も早いな」


 ぜえぜえと息を切らしながらやって来たのは寛之だ。


「そんなに早いか?……というかお前、直哉と同じクラスだろ?」


「……これには事情があるんだ」


 寛之が俺より遅くなったのにはどうやら理由があるらしい。


「じゃあ、なんで遅くなったんだ?話してみろよ」


「僕は長き眠りより……「もういい」」


「直哉、何で遮ったんだよ!」


 いや、そんなわざわざ中二病チックに言わなくても言いたいことは分かる。


「どうせ俺と一緒で授業中寝てただけだろ。カッコつけなくていいって」


「……まあ、そういうことになるな。僕の場合、起きたら誰も教室に居なかっただけだ」


 ……なるほど、寝過ごしたんだな。というか寝過ごしたにも程がある。


「お前ら授業くらい起きて聞けよ……」


「「……すまん」」


 やっぱり、成績優秀者ようすけのいう通り、授業は聞いた方が良いんだろうな。明日からは努力してみよう、ただし、起きるとは言ってない。


「兄さん!遅れてごめん!」


 どうやら、紗希も来たようだ。


「よし、皆揃ったことだし集合場所と集合時間を決めようか」


 洋介が本題へ入ろうとしている。いや、まだ全員揃ってないだろ。


「……洋介、武淵先輩は?」


 そう。言い出しっぺの武淵先輩が来ていないのだ。


「夏海姉さんなら、もう帰ったよ」


「「「えっ!?」」」


 武淵先輩が急に帰ったのには何か理由とかあるんだろうか?


「ああ、3年は授業終わった後の連絡とかがほとんどないからここに来たの俺とほとんど変わらないぞ。帰ってすぐ塾に行かないといけないらしい。……ついさっきまで忘れてたらしいけどな」


 3年生って大変そうだな……。きっと大学受験とかなかったら最高なんだろうけど。


「じゃあ、ここにいる4人で決めるか」


 洋介がそう言って仕切り直す。


「紗希ちゃん、今何時か分かる?」


「えっと、今は15時50分ですけど」


 さて、まず集合時間をどうしたものか……。


「そうだな、18時はどうだ?夏海姉さんも17時半に塾が終わるって言ってたからな」


「……僕はそれでいい」


「俺もその時間で大丈夫だ」


「ボクも大丈夫です」


 洋介の提案に寛之と俺、そして紗希も特に異論はなかった。


「よし、集合時間は決まりだな。次は集合場所をどうするか……だな」


「昨日と同じで良いんじゃないか?」


 下手に場所を変えるのもな。俺、あんまり道に詳しくないから迷ってしまう。


「俺も直哉の意見に賛成だ。直哉の案に反対のやつはいるか?」


「……僕もそれでいいと思うけどな」


「ボクも兄さんの意見に賛成です」


“今日の18時に昨日と同じ神社の鳥居の前に集合”ということだな。


「よし、じゃあ帰るか」


 そうして俺たちが帰ろうとした絶妙なタイミングで校内放送が流れた。


『2年1組弥城洋介と2年2組守能寛之は至急校長室まで来なさい。繰り返す、2年1組弥城洋介、2年2組守能寛之。至急校長室まで来なさい』


「「……マジかよ!!」」


 洋介と寛之は同時に叫んだ。二人が呼び出される理由なんて“あのこと”しかない。そう、昼休みの喧嘩だ。


「でも、何でバレたんだ?あの時俺たち以外誰も居なかっただろ。」


「……いや、以外と誰か居たのかもしれないな」


「それより、二人とも早く行った方が良いんじゃないか?」


 至急って言ってたしな。


「……洋介、逃げよう。何となく命の危険を感じる」


「いや、行こう。お前は俺が何としてでも連れていく。それに先に殴ったのは俺だから俺の方が怒られるに決まってるだ……ろ!」


「……えっ!?嫌だ!僕は行かないぞ!直哉!助け……」


「洋介、寛之のことくれぐれもよろしく」


 俺は洋介に向かって丁寧にお辞儀をする。


「……直哉!僕を見捨てるつもりか!」


 ……悪いな、俺は説教に付き合う義理も義務もないんだ、寛之。


「ほら、寛之。早く行くぞ」


「……イィィィヤァァァダァァァ……!」


 こうして寛之は洋介に服を引っ張られながら姿がだんだんと遠くなっていった。


「兄さん、帰ろう?」


「そうだな」


 俺と紗希はようやく帰路につくことができた。


――――――――――


 今、俺は自転車を押しながら紗希と一緒に家に帰っているところだ。


「……ねえ、兄さん」


「どうした?」


「晩ごはん今日はいつ食べるの?」


「そうだな、今日は何だか家に帰るの遅くなりそうだしな……」


 そういえば何時に解散するのかを洋介に聞くのを忘れていた。


「紗希、とりあえず帰ったらすぐ何か食べてから行くか?」


「うん!……でも、何を作るの?」


「とりあえず冷蔵庫の中を見てみないことには何とも言えないな」


「そっか!それじゃあ、急いで帰ろう!」


 俺たちはそこから歩くスピードを早めた。


――――――――――


 16時半。俺たちはようやく家に辿り着いた。


「……歩くと30分くらいかかるのか。結構疲れるな……」


「ボク一人の時は25分あれば余裕だよ!」


 紗希って何だかんだでタフなんだよな……。俺には絶対にできない芸当だ。


「兄さん、早く作って~♪」


「無茶言うなよ……。今、帰って来たばかりで疲れてるんだ……」


「もー兄さんったら情けないなー。あれくらいで疲れたとか言ってたらお父さんにぶん殴られちゃうよ?」


 くそ―、親父のげんこつは痛いからな。それに親父は紗希の方をひいきしてるから、マジで殴られかねない。それだけは回避しなければならない。


「……分かった。作るから配膳だけやっておいてくれ」


「分かった♪」


 紗希のやつ、ホントに楽しそうだな。さて、何を作れば良いのやら……。


 俺はそんな事を考えながら冷蔵庫を開けた。


 冷蔵庫の中にあったのは……


 ・ラップで包んである昨日の残りの白米(たぶん2人分ちょうど)


 ・白米と同じくらいの量のネギトロ


 ・わさび醤油(昨日開けたばかり)


 ・保存袋に入った海苔(余裕で二人分はある)


 ・大葉7枚


 ・青ネギ4本


 ・みょうが1個


「まだ母さんが帰ってきてないからな……」


 いつも母さんが仕事帰りに食材を買ってくるんだが、、母さんはまだ帰ってきていないから冷蔵庫の中は全然入ってない。


 それでも、どこかの六畳一間の魔王城よりはラインナップが充実している。


「よし、それじゃあ作りますか」


 ~薪苗直哉の3分クッキング~(正確にはもっとかかるかもしれない)


 とりあえずご飯をレンジで温める。その間に上に載せる具材の準備をする。


 手始めに青ネギを小口切り、みょうがを薄切りにし、大葉を千切りにする。これをザルに移して水を切る。とりあえず、これだけで完成。


 それから、ご飯を茶碗に盛り付け、その上に千切りにした海苔を載せる。


 あとは、ご飯の上にネギトロと青ネギ、みょうが、大葉を載せ、上からわさび醤油をかけて出来上がりだ。


「紗希~出来たぞ~!」


 俺がソファーに座っている紗希に声をかけたものの、何やらボーッとしていて反応がない。


「紗希?どうかしたのか?」


「え、あ、兄さん。どうしたの?」


 俺が紗希の顔の前で手を振ってようやく返事をした。


「どうした?何か考え事でもしてたのか?」


「ううん、何でもない!もう出来たの?」


 ……だから呼びに来たんだよ。俺は心の中でそう突っ込んだ。


「ああ。だから、早く食べないと冷めて美味しくなくなるぞ」


「それじゃ、早く食べよう!」


 紗希はそう言って小走りでテーブルの方へと走っていった。


「よし、食べるか」


「うん!」


 俺は紗希より少し遅れて席に座った。


「「いただきます!」」


 まずは一口。


「少し味が濃すぎたか……けど、即興そっきょうにしては良い出来だな」


「ホントだね!何か甘じょっぱくて美味しい!」


 どうやら紗希には気に入ってもらえたようだ。すごい勢いで食べてるし。


「ごちそうさま!」


 ……えっ!?食べ終わるの早っ!?


「兄さん、ボク剣術の自主練してくるね!」


「分かった」


 紗希はリビングを出て、道場の方へと歩いていった。


「さて、俺も食器洗っておかないとな」


 俺は食器類を流し台まで持っていった。


 そして、食器を洗い終えてからはずっとソファーでごろごろとスマホを触りながら過ごした。


 そして、気がつけば時刻は17時半になっていた。


「17:30か。今日は待ち合わせより早めに行こう」


 そうして俺は部屋に戻って出発する準備を始めた。準備といっても着替えるだけなのだが。なので、5分とかからずに完了した。


「あれ?兄さんもう行くの?ちょっと早すぎない?」


 玄関で靴を履いていると、ちょうど胴着袴姿の紗希が道場から戻ってきた。


「そうだな。でも、昨日は遅れて皆に迷惑かけたから今日は早めに行っておこうと思ってな」


「そうなんだ。じゃあ、ボクもすぐに用意して神社に行くよ」


「分かった。それじゃ、先に行ってるからな」


「うん!気をつけて行って来てね!」


 俺は可愛い妹に見送られて家を出た。


 しかし、そういう時に限ってほとんど信号にかからず順調に進むもので、そのために予定より5分ほど早く着いてしまった。


「どうしよう。こういう時に限って時間を潰せるようなものは持ってきてないしな」


 いつもならスマホでゲームでもすれば良いのだが、これからこのスマホ君にはまだまだ頑張って貰わないといけないので出来る限り使いたくない。


「とりあえず手水でも済ませておくか」


 時間潰しのために手水をしたが、やはりまだまだ時間がある。


「仕方ない。先に探し始めるか」


 時間をもて余した俺は手始めに神社の境内へと向かうことにした。


 境内に向かうまでの参道は暗かった。この暑い時期、6時前ならまだ明るいはずだがこの参道だけ日が沈んだ後のように暗くて気味が悪い。


「ホントに気味が悪いな……。映画とかだったら何か出てきてもおかしくないな」


 一応、周囲を確認しながら進んでいるが別段変わったことはなかった。


 結局何事もなく境内に到着した。とりあえず賽銭箱の前まで行き、会釈をして五円玉を投じた。そこから作法通りに二礼二拍手一礼の作法で拝礼した。


『どうか茉由ちゃんが無事見つかりますように。』


 俺はそう祈ってから会釈をして下がった。


「そういえば今って何時だろう?」


 俺はスマホをつけるとそこには17:55と表示された。


「集合時間まであと5分か。今から戻るといってもな……。とりあえず、紗希に電話してみるか」


 俺は歩きながら紗希へ電話をかける。5回ほどコールが鳴ってようやく繋がった。


『もしもし兄さん?今どこにいるの?兄さん以外皆集まってるよ?』


「すまん、あまりにも暇だったから先に境内まで来てしまったんだ。そういうことで今境内にいる」


『えっ!?兄さん、もう境内にいるの!?』


 電話の向こうから驚いたような声が聞こえてくる。


「ああ、そうだ」


『……分かった。今から皆と境内まで向かうね。』


「おう、分かった」


 俺はそう告げてから電話をきった。周りがあまりにも静かすぎてやけに音が響いた。


「それにしても、こんな建造物があるとは思わなかったな」


 俺が見上げているのは古代ローマの遺跡を彷彿ほうふつとさせるような造りをした建造物だ。


 ……実は紗希と電話をしながら、神社の本殿の奥の森を散歩がてら探索していた。その建造物はその時に見つけた。


「……とりあえず境内まで急いで引き返すか」


 俺はとりあえずその場を離れることに決めた。


――――――――――


 一方その頃。直哉から連絡を受けた紗希たちは境内まで続く真っ暗な参道を進んでいた。


「……魔眼を解放して尚この暗さ……これは魔なる者が関与しているとしか思えないな……」


「ホントに兄さん、よく一人でこんな暗い道を進もうと思ったよね……」


「まあ、直哉のやつ変に度胸があるからな……。それより、夏海姉さん。さっきからぶるぶる震えてるみたいだけどひょっとして暗いところ怖いの?」


「べ、べ、べべべ別に震えてなんかないわよ……!」


 夏海はそう言いながらも震え続けている。


「「……絶対嘘だ!」」


「夏海姉さん、怖いんだったらそこまでしてついてこなくても良かったのに」


「……あんな所に一人で残される怖いに決まってるでしょ……!」


 夏海はそう言ってあっと右手で口を押さえた。


「ほら、やっぱり怖いんじゃないか」


 恥ずかしそうに俯く夏海。そんな夏海に声をかけたのは洋介だった。


「別に怖がるのは恥ずかしいことじゃないだろ」


「そ、そうなのかな……」


「そうだよ。だいたい、俺も寛之も紗希ちゃんだって怖くない訳じゃないぞ」


「……そっか。そうだよね。洋介も皆も怖いんだよね……」


 洋介と話しているうちに、夏海もようやく落ち着いて来たようだ。


「何かごめんね!私はもう大丈夫だから、先に進もう!」


 いつもの調子に戻った夏海を見て三人は顔を見合わせて笑った。


 そして、先程までよりも軽い足取りで真っ暗な参道を歩き始めたのだった。

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