『生えかけのヒゲ』

 言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。あごを触ったときに、ふっと気になる存在。頑張れば、爪で抜くことも出来そうだけれど、下手をすると切れてしまって、埋没まいぼつしてしまいそうなヒゲ。ヒゲを剃ったばかりなのに、一本だけ、群れから離れて、つるつるの肌に生えたヒゲ。仕事中、授業中、一度気付いてしまうと、もう気になって気になって仕方がない。どうしたもんか、抜いてしまいたいけれど、爪が半端な長さで、つかむのが難しい。片方の手で肌をまんで、ヒゲを狙いやすいように調整してみる。仕事中、パソコンの画面を眺めながら、考え事をしているようなふりをして、抜こう、抜いてやる、これが抜けたら今日は仕事を頑張ろう。そういう気持ちで抜こうとするが、どうにも抜けない。爪で挟んでみようとするが、顎の、それも喉に近い部分にあるもんだから、自分の目で確認することなんて出来ないし、頭の中ではイメージが湧いているけれど、多分、実際はそんなに長くないヒゲだ。爪で挟むには、高度な技術が要求される。それでも何度かやっていくうちに、偶然爪を掴む瞬間があって、これだ、ここだ、と決め打ちして、あとはゆっくり、ヒゲが途中で切れたりしないように、微妙な力加減をしながら抜いていく。

 そしてようやく抜けたところで、今一度、顎周りを全体的に撫で回してみる。なるほど、綺麗になった。だが、待て、こっち側にあるヒゲも、なんだか抜けそうな気がする。一度気付いてしまうと、どうにも抜けないと気が済まない。また同じように指でヒゲを抜きやすいように操作して、爪でヒゲを掴もうと必死になる。このヒゲが抜けたらようやく救われる、ようやく自由になれると思ったはずなのに、能動的に、次に抜くヒゲを探してしまう。なんとも滑稽こっけいな話だ。

 趣味や、遊びや、予定は、言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。本来やらなければならない仕事を放り出して、ヒゲを抜いている。言い訳がしたいに過ぎないのだろう。仕事がしたくない。本来やらなければならない人生を、進めたくない。だからヒゲを探している。趣味を見つけて、遊びを探して、ゲームを始めて、これが終わったら、ついに俺は本来の人生を進めるんだ、と、他人のせいにして自分の人生をないがしろにしているに過ぎない。こんなこと、いけないって分かっているのに、一度ヒゲを見つけてしまうと、気になって気になって、集中出来ない。いや、集中したくないがために、ヒゲを探して、ヒゲを抜いている。

 ただ、まあ、ヒゲを伸ばしてみると、これはこれで、なんというか、意外なことに仕事がはかどったりするから面白い。ヒゲを抜かずに放置すると、すっかり柔らかくなったヒゲは群生ぐんせいしてきて、これという一本が分からなくなってくる。どれから抜いていいのか分からなくなり、触り心地も気にならなくなり、いつの間にかヒゲを抜きたいという気持ちよりも、さっさと仕事を片付けてしまおうかという気持ちの方が強くなってくる。

 一本だけあるから、しかも生えかけだから気になるのだろう。とんがっていて、どうにも肌触りが悪くて、妙に存在感があり、自己主張が激しいヒゲだから、抜いてしまいたくなって、それが終わらない限りは、何も手に着かないくらい不自由になってしまう。このステージだけクリアしたら終わりにしようであるとか、このイベントだけクリアしたら終わりにしようであるとか、そういうことだ。

 心の中にある不安材料は、言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。本来やりたい仕事であるとか、楽しみたい人生に対して、他人との衝突であるとか、間違えてしまった選択に対して後悔することは、生えかけのヒゲのように、精神的なダメージを与え続けてくる。とてつもなく不自由で、晴れ晴れとした気持ちになることがない。何が原因なのかも分からない、どうして間違えてしまったのかも分からない。きっとその生えかけのヒゲを抜かない限り、心の安寧あんねいは訪れないのだと分かっているけれど、抜きたくてもなかなか抜けなくて、もどかしい。自らでどうにか解決出来るなら、いっそ手鏡と毛抜きを持って来て、すぐに終わらせてしまいたい衝動に駆られるが、そういうわけにも行かない。人生は自分の気持ちとは無関係に続いていて、その人生の途中で席を立つわけにも行かないからだ。細心の注意を払って爪を立て、ヒゲを見つけて、ゆっくりとゆっくりと、慎重に慎重に、抜いていくしかない。抜けたヒゲを見てみると、想像していたよりもずっと短くて、こんなに短いヒゲが触れてみるとあんなに長く感じたのかと、驚くばかりだ。

 本当はヒゲを毎日きちんと剃って、きちんと深剃りして、社会人的マナーにのっとっていれば、生えかけのヒゲが生まれることもないだろう。いや、百パーセントとは言えないが、剃り残しや、剃りの甘かったものが生えかけのヒゲに化ける可能性は少なくなるはずだ。毎日をきちんと過ごしていれば、きっとそうした不自由さを感じることもないだろう。ヒゲを剃る時にはきちんと剃って、剃らない時は伸ばしてみて、そういう緩急かんきゅうをきちんと付けながら生活すれば、生えかけのヒゲに人生を悩まされることもないだろうし、むしろヒゲと友好な関係を築けることだろう。

 けれど、不思議なもので、きちんとヒゲを剃った日でも、肌触りはつるつるとしていても、どういうわけか抜けるヒゲがないかと探してしまう。仕事が嫌なんだろうか。人生に疲れたのだろうか。何か小さな達成感や、小さなアクシデントがあった方が、人生が豊かになるとでも思っているのだろうか。理由はどうであれ、我々は常に生えかけのヒゲを探していて、そのヒゲを抜くことに喜びを感じ、日々の空間の隙間を埋めている。

 もし、自分の人生に、何よりも熱くなれるものが出来たら、生えかけのヒゲのことなんて忘れられるくらい夢中になれるものが出来たなら、それを追ってしまえば良い。僕は顎を触るのも忘れて、その両手でそいつを追い求めるだろう。

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