第15話 泥濘の戦いⅡ

 ジャージャーを灰にすることはなかった。


 ジャージャーに光の奔流が直撃する直前、両者の間に割って入るものがいた。右手に巨大な盾、左手にチャージランスを装備した重武装の鎧男は一瞬で9つの防御系スキルを発動させると、その威力を相殺する。


 ただの盾、そして並のニンゲンでないことは明らかだ。しかし、熾天使クラスの一撃を相殺するなど、それこそ防御にステータスを全振りしていなければできない芸当だ。


 ソレイユ広しと言えど、防御にステータス全振りして、なおかつ熾天使二体分の攻撃を相殺できる盾役は五十人といない。まして、放たれた直後となれば数は十人程度に狭められる。


 「ちぃ……。相変わらずタイミングがいいことだな、『黒壁アイン


 『黒壁』と呼ばれたのは黒塗りの全身鎧で身をつつんだ大柄のニンゲンだ。顔全体を覆うヘルムの間から翡翠色の双眼を光らせ、まるで精気を感じない動きで、次の攻撃への備えを見せる。


 男の持つ大盾、チャージランス、そして全身鎧はすべてが幻想級で固められており、またその耐久値は先の熾天使の攻撃を防いだことからもわかるように、十分に過ぎると証明されている。


 「サイゴウ……!」

 「無事ヵ、ジャージャー?」

 「もちろんだが……。お前持ち場はどうした?」

 「問題ハナィ。ヴェーザーにハ許可ヲ取ッテァル」


 サイゴウと呼ばれた鎧男は兜の奥で不敵に笑ったようにジャージャーには見えた。しかし、そんなわけはないな、とすぐに頭を振る。サイゴウは種族的な理由から、笑う表情を作ることができないのだから。


 サイゴウはソレイユでも千人といない希少種である遺留物アークだ。その中でもさらに希少な最古遺留物ロストアークであり、ヤシュニナには二人しかこの種族はいない。


 レベルは120と高く、その技量は一線級だ。神話級、幻想級アイテムを素材として作成した大盾『グラニチニー』は鉄壁を誇っており、付与されている永続スキル『アンチ・貫通ストライク』は防御貫通系スキルを無効化することができる。現にその性能はヤシュニナ最強と謳われるリドルの最大火力を五分間受け止めるほどの力を有している。


 そんな盾が使で破壊されるわけもなく、またそのことを知っているアーレスはジャージャーを殺せなかったことを悔しがりはするが、驚きはしない。


 「サテ……。アーレスよ。コノ私ガ出タカラにハ、簡単二ジャージャーヲ殺セルと思ゥナよ?私にハォ前を倒スコトハデキナィガ、足止メナラシテミセヨゥ……!」


 無機質な声の中には確固たる意志が宿っており、彼の心に反応してか、瞳の色が翡翠から紅へと変わる。その万夫不当の英雄の外見にアーレスは嫌な汗を覚える。正面から戦えば確実に長丁場になろう。


 真の姿を開放した、自らの宝剣をもってしても削るには骨が折れる、とアーレスは確信めいたものを感じていた。……ならば、


 「ふっ、バカげたことを言うな、『黒壁』。なぜ、私が貴様の相手などという雑事をせねばならないんだ?そんなもの、雑用係天使共にでもさせればいいんだよ」


 「ホゥ……。マルデ神にデモナッタよゥナ言ィ草ダ。四聖教ノにンゲンノ言葉トハ思ェヌナ」


 「まぁ、そういうことだよ。ポタシウム、クロリーネ。あそこの死に損ないもろとも神に逆らったことへの後悔を味合わせてやるがいいさ」


 アーレスの言葉に反応して、二体の熾天使は再び魔法陣を形成しようとする。その隙にアーレスは要塞内へ侵入しよう、という算段だ。しかし、それがわかっていてみすみす逃がすほどサイゴウは甘い性格ではない。


 すぐに彼はスキル『黒鎖の虜囚ペイン・オブ・ブラック』を発動させる。彼の職業はジェネラルフォートレスと呼ばれるタンク職であり、その本質は相手の注意を自身に向けることにある。当然、持っているのは自身に敵意ヘイトが向くようになるスキル、そして防御バフ用のスキルが多い。


 彼が今発動させたスキル、『黒鎖の虜囚』もそういったスキルの一種で、ジェネラルフォートレスのユニークスキルの一種でもある。半径三百メートル以内の敵ユニットに限定して、自身に敵意を向けさせることを強制する、という中々に協力なスキルであるが、反面防御にステータス値のほとんどを振っていなければあっという間に踏みしだかれる恐れのある危険なスキルでもある。


 当然だが、このスキルはアーレスにも左様する。スキルの効果でプレシアへ向かって飛ぼうにも身体が言うことを聞かないアーレスは歯ぎしりをする。忌々しくも自らの行動を制限するサイゴウに、憎悪の瞳を向けつつ、ポタシウム、クロリーネの二体に攻撃を命令し、自身もその戦列に加わった。海面に降り立つと、鋼の音が木霊し始めた。


 強力な二体の熾天使、そして神話級の宝剣を手にしたアーレスの重撃が盾を構えるサイゴウを襲う。適度に防御スキルを発動させつつ、サイゴウは連続して押し寄せる嵐がごとき重撃をいなしていく。


 サイゴウはその職業の性質上、あまり攻撃力はない。ステータスもほとんどが防御に振っているため、装備している武具以外の攻撃値になんらプラス作用が入らないからだ。


 それを知ってか、アーレスらの攻撃の手には一切の迷いや躊躇はない。本来ならいつでも相手の反撃に対応できる距離を保つところが、そのラインをかるがるとまたいで、サイゴウに肉薄する。


 アーレスの神速の斬撃は容赦なくサイゴウへと降り注ぎ、二体の熾天使の絶え間のないスキルによる攻撃はサイゴウの注意をアーレスに向けさせない役割を果たしていた。


 だが、そんな状況下でもサイゴウの余裕がそがれることはなかった。アーレスやその他二体の攻撃は着実に自分を生命力を削っている。二体の熾天使、神話級の宝剣の使い手と相手にして生命力を削られないのは不自然ではないし、今もスキルと武具の性能でどうにか耐えきっている。


 だが、その減り具合はあまりに遅い。数分の攻撃で生命力が1%減るかどうか、といった割合だ。


 彼の攻撃のさばき方がまずうまい。ただ受けるのではなく、受けた直後に姿勢をずらすことで攻撃をずらしたり、防御の隙を突いた攻撃を最小限のダメージで抑えるよう立ち回っている。


 まさにプレイヤースキルの象徴と言える戦闘方法だった。レベルで劣ろうと、その技量は間違いなくアーレスと肩を並べるほどだ。加えて、ただ護りや受け流しに徹するでもなく、フェイントを駆使してあまりダメージを受けないようにする努力を怠ることがない。


 おかげでアーレスはひどい泥仕合をする羽目になった。振るう宝剣は直撃してものけぞることがなく、間髪いれずに反撃の突きを入れてくる。大ダメージにはならないが、これからプレシアを制圧するとなれば少しでも生命力は残しておいた方がいい。


 二体の熾天使の補助があるにも関わらず、攻めあぐねている現状に奥歯を深く噛み潰す。嫌な感触にアーレスは思わず顔をしかめた。自分の力が劣っている、とか、熾天使がただビーム攻撃しかしない、の問題ではない、というのはわかっていても、なお彼の心の中で悶々としたものを感じさせる眼前の男は、やはり苦手だ。


 五年前もそうだった。ヴェーザー、ジャージャーも脅威ではあったが、個々の実力では自分よりも劣っていた。しかし、眼前の男が致命傷を与えようとする直前に必ず間に入ってガードしてしまう。戦闘でもっとも厄介な相手、とアーレスが思っている堅実かつ状況判断に優れた男だ。


 全身全霊を以て当たらねば防御を崩せない、と訴えかける実力があり、プレシア最大の……


 「サテ、ソロソロ回復シタカ?」

 「何を言って……」

 「ああ、ありがとうよぉ、サイゴウ」


 直後、彼の足元が揺れた。ガクン、と視界に入っていたすべてが一段下がったような感覚を覚えた。何が起きたのか、と彼の脳内を可能性が駆け巡ろうとする。しかし、それが命取りとなった。


 一瞬、彼の視界を黒が覆った。別のことに思考を巡らせたからか、何が視界を覆ったのか、わからなかった。だが、身体はなぜか熱い。やがて思考が落ち着いてくると何が自分に起きたのか、だんだんとわかってきた。


 まず気づいたのは自分の喉から血が吹き出していたことだ。噴水のごとく勢い良く吹き出される血の量にアーレスは大きく眼を見開いた。だが、それで動じるほどアーレスも素人ではない。そもそも、アークヒューマンであるアーレスにとって首が斬られるならまだしも、首筋から血が吹き出しても、死ぬことはない。


 自分の生命力が一割ほど削れたことを感じつつ、アーレスはバックステップでサイゴウから距離を離す。そして喉を抑えつつ、その双眼を細める。


 「また、邪魔……を……!」

 「言ってくれるなよ、回復薬の常備は普通だろ?」


 目の前に立っていたのは蒼炎をまとわせた妖刀を装備したジャージャーだ。その身はびっしょりと濡れており、先程手から離した妖刀を取りにわざわざ海中まで潜っていったことが伺える。


 涙ぐましい努力に彼の背後で盾を構えていたサイゴウは思わず笑ってしまう。まぁ、武具には水上歩行のスキルは付与されないからな、と苦笑しつつ、改めてサイゴウは盾役としてジャージャーの前に出た。


 しかも、この場の立役者はジャージャーだけではない、とアーレスは海面に眼を落とし、ついでにプレシアの大砦へと視線を向けた。


 海面操作か、とアーレスは改めて海面を踏みしめて警戒のレベルは一段回上げる。ヴェーザーの魔術はこういう海戦で厄介になる。海上要塞の中にいても微細な海面操作ができるほどの技量には脱帽してしまう。


 だが、


 回復作用のある武具で喉の傷を癒やしつつ、アーレスはほくそ笑む。彼の回復を妨害しようと、ジャージャーは駆けるが、二体の熾天使が妨害する。そればかりか、ジャージャーは派手に吹き飛ばされてしまった。


 「さて、神の教えを享受せぬ愚か者共……。このに数多手傷を負わせ、……グフ……」

 「あー、そりゃ癒やした直後に喋りゃそうなるよ」

 「ふん、黙れ。――この私に傷を負わせたこと、後悔させてやろう」


 アーレスの滑稽な姿を見て、かっこ悪いな、と思いつつもジャージャーとサイゴウは警戒を緩めることはない。彼の武具に施されている回復力のたかも知れたし、一石二鳥である状況ではあるが、彼にとって生命力や外傷の回復など些細なものに過ぎないだろう。


 はたして、どれだけ自分達がアーレスを釘付けにできるか、と目算を立てつつ、二人のプレイヤーは果敢にアーレスへと挑んでいった。


――そして、彼らがアーレスと死闘を演じる最中、プレシアには無数のリストグラキウス兵がなだれ込み、上層ブロックのほとんどが占拠されつつあった。


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