Scene:34「勝利」

「向こう《南端の拠点》の方はどうなったんですか?」


 戦闘が終了して味方と合流したシュウは開口一番にその問いを投げ掛けた。


「南端の拠点の攻略は完了した。現在は奥の拠点へと向かって移動中だ」

「私達はどうするんですか? 時間稼ぎどころかやってきた連中全滅させちゃったんですけど……」


 続いてフィアがこれから動向を尋ねる。

 確かに彼女の言う通り、本来はやってきた敵に対して粘る事が想定されていた。

 しかし、結果は増援部隊の壊滅に成功。その為に手隙になってしまったのだ。


「他の拠点に仕掛けるんですか?」

「それを今確認している」


 そう言って車両の方を見やるイリス。どうやらテルスが通信で今後の行動を確認しているようだ。


「装備と弾薬は?」

「ロケット・ランチャーは全弾ゼロ。爆薬は地雷も含めてほとんど使い切ったかな。銃弾の方はまだ十分。ほとんど異能で片付いてしね。対人ぐらいなら十分こなせると思うよ」

「ただ拠点を仕掛けるには心もとない、という訳か」


 最後のセリフはハルマ。彼女はアマネの荷物を視線を向けている。


「大きな威力のものは使い切っちゃったからね。なんなら敵拠点から奪って使うって手もあると思うけど……」

「確かにそれも手だけどよ……」

「――場所が不明だと時間が掛かる」


 アマネのアイデアに反応するオルナ、ライデ。

 そもそも武器庫は爆破している。

 破損から逃れているものがあるとしても、それを見つけるのに時間が掛かってしまうだろう。


「――結論が出た。我々はフォルンへ帰還する」


 と、そこにイリスが報告の結果を告げに来た。


「やったー!! 帰れる!!」

「って事は向こうは順調って事ですか?」

「そうらしい。無論、抵抗はあるが想定内の範囲だったようだ。現状我々にできる事はない。よって帰還という訳だ」


 できる事がないなら、戦場にいる理由はない。

 迅速に帰還するのが次に備えるためのベストな選択だろう。


「これより車両に乗り込んで帰還する。各自急いで帰還の準備を始めろ」

『了解!!』


 イリスの命令に応じる面々。

 そうして彼らはフォルンへと帰還したのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その後、予定通り、連合とヒストゥーは奥の拠点を占拠に成功した。

 挟まれた各拠点の敵勢力は拠点を放棄して撤退したのが確認されている。

 結果、連合とヒストゥーは大成果をあげ、勝利した。

 久々の大きな戦果に連合側が湧いたのは言うまでもない。

 死者を埋葬し彼らの奮闘を称えた後、戦勝の宴が行われた。


 夜遅いというのにフォルンは明るかった。

 明かりは建物中や街頭だけでなく、蝋燭等も点けられている。

 そんな明かりが広がる集落の中で人々は大いに盛り上がっていた。

 ヒストゥー側の好意で提供された飲食物。それを用いての戦勝会が開かれたのだ。

 集落のあちこちで人々の歓声と騒ぐ声が響き渡り、人々は陽気に食べ物を食べながらこれまでの健闘を称え合う。

 中には己の武勇を自慢する人間もおり、誇張されたそれを聞き手達は囃し立てながら酒の肴にして盛り上がっていた。

 これ程騒がしいフォルンの光景など誰も見た事ないだろう。

 秩序が失われ、集落を守るために己が力を守る日々が始まって以降、これだけのどんちゃん騒ぎをした事など住人達の記憶にもない。

 そんな活気のある光景をシュウ、建物の屋根の上から見下ろしていた。

 彼がここにいるのは人々の熱気に参ったからだ。

 シュウのこれまでの戦績はかなりもの。その為、合う人合う人が彼を持ち上げて注目を集めさせてくるのだ。

 シュウ自身は騒いで楽しむよりも、それを静かに眺める方が楽しいタイプだ。

 その為、彼らの目から逃れる為、けれども人々の熱気から離れたくなくて、この場所に退避したのであった。

 背後から人の気配を感じる。聞こえる足音は乱れておらず、先着の住人に配慮しているかのように静かだ。

 足音自体は知っている者のもの。


「どうしたんだ? ノエル」

「騒がしいのに疲れて少し離れようと思ったらシュウの姿が見えて……」


 シュウが声を掛けて振り返ると、そこにいたのは言葉の通りノエルだった。

 そのまま彼女はシュウの隣に腰掛けて眼下のお祭り騒ぎを見下ろす。


「皆、楽しそう」

「こんなに騒ぐのは久しぶりだからな。ストラの時でもなかった」


 その時の日々を思い返そうとして、そうして彼はそれが『少し前』と表現できる程の過去となっている事に気が付く。

 この『少し前』がいずれ『随分前』となり、やがては『だいぶ昔』となるのだろう。

 そんな変化に感慨深い思いを懐きながら、それでも彼らを必ずあの場所へ帰したいと願うシュウ。

 ノエルはそんなシュウの顔を見て頬を撫でる。


「えっと……何?」

「ん、なんとなく……」


 微笑みながら、それでも撫で続けるノエルにシュウは複雑な表情。

 正直、心地良いのでこのまま続けても構わないのだが、この光景を誰かに見られるのは恥ずかしい。

 そしてこういう時に限って『彼女』が目敏く見つけるのはこれまでの経験で予感している。


「あらあら、随分と仲睦まじい事で……」


 案の定、『彼女』フィアに見咎められてしまった。


「……何しに来たんだ?」

「仲間として労いに……そしたら二人で随分といい雰囲気だったもので」

「……とりあえず帰れ」

「こんな面白い光景を前に帰るなんてできません」


 煩わしそうに追いやろうとするシュウに対して引き下がらないフィア。

 そんな二人のやり取りにふとノエルは前から思っていた事を尋ねる事にしたのだった。


「二人は仲良さそうだけど、実はつ――」

「――ない」

「――天地がひっくり返ってもあり得ません」


 言い切る前に強い口調で断言するシュウとフィア。

 そんな息のあった二人の返しにやはりノエルは不思議に思った。

 これまで二人のやり取りを見ても、かなり二人は息が合っているというか互いを理解し合っている感じがある。

 戦闘方面でもかなり連携の良いコンビという評判は聞いている。

 にも関わらず付き合ってないというのはあり得るのだろうか?

 そんな彼女の疑問を表情から読み取ったのだろう。フィアが彼女の内心の疑問に答えを返した。


「私達が息が合ってるのは正直に言って似たもの同士だからです」

「似たもの同士?」

「腹黒っていうのか捻くれ者というのか……まあ、そうだなぁ……いろいろと考えを巡らせているって感じだな」

「私達は互いが似たもの同士である事を理解しているので、相手が大まかに何考えているのかわかるんですよね」

「だったら……」

「そして同時に同族嫌悪を抱いている事も気が付いている」

「!?」


 その言葉でノエルの瞳が見開く。


「自分がそういう性格なのを理解し受け止めている。けれども、あまり良い性格だとは思ってないんですよね。だからこそ、自分の性格については皮肉っている所はありますし、それ故に近い性格である私達は互いを嫌悪しています」

「といっても生理的に嫌とか排除したいって感じじゃない。精々がいい気分にはならない程度だな」

「ですから、我慢できますし普通の会話を楽しんだりもできます。ただやっぱり、苦々しいというか時折お互い相容れないというか……まあ、ずっと一緒にいるのはストレスって事ですね。正直、鏡を見ているようで……」

「相手を知っていけば好きになるかも?」

「ないと思いますよ。私達の相互理解は『互いを知り尽くしている』が故のものですから……」

「知らない所があるなら可能性はあるだろうけど、『知り尽くした上で相容れない』って結論なら好きになる余地がないからな」


 そんな二人の結論に寂しいような悲しいような表情を浮かべるノエル。

 彼女にしてみれば、それだけ理解し合えて仲良くなれないというのがあまりにも理解できないのだ。


「要するに相手を『理解する事』と『好きになる事』は違うという事です」

「好きだから理解しようとするんじゃ?」

「そういう流れはあるとは思いますよ。ですが、好きじゃなくても相手を理解する事はできますよね?」


 その返しに『あ』とノエルは零す。

 確かにフィアの言う通り理解する事に好意が必ずしも伴う訳ではないのだ。


「それに好意を抱く事で理解を拒むケースだってあります。恋は盲目とはよく言ったものですね」

「もっとも、好意だけ抱かれても相手は迷惑だろうな。相手の都合も考えずに好意を押し付けられてもいい気分にならないだろ」


 流し目でフィアに視線を送りながらそんな事を口にするシュウ。

 それに彼女は微笑んで答えた。


「その辺りはきちんと心得ないとですね」


 要するに『自分はそんなミスを犯してない』と言外に言っているのだ。

 本当だろうかとシュウは思いながらも彼らは話題を続けていく。


「ともかく好意と理解は共に必要ですが、その二つは違うという事はわかっている必要があるという事です。この同じものだと誤解するとすれ違ったりトラブルになったりするかと」

「……なるほど」

「ですから、ノエルさんはその辺自覚しながらシュウと交流してください」

「へ!?」


 フィアの言葉に上擦るノエルと苦味潰した顔を浮かべるシュウ。

 彼にしてみればそっち方面へ話題を繋げるであろう事は早々に想定していた。


「あ、何も言わなくていいですよ。まだ好意的な程度なのは理解していますので。私的にはもっとシュウが積極的にアプローチした方がいいのになぁって思うんですけどね」

「……そういうフィアは成果あったのか?」


 これ以上、この話題を続けられるのは本人的に辛いので話題転換したかったのと意趣返しがしたかった事でフィアの恋愛事情に踏み込む事にしたシュウ。

 けれども、その話題をした途端、フィアの身体が震えだした。


「フィアさん?」

「? どうした?」

「――さい」


 少し聞こえた言葉が聞き取れず二人首を傾げて顔を近づける。

 その途端、フィアが大声を出して喚き出した。


「うるさい!! うるさい!! うるさーい!! こっちだっていろいろやってるんだから!!」


 反応的に上手くいってないらしい。

 そうか、と返して聞き手モードに入るシュウと事情のわからないノエル。

 そんな二人にフィアは当たり散らすかのように愚痴をこぼし始めた。


「朝は必ず『おはようございます』、夜も必ず『おやすみなさい』って言って、偶に配給の料理を手伝って作ったのを持っていったり……でも、ここ最近はヒストゥーの訓練に彼、熱中していて、会う機会そのものが減ってるのよーー!!」

「……あー、なるほどな」


 真面目なオルクスの事だ。それは一生懸命にヒストゥーの訓練を受けているのだろう。


「おのれ……許すまじヒストゥー……私とオルクスの運命に割って入るだけじゃなくて、引き裂こうとするなんて……でもいいわ。運命の恋に障害はつきものだもの」

「……フィアの意中の相手ってオルクスさんなの?」


 ぶつぶつと呟くフィアの独り言を聞き咎めてシュウに問うノエル。

 そんな彼女にシュウは首肯を返すのだった。


「聞いた話じゃ助けられたらしい」

「それで……」


 それでノエルは納得したらしい。フィアの方に視線を向ける。

 けれども何を思ったのか、少しすると、その視線が再びシュウの方へと戻ってくる。


「? なんだ?」

「ううん、なんでもない」


 少し頬を赤らめて首を横に振るノエル。

 そんな彼女の反応が少し気になったが、今は愚痴を続けるフィアが優先だ。

 下手に聞き流すとさらに面倒になるのを経験から理解しているのだ。


「……きっと、いつかオルクスのピンチを私が救って『フィア、君がいないと僕は駄目なんだ』って気が付くの。そうしたら『私もよ』って言って、そんで……」

「普通、逆じゃないのか」


 思わずこぼしたシュウのツッコミをフィアは聞こえていないのかスルー。

 まあ、この点は褒めるべきだろう。

 相手に勝手に期待して待つのではなく、自分から動いて手に入れようとする気概と努力。

 それは望むものを手にするのなら必要な要素だ。

 奇跡は願うだけでは手に入らない。手に入れる為に行動を始めてようやく可能性がスタートするのだ。

 そもそも何もしなくても最初から手に入る結末なら、それは奇跡ではなくただの必然である。


「それよりも、フィアの態度が変わってたけど。ひょっとして?」

「ああ、これが本性だ。基本猫被ってる。まあ、俺はいろんな要因が重なった気付いたけど……」


 ノエルの前で晒す事になってしまったのは、それだけオルクスとの機会が少なくなった事が不満だったのだろう。

 落ち着いてから『しまった』という顔を浮かべている。


「まあ、オルクス優先なところはあるけど、仕事はちゃんとやってるし、猫かぶりも余計なトラブルを生まないっていう利点がある。それにノエルの事は本心から気に入ってると思うぞ」


 元々ノエルに対してはフィアから絡んできている。そこから考えても先に関心があったのはフィアの方だ。

 境遇の近い彼女に親近感が湧いたのか、はたまたシュウをからかう為なのかどちらかはわからない。案外両方あるような気もするが、何にせよ。自分から絡む以上は気に入っているという事だ。

 シュウのフォローにフィアは『余計な事を』と睨んでくるが、口を挟まないのは間違ってないからだろう。

 性格上、自分から『ノエルのことは本当に友達だと思ってる』なんて言えない性分だ。シュウも似たような部分があるのでその心情はよくわかる。

 なんというか口にしてしまえば、その言葉というか心情が陳腐なものになってしまうような気がするからだ。

 言葉なんてどうとでも言える。それこそニュアンスを変える事も、そもそも嘘を言うことすらも……

 己の心を口にせず、ただその時の都合で飾れるのが言葉だ。

 今回で言えば『本当に友達だと思ってる』というのは相手に誤解されない為にもちゃんと言うべき本心の言葉なのだが、同時に相手を不快にせず快い関係を保つためのあたりざわりのないベストな解答でもある。

 シュウやフィアにしてみれば両方の可能性があるなら悪い方を意識するのが自然。故に口に出した途端、陳腐に感じてしまうのだ。口だけの言葉に聞こえるから……

 だから、本心を言いたくても言えない。相手にそんな風に聞こえてしまうのではないかと疑ってしまって口にできないのだ。

 口にして誤解されるくらいなら、口にせず誤解される方がマシ。

 そういう思考がシュウやフィアにはある。

 なので、シュウは助け舟を出す事にした。

 本人が言うよりも第三者が保証する方が『そう言うなら……』という安心感はある。

 ノエル自身だって本気で疑っている訳ではないだろう。

 ただ知らない面を知った事でフィアに関しての判断に自信がなくなっただけなのだ。


「だから、まあ、今まで通りの付き合いで大丈夫だ。ウザくなったら俺に言え。追っ払うから」

「そんな事しない!!」


 慌てて否定するノエル。その反応からも彼女が今まで通りの付き合いをしたいと思っている事が伺える。

 この様子なら大丈夫だろう。そう判断してフィアに『貸し一つな』と視線を送る。


「…………」


 返ってきたのは睨むようなジト目だった。まあ、返ってくる前から予想していた事であるのだが……

 意識を眼下に戻すと、騒ぎも佳境の入ったようで随所で盛り上がっている声が聞こえてくる。中には何らかのイベントのようなものを始めている場所まであるくらいだ。


「……俺達がストラに戻った時にはまたこの騒ぎをしたいな」

「……うん、そうだね」

「どうせ勝手にやるわよ。私達まで巻き込んで……」


 それは確かに有り得そうだと三人は笑う。

 戦況は確かにこちらに傾いているが優位になったとまでは言えない。

 気の抜けない戦いはこれからも続くだろう。

 それでもシュウもフィアもノエルもここから離れたいとは思わない。

 多くの交流を得て、彼らもまたこの場所に、ここに暮らす人々に、彼らの思いに、愛着を持ったからだ。

 彼らを帰したい。その為なら己の命を賭けるだけの価値があると彼らは信じている。

 本来生まれ育った場所なら、誰もが割りに合わないと言うだろう。

 命は唯一のもの。換えなどきかず、故に最上の価値となる。

 それはある意味で正しくてある意味で間違っている。

 確かに命に換えはきかないだろう。けれども、価値感は個々によって違う以上、決めるのは当人だ。当人が価値があると思うのなら、それは確かにその人にとっては価値があるのだろう。

 夜空を見上げる。

 今夜は騒ぎの明かりで星が見えづらい。だが、そんな夜空がとても綺麗にシュウには見えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その報告は『西橋頭堡』にももたらされた。

 ヒストゥーと連合の進行。多くの拠点が奪われ彼らの手に落ちたとの事。

 重苦しい沈黙が会議室に響いている。

 しかし、沈黙の理由は決して状況を悲観しての事ではなかった。


「……それでどうするの?」


 清寂した空気の中に一石を投じる声が響き渡る。

 声に反応して一同の視線が声の主に集中する。


「ここまでやられたんだ。もうやる俺を使うしかないよな?」

「正気ですか!?」


 慌てて声の主に口を挟む兵士。

 そんな兵士に声の主である青年は黄色の瞳を向ける。

 鋭い捕食者の視線だった。茶色の髪は刺々しく逆立ち、身体のあちこちには己を誇示するように様々なタトゥーが彫られている。

 彼の視線に怯む兵士。しかし、それでも言いたい事があるのか。踏みとどまって己の意見を口にする。


「確かに戦況は思うように進んでいないのは確かです。しかし、だからと言ってあなた様が出てしまえば……」

「何にビビってるんだ?」


 しかし、青年は言葉を遮った。


「っ!?」

「言えばいいだろ? 『俺がでればヒストゥーが本腰を入れる』のが怖いって。別に怒らねえよ。確かに俺がでれば向こうも報復のカードを切ってもおかしくないだろうしな」

「でしたら……」

「だけど、あっちカルセムはもうそのつもりなんだよなぁ。俺が来たのがその証拠」

「「!!?」」


 それで青年以外の全員が絶句した。

 青年の言葉が確かならこの戦い。さらに多くの犠牲が生まれる事になるだろう。


「……そこまでして西をとりたいのか? セルキスやベルクランクが黙っているとは思えんぞ」

「セルキスはともかくベルクランクは動かねえよ。あそこは外への復讐で頭が一杯で大陸の覇権とかどうでも良いって考えてるし。だから、俺も訳だしな」


 それで一同はこの青年がここカルセムにいる理由を悟る。

 そうこの青年は所属は本来、ベルクランクで有名なのだ。

 だからこそ、姿を現した時、一同は驚愕した。

 最も驚いたのはあり得ない存在が眼の前にいた事もだが、それと同じくらい彼が戦場に出てきた点もあるのだが……


「そういえばどのような形でこちらに?」

「安心しろ。ボスには『勝手にしろ』って言われたからな。こっちから手を出さない限り、報復が来ることはねえよ」


 その言葉で一同の中に安堵のため息が漏れる。

 どうやら引き抜きや脱走等向こう側が何も知らない事態という訳ではないらしい。


「全く勿体ねえよなぁ。こんな力があるのに好き勝手にできないなんて……」

「あなたの力を好き勝手に使われたら周囲にいる者達が困ります。無論、あなた自身も困るかと」

「……まあ、確かに強いけど不便だわな。でも折角あるのに使わないのも勿体ねえだろ。俺としては存分に使いたいね。折角痛い思いをしてるんだ。それに見合う報酬は欲しいじゃねえか」


 全員が頭を抱える。なるほど、ベルクランクが手放すわけだ。

 制御できない味方の力程頭を悩ますものはない。彼らは目的がはっきりしている分、あっさりと見切りをつけたのだろう。いるだけ目的の邪魔だと……


「まあ、何にしてもベルクランクはこれ以上、勢力を広げる事はない。連中、本格的に外に打って出るための準備を始めてるからな」

「それはそれで悩ましい事だがな……」


 要するに沈黙を保っている海外を刺激にしに行く訳だ。その結果、この大陸が被害に巻き込まれるのは想像に難くない。


「だから、急ぐ必要がある訳だ。いかなる犠牲を払っても……」


 鎮痛な沈黙が会議室を包み込む。

 これから訪れる未来に不安を感じる一同。

 そうして戦いは新たな佳境を迎えようとしていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Scene:34「勝利」:完

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