第7話 キス

「わー、きれー」

 新社屋のYOSHIMURAに来たのは、オープニングイベントの、テープカットのとき以来だった。

「あのときは、人もいっぱいで、ちゃんと見れなかったよね」


 祥子さんが出迎えてくれて。

「こちらへどうぞ」

 通されたのは、社長室だった。

「あれ、祥子さん、社長になったんですか」

「まあね。代理ってとこ」

事務所うちと全然ちがうー」

 キラキラした大理石の感触を足さきで確かめながら。


(帰ったら、日高に話そ)

 そんな、はるの様子を祥子は微笑ほほえんで見つめている。

「はるちゃんのおかげなんだよ。はるちゃんが専属モデルになってくれてから、三倍も売り上げが伸びてるの」

「えー」

「本当よ。CMで着てくれたスーツ、もう発注が追いつかないの」

「あっ、これですね」

 はるは、ぴん、と、スーツの襟を指先で弾いてみせた。

「あっ、そう、それ」

 ひとしきり、二人はおしゃべりを楽しんで。

「あ、そうだ。仕事、仕事」

 祥子は、立ち上がって、自分のデスクからパンフレットを手にすると、はるの前に置いた。

 と。

「すみません、なかなか車が上手く止められなくて」

 汗を拭きながら、関君も入って来た。

 同時に、スタッフのお姉さんが、紅茶を三人の前に置いていって。


「じゃ、始めよっか。これ、今度の冬の新作なんだけど」

「はい」

 そこには、白いコートと、白い帽子の写真が何点かあって。

「かわいいですねー」

「まだ、本決まりじゃないんだけど。今回、初めて、はるちゃんの声を入れるか、キスシーンを入れるかって言ってるんだけど、どうかな」

「え?」

「CMでね」


 はるは固まったまま。

「ちょっと、考えさせてもらえますか」

 やっと、それだけを言った。

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