第12話 再会と再戦の青い空

 夏休みが明けて予備校が再開した。旭川もお盆が過ぎれば朝晩は空気が冷たく、たまに吹く北風は秋と受験シーズンの本格的な到来を告げるようだった。


 10日ぶりの再会となったが、日数以上に変わったものがいる。元サッカー部員のチャラ男、カメタクこと亀井卓丸だ。


「亀井君、本当ですか。」

「はい、俺もやりたいことがはっきりしました。」

「わかりました。それにしても亀井君。」

「はい?」

「少し見ない間にだいぶ受験生っぽくなりましたね。」


 三津屋先生とそんなやり取りをしたカメタクはさわやかな短髪にジャージ姿で現れた。元サッカー部の元チャラ男は体育教師を目指すことにしたらしい。


 一方教室では留萌から帰ってきた松本圭祐がお土産を配っていた。あいさつ回りをしてる営業の人のようだった。少しぎこちないが。


「あ、弘君、俊彦君、健太郎君、これ…。」


 圭祐がくれたのは数の子とチーズを組み合わせた珍味だった。いかにも海の街のお土産だった。凝視しているうちに三津屋先生が入ってきた。弘たちは慌ててお土産をカバンに隠した。


「えーっと…お盆休み明け早々ですが、第2回の共通テスト対策模試があります。」


三津屋先生がそう言うと、一同の表情は驚いた顔と「あーそうだ」という思い出しの顔に二分された。


「まさか…知らなかった、なんてことはないですよね。これと記述模試の結果で面談をしますから、そのつもりでいてください。」


 勉強していない、ということはなかったが、地元でサッカー教室に参加したり、女子でお泊り会をしたり、夏をそれなりにエンジョイした彼らの中に緊張感の稲妻を走らせるのにこの時期の模試は十分であった。

 弘はこれとは別に三津屋先生の毒舌面談に怯え、頭を抱えた。


 昼食は弘、圭祐、俊彦、健太郎、あと呼んではいないがカメタクの5人で机を囲んだ。


「ねえ、あれ…。」


 圭祐が言うほうに4人が目をやると女子6人が囲んで昼食をとっていた。元アイドル、農家の娘、ギャルなど一同に会するとなかなかカオスだった。


「でもまあ、俺らも。ねえ…。」


 男性陣も女子のことは言えなかった。はじめのうちは一人だったり、多くて2、3人のグループも夏休みが明けて気が付いたら、男子グループ、女子グループと輪が大きくなっていった。圭祐はこの予備校『暁』のメンバーも距離がだいぶ縮んでいったことを感じた。


「みんな、受かればいいね…。」

「ま、きれいごとだがな。」

「汚いよりいいだろ。」

「確かに。そうだな。」


 圭祐の純粋な言葉は彼らの心を突き刺した。それが聞こえたのか、女子たちもクスッとこちらを見て笑っていた。午後1時、教室の空気はとても暖かいものだった。


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 こうして第2回共通テスト対策模試の日を迎えた。夏休みを終え受験生たちの迷いが吹っ切れた心を表したような、あるいは悩みを溶かしてしまいそうな快晴の土曜日だった。前回の模試でさすがに三津屋先生も参ったらしく、今回は土曜と日曜に分けることになった。


 地歴・公民の1科目目が終わり、2科目目の時間に理系組が入ってきた。弘の隣に座った俊彦は明らかに何かものを言いたそうな表情だった。


「くそ…なんで模試を土日で分けたんだ…。」

「夜の8時9時までやりたいかよ…。」

「だって太陽剣士イーグルがリアタイできないじゃないか!」


 無駄な迫力に、弘は呆れた。


「いや…録画してみりゃいいだろ。それに今の時代、見逃し配信もあるだろ。」

「いやそうなんだ弘の言うとおりなんだ。ただ…熱がない。」

「はい?」

「やっぱりリアタイだからこその熱気があるからいいんだよ。ネタバレもないし。」

「それはネット見なきゃいいだろ…。」

「欲は抑えられない。」


 そんな話をしていると意外な人物が口をはさんだ。丸岡虹子だ。


「特に今はクライマックス近いのでその気持ち、わかります。」

「え、丸岡さんも見るんだ…。」

「イーグルのデザインが好きで、最近ハマって見てるの。」


 と盛り上がりかけたところで、次の試験に移った。このあと国語、英語の試験が実施され1日目が終わった。国語といえば俊彦は三津屋先生とひと悶着あったが、この日はすごくシャーペンを走らせていた。


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 2日目。主に理系科目が実施された。休み時間には虹子と俊彦が昨日の『太陽剣士イーグル』の話の続きをしていた。2人ともサブスク会員らしく、その感想を言い合うことにしたらしい。熱気だのなんだのぶつくさ言ってたのは何なんだ、弘はそう考えながら談笑する2人を見ていた。


 前日とは違い、理科は基礎2科目で60分の文系組は先に帰った。2日間続けてジャージで来ていたカメタクに弘が聞いた。


「そういえばさ、昨日からずっとカメタクはジャージだけど、チャラ男はやめたの?」

「あ、これ?実技試験の練習を午後からするからさ。」

「すごいなあ…カメタクは目標がはっきり見えてるんだな。」

「ああ、やっとな。体育の先生になるよ。」


 弘はカメタクが前に進んでることに感心するとともに、焦った。


『俺は大学入ってどうしたいんだろう…。』


 2日間の試験は滞りなく終わった。理系組が理科の2科目目を終えたときはすでに16時を過ぎていた。昼ほどの熱さはなくなっていたが、外はまだギラギラの青空だった。この模試の結果によっては心が曇りがかってしまうかもしれないが、今はそんなことは考えなかった。

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