学校一の美少女と半同棲状態だがヤンデレ過ぎてヤバい!

赤月ヤモリ

榎本くんのありふれない青春

榎本くんのありふれた青春

1 僕と彼女のエピローグ。


 ××の為ならば命すら差し出す。


 そんなことを堂々と言える人間だったならば、何かが変わったのだろうか。いいや、きっと何も変わらない。変わらなくて、変えられなくて。


 いつだって無力な自分に嫌気が差して、何かが壊れる。壊れて砕けて、そうして残った破片をかき集めて僕は生きている。


 とかなんとか。なるたけ格好をつけたことを言っているけれど、結局は人生なるようにしかならないし、生きるように生きると言うだけ。


 今日も今日とて後悔しながら生きるとしよう。

 タイムマシンが早く完成しないかと夢想しながら。


 つまるところ、これは僕と××の青春録……そのエピローグの続きである。



  §



 微睡みに塗れた意識が覚醒するのを榎本えのもと入鹿いるかは理解した。


 泥の中から浮かび上がるような心地良さが身を包む。薬品の臭いが鼻に付く。どこか遠くから聞こえる誰かの声が耳朶を打つ。目を開くと真っ白な天井が見える。


 入鹿はカーテンに囲まれたベッドの上に寝かされていた。


 上体を起こすと僅かにベッドが軋む。布団から這い出てカーテンを開けると、そこに広がっていたのは保健室の光景だ。


「あら、おはよう。気分は如何かしら? 軽い脳震盪だったのだけれど……」


 声の方へ視線を向けると、そこには見知った女性、後藤ごとう清美きよみの姿があった。


 入鹿の通う高校の養護教諭であり、つまりはこの部屋の主だ。


 長く流麗な黒髪に、整った顔立ち。赤縁あかふちの眼鏡をかけていて、その豊満なバストは白衣を下から押し上げている。


 彼女は業務を一時中断すると、腰かけていた丸椅子から立ち上がり、珈琲片手に入鹿の顔色を窺った。その澄んだ瞳に気圧され、思わず視線を横に逸らす。


「あー、特に問題ありません。……あの、後藤先生」

「何かしら?」

「なんで僕は保健室に居たのでしょうか?」


 体に異常がない事を確かめ、ついでに乱れた制服を整えながら彼女に尋ねる。彼女は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべるも、すらすらと答えを口にした。


「榎本くん。あなたは昼休みの終わりに階段から突き落とされたのよ」

「……えぇ?」


 マジかよ、とは脳裏を過った寸感。


「ほら、キミが片思いしてる彼女いるじゃない?」


 後藤は豊満な乳房を下から支えるように腕を組み、ピッと人差し指を立ててその少女の名前を口にする。


「浜宮伽耶さん。今、生徒指導室にいるはずよ」

「あ、あー。そう言えば伽耶かやちゃんと居たんだっけ?」


 頭にかかっていた霧が晴れ、眠るに至った原因を思い出す。


 しかしその原因が余りにもしょうもない為、思わず頭を抱えた。


「大丈夫?」

「えぇ、まぁ。はい。問題ありません」


 心配の声を頂戴しつつ、スマホを取り出し現在時刻を確認。


『十二月二十日 十四時六分』


 時刻的に五限の中頃だ。最後の記憶は昼休みが終わる直前だったことを考えると、およそ三十分程度、気を失っていた計算となる。


「それじゃあ、何で突き落とされたのか。それを教えてくれるかしら?」


 普通に警察案件であるため、彼女の語る口調はいたって真剣だ。だからこそお伝えするのが心苦しいと感じてしまう。


「はい」


 と言っても誤魔化すわけにはいかない。

 口にするのを少々躊躇いながらも、仕方がないかとため息を吐き、原因を口にする。


「卵焼きが、甘かったんですよ」

「……」


 訪れる静寂。


 開け放たれた窓の外、グラウンドの方から体育の授業の声だろうか。聞き覚えのある男性教諭の声と、生徒たちの歓声が静寂の保健室を駆け抜けた。


「…………は?」


 先ほどの真面目な物とは正反対の、何とも間抜けな声。

 どうやら聞こえていなかったらしい。入鹿は先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「ですから、卵焼きが甘かったんですよ」

「いやいや! 聞こえなかった訳じゃないから! そうじゃなくて――え? それだけ?」

「それだけですね」

「……マジなの?」

「マジっす」


 理解できないとばかりに難しい表情になる後藤。


「階段から突き落とされた原因の話よね?」

「はい」

「卵焼きなの?」

「イエス」


 訳が分からないとばかりにこめかみを押え、顰めっ面で頭を振る。

 後藤は暫く頭を捻ると、手をポンっと打ち鳴らす。どうやら理解に至ったらしい。


「――よし!」

「分かってくれましたか!」

「取り敢えず榎本くんも生徒指導室に行こう」

「思考放棄しちゃったよこの人」


 ぼそりと呟きつつも、生徒指導室への連行は特に拒絶する事柄ではない。そのため入鹿は二つ返事で了承し、二人は保健室を後にした。

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