Scene:27「反撃準備」
大勢力であるヒストゥーを味方に引き入れた一番の恩恵が何かと言われれば、それは物資だろう。
広大な領域を支配する大勢力。当然ながら力ある勢力が抑える土地は多くの場合、恵まれた場所である事が多い。
多くの食料を生み出す富んだ大地。多くの鉱物資源を残した鉱山、利用可能な機器や多くの知識が残された工業地帯や研究地帯。
大勢力はその恩恵をふんだんに受けており、そこから生み出される物資の量は小勢力にしてみればまさに山のような量である。
そんな物資が次々とフォルンに届き運び込まれていく。
車両がひっきりなしにやってきては荷物を降ろして去っていった。
既にコンテナはいくつも積み重なり、駐車場跡には複数の山ができている有様だ。
入り切らなかった一部が集落の外にも集められ、そこでも山ができていた。
未だかつて見ない物資の量に目を丸くするシュウ。
精神操作とゴーレム使いを仕留めて、フォルンに帰ってきた直後にこの光景を見た時は『実は別の場所と間違えて帰ってきたのでは?』と彼自身内心疑ってしまった程だ。
最も、その疑いは直後にノエルやフィア、リーネと再会した事で完全に晴れたのだが……
「なんというか……凄まじい量だな……」
「流石は大勢力ね。物資だけでもここまで差があるなんて……」
連日続く物資の搬入作業に目を奪われるシュウとフィア、そしてノエル。
連合だけの時はここまで時間が掛かった事等一度としてなかった。それ程までに膨大な量の物資が運び込まれているのだ。
荷物の中身は武器に弾薬、食料に医薬品に加えて生活品等。中にもは二人も見た事もないものまである始末である。
そんな物資がヒストゥーの野営地にだけでなく、フォルンやストラの臨時キャンプにまで回ってくる。
余りの支援量にリーネに至っては萎縮して気を失い掛けていたが、オルストやフェリングは感謝の言葉を返して、そのまま作戦会議へと話を続けていたのをよく覚えている。
「でも、正直助かってる。薬一つとっても私達じゃ手に入れるのが大変だったから……」
「そうだな。消耗品なのに貴重でなかなか出回ってこなかったからなぁ」
「怪我なら私の異能で治せるけど、病気だとね……どうしようもなかったから……」
ノエルの異能は怪我のような外傷こそ治せるが、病気の類となると何の効果も発揮しない。
その為、病気や毒等に掛かってしまえば治しようがなく、何度も歯がゆい思いを抱いたのだろう。
だからこそ、今回の大量の薬の入手は彼女にとって、とてもありがたい話であった。
「でも、一番は怪我や病気をしない事。だからシュウ、怪我なんてしちゃ駄目」
「わかってる。実際、ここ最近は大きな怪我はしてないだろ」
「……絶対しないと確約しない所に自信のなさが表れてるわね」
「……フィア」
痛いところを突かれてシュウは横目でフィアを睨みつける。
実際、戦場の危険を実感し、嘘や建前を言いたくなかったからこそ、先の答え方になったのは他でもない彼自身が自覚している。
故にそこを敢えて指摘してきたフィアを睨みたくなるのは当然の反応だろう。
「…………」
彼の腕にノエルが己の腕を絡ませてくる。
心配するような視線。それに彼は困ったような顔しか返せない。
「……仕方ないわよ。ノエル。私もシュウもそれすら覚悟して前線に出てるんだから。今さら負傷なんかで止まる気はないわ」
それは負傷を気にせず戦い続けるという意思。
何かを守るため、勝ち取るために戦うと決めた覚悟。
その為なら怪我等いくらだって負おうと定めた決意。
そんな二人の意志の強さに何と答えればいいのかわからないノエル。
すると、そんな彼女を見てシュウがこう告げた。
「だからまあ、ノエルはいつも通り待っててくれればいい。それで俺達が帰ってきたら、怪我を治して、怒って、泣いて……そうしてくれたら俺達はいつもの日々に帰ってきたのだと実感できるから」
「……わかった。怪我して返ってきたら絶対に怒って迎える。だから必ず返ってきて」
シュウの言葉にふくれっ面となったノエルが要求を口にする。
無論、その言葉にはシュウも自信を持って応える事ができた。
「ああ、もちろんそのつもりだ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
入り組んだ地形をシュウは駆け抜ける。
視界に映るのは木造の壁や鉄の板が組み合わさってできた立体的な構造物。
そうは見えないが、建物という設定にはなっているそうだ。
そんな仮の建物の屋根の上をシュウは進んでいく。
視界内にはいないが、彼の後方にはフィアが付いてきている。
対戦相手の方はまだ捉えられない。恐らく待ち構える事にしたのだろう。
現在、シュウとフィアは模擬戦の訓練をしていた。
対戦相手はオルナとアマネ。ここ最近の訓練はヒストゥーの面々から受ける事が多い。
彼らからすると連合の訓練のレベルは低いらしい。なので、こうしてヒストゥー式の訓練を施す事となった訳だ。
オルスト達も元からその自覚はあり、彼らはヒストゥー側のこの提案を素直に受け入れた。
純粋な戦闘要員であるシュウとフィアは先発隊の面々に混じって訓練を受ける事となった。
リオルがいないのは彼の能力がまだそこに達していないのと、彼の得意分野である運転能力上げるために別枠となっているため。
ノエルはそもそも非戦闘要員。オルクスは実践訓練と指揮官用の勉強を受ける為、こちらも別枠だ(尚、それでフィアが不貞腐れたのを知ってるのはシュウだけである)。
彼らから施される訓練はかなり厳しいが、その分、効果と得るものは多い。
実際、シュウ自身もいろんな技術を身に着ける事ができた。
音の反響を利用した立体構造の把握は教わった思考訓練のお陰で把握までの速度が高まったし、加えてできる事も増えた。
草を掻き分ける音がシュウの耳に届く。
音から推測される質量は人間一人分。それが二箇所。
それに気が付いたシュウは足を止めて背後へハンドサインを送る。
彼の合図に気が付いたフィアが足を止めて物陰に隠れた。
相手は高機動で動ける二人だ。この地形で真っ向から当たれば、その機動力で翻弄される事は間違いない
逆にこちらの強みは情報アドバンテージがある事と奇襲性が高い事。
つまり、これが活きる初撃をどう使うかがこちらが勝つための鍵である。
フィアの元に戻り、彼女に射撃方向を指示する。
「セット八。ラインは――」
告げる数値はかなり細かい。最初は方角、そこから距離と転換角度を幾度も繰り返し、それを弾の数だけ繰り返す。
妥協はしない。ここでミスれば光線が草葉に当たって揺れてしまう。それでは攻撃に気付かれてしまうからだ。
フィアもその辺は心得ているので、シュウのしっかりと聴いている。
フィアにとっては目隠しでの射撃。当てるためには観測者であるシュウの指示に従うしかない。
そのシュウも口頭で伝達する以上は時間が掛かる。故にこれまでは見張り等のほとんど動かない静止目標等に対してのみしか、この連携攻撃は行っていなかった。
しかし、今回はそれを動く標的に対して行う。
当然、伝達に時間がかかる以上、その指示は相手の動きを予測したものでしかない。
つまる所、当たるかどうかはシュウが相手の動くをきちんと予測できているか次第である。
「――発射、今!!」
そのシュウの指示に従ってフィアの光線が放たれる。
草木の隙間を光線が縫うように通り抜けていく。
かすりもしない故に鳴らぬ揺れ音。それはシュウの立体構造の把握が精確だった事、その軌道イメージが正しかった事、そしてフィアへの指示が的確だった事への表れだ。
加えてそこにフィアの精密なコントール力が追加される。
結果、放たれた光線は全部シュウとフィアに近づく二名に気が付かれる事なく、襲い掛かる事に成功した。
死角からの完全な奇襲。最初に飛び出した四本の光線に気が付いたオルナとアマネが回避へと体勢を変える。
急ブレーキを掛けつつ、身体を後方に傾けて射線から逃がる二人。そこに背後からの四本が襲い掛かった。
追加で身を捻る。捻った事で身体の面積が狭まり、そのお陰で光線の隙間に潜り込む事に成功する。
崩れた身体が茂みの中に倒れ込んだ。
急いで起き上がろうとする二人。しかし、そこにペイント弾が飛来し――
そうしてこの模擬戦はシュウとフィアのコンビの勝利となった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「オルナ!! ちゃんと見つけてよ!!」
「無茶言うな!! 両端からのスタートでこっちが風上。そんな状態で匂いを追えると思ってるのかよ!!」
「ワンコの癖に!!」
「ワンコ言うな!!」
オルナとアマネがそんな言い合いをしながらイリスの元に戻っていく。
喧しい謙遜は異能を使わなくてもしっかりと聞こえており、そんな二人のやり取りにシュウとフィアは呆れながら、こちらもイリスの元へと向かっていた。
「そこの二人、煩いぞ!! 少しはそこの二人を見習って静かにしろ!!」
「隊長の方が煩いと思います!!」
「――――」
アマネの返しに返ってきたのは声にならない怒気。
直後、草木を掻き分ける音がしたかと思うと、その後に大きな鈍い音が響き渡った。詳細は確かめるまでもない。
方角をアマネ達の方へと変えてシュウ達はそちらへと向かう。
ようやく視界に収める事ができた時、そこに見えたのは頭を抑えて蹲るアマネと絶句するオルナ、そしてそんなアマネを冷めた目で見下ろすイリスの姿だ。
「全く……毎回、同じような方法で向かいおって……そっちの二人のように工夫しようとは思わんのか?」
「七戦して五勝しているの私達だよ!! なんで向こうばっか褒めるんですか!?」
「その五勝は向こうの最初の失敗のお陰だろうが!! 実際、その失敗がなくなってからはお前達二連敗しているというのがわからんのか……」
イリスの言う通り、この模擬戦。最初の五戦はシュウ達が負けた。原因はシュウの予測が上手くいかなかったからである。
フィアはただシュウの指示に従うだけで、それ自体はこれまでと変わりない。故に動く目標にフィアの射撃が当たるかどうかは完全にシュウの予測と指示次第なのだ。
動く目標へのフィアの指示射撃をやろうと思ったのは思考訓練のお陰で反響による立体構造の把握が早まったお陰だ。
時間を掛けずに立体構造を把握できるようになった為、時間単位での立体構造情報の更新にある程度、目処が付いたのである。
これまでは音を聴いて実際に立体構造をイメージするまでに時間が掛かっていたので、イメージが完成する頃にはその情報が古すぎて静止対象にしか有効ではなかった。
しかし今回、ヒストゥーからもたらされた思考訓練の成果によって、そのイメージを完成までの時間を短縮させるに成功した。
その時間は戦闘最中でもある程度通用する程だ。
故に二人は今回、動く標的に対して連携攻撃を試してみようという話になったのだ。
最初は酷いものだった。
軌道指示こそ慣れたものであったが、予測の方が上手く合わず光線の襲うタイミングが早すぎたり遅すぎたりして外れていた。
お陰で攻撃を潜り抜けた二人はその後、苦もなくシュウとフィアに勝ちを収める有様だ。
しかし、戦闘重ねる毎にシュウの予測は精確さを増していき、遂に六戦目、七戦目からアマネとオルナは動きを止められ、そうして敗北を喫する事となってしまった。
以上の試合内容なのでイリスが以降もシュウ達が勝つと予測するのも無理はない。
そのシュウとフィアはというと二人真剣に意見を交わしあっている。
「とりあえず今は足音間のリズムと距離から次の移動位置を予測しているけど、これだとパターンを外されると途端に予測を外されるよな?」
「確かにそういう点は今後の課題でしょうね。でも、そこを含めて考えるのは今のやり方に慣れてからの方が良いと思いますよ? ただでさえ今は物理的な予測で一杯一杯なんですから。その状態で先程のように相手の反応まで組み込んで考え出したらその内、頭がパンクしてしまいます」
「……まあ、そうだな」
「私は相手の心理を読むのは得意ですが、物理予測の方はシュウ程じゃないですから。実際、動きは読めても光線の軌道は荒くなりやすいですし……」
荒くなる理由は相手の距離や位置を精確把握できてない為……
そのため軌道設定が大まかな設定にせざるを得ず軌道がシュウに指示される時と比べて荒くなってしまうのだ。
シュウに指示される場合、渡される数値が細かくその数値通りに軌道を設定している。フィアの場合、その細かな数値を導き出す為の測量する能力が視覚だけでは不十分なのだ。
尚、数値からの軌道への精確な反映はフィア自身の努力の賜物である。
「結局の所、もうしばらくは固定目標に絞って使うのが安牌か」
「問題を一気に解決しようとせず、一つ一つ順々に解決する。成長の基本ですね。まずは立体把握の速度をもう少し早めて、それから心理戦の勉強する。他に手を伸ばすのがそれからでしょうね。多分これが一番堅実な手順です」
「そうだな……」
「――どうだ? 見習うべきところがあると思うが……」
「その前に頭痛くなりそうです!!」
その反論に無言でげんこつを落とすイリス。
声に鳴らない悲鳴を漏れ、アマネが頭を抱えた。
「うわーん、シュウー、フィアちゃーん。隊長が苛めるよー」
「自業自得かと」
「自業自得ですね」
「息ぴったりに反論された!!」
「アマネ……お前……いい加減しろ!!」
流石にしつこいと思ったのかオルナですら、アマネに物申す始末。
それで彼女もやり過ぎたと思ったのか『はぁい』と答えると、途端に静かになった。
「つっても、隊長。俺の異能もアマネの異能も出来る事がそう多くないからどうしようもない気がするんだが……」
「だからといって最短ルートばかりを通ってどうする。そのせいで読まれているんだぞ。回り道でも読まれてないルートを選ぶ事で向こうの予定を崩す可能性はある。そういう事を考えろと言っているんだ。そもそも速度ではそちらが勝っているのだ。初撃をどうにか凌げば勝ち目は十分あるだろ」
「その初撃がねぇ……音も草木も揺らさず死角から攻撃できるって反則じゃない? あんなの気付けないよ!!」
「お陰で相手の精確な位置も掴めれねぇ。匂いを掴めれれば追えるが、こいつらその前に仕掛けてくるからなぁ」
「機動力はそっちが勝っている上に鼻で捕捉されると逃げ切れないのは私達だってわかってます」
「そうなると、こっちとしては把握されてない間に仕掛けるしかないからなぁ」
真正面から戦えば不利な上に逃げ切れない。
ならば、奇襲で主導権を握り、そのまま相手が体勢を立て直す前に終わらせるしかシュウ達に勝ち筋はない。
だがそれしか手がないシュウ達をアマネ達が厄介だと思ってるのは、その唯一の勝ち筋を崩せないからだ。
最初こそ外れていた連携攻撃が模擬戦を重ねる事に当たるようになってきた事で、二人は思うように動けなくなり、そして相手の意図通りに動かされるようになってしまった。
オルナもアマネも異能を使って振り切ろうとしているのだが、その動きを読まれている事で事前に軌道設定をされた光線が先回りして襲ってくるのだ。
逃げ場を潰され追い詰められる。盤上駒のゲームにおける『詰み』のような状態であった。
「見えなくても撃ちまくる?」
「当たらねえし、寧ろ相手が範囲外の場合、こっちの位置を知らせてるようなものだろ、それ」
「うーん、駄目かー」
「ともかく進展がなくても考え続けろ。過程で生まれた
そうしてイリスが模擬戦の終了を告げる。
昼過ぎに開始された模擬戦だが気が付けは、もう夕方だ。
模擬戦と話し合いに夢中になっていたと自覚せざるを得ない。
フォルンへと一同は戻っていく。
オルナとアマネは足を集落へと向けたまま、まだ話し合いを続けている。
時折、考えに詰まる時があるが、そんな時はイリスが助言を告げて停滞に一石を投じている。お陰で二人共考える事に飽きを感じる事がない様子だった。
どうやら彼女は二人に考える事に慣れさせて、この状態を常態化させるつもりらしい。
そんな彼女達のやり取りを眺めた後、シュウは目を瞑る。
歩みは止めない。移動方向の調整を司る視覚情報が消えた事で足の動きに淀みが生まれるが、シュウは気にせず意識を己の耳へと向けていく。
異能によって反響音を聞き取りやすく調整し、その音を頼りに周囲の世界を計算していく。
反響までの時間が距離を教え、左右の耳の差が方向を伝えてくれる。
それがいくつも重なり続ければ、やがて世界は形を持ち、そこからさらに音の詳細を探れば形は性質を持ち始める。
木々の形が聞こえる。木々の重さが聞こえる。木々の硬さが聞こえる。
聞こえてくる様々な情報。それを視覚の変わりにしてシュウは森の中を歩き始めた。
地面に落ちる葉も雑草も土の感触も把握している。ただ世界の構築に時間が掛かっているため、実際の位置とはタイムラグがある。
己が感じている世界は既に過ぎ去った後のもの。
その事を念頭に置いて彼は慎重に歩みを進めた。
遠くにある地形物は移動せず危険が少ない分、反響の度に形を更新する必要はない。また位置関係も己の移動距離と方向がわかれば計算する事ができる。
優先度が低いものとして更新の感覚を長めにと意識内で定義する。
逆に優先度が高いのは近いものと速いものだ。いつ危険な状態になるかわからないので最優先で情報を更新していく。
しかし、そんな中で更新に遅延が生まれた。
疲れで思考が鈍り、その結果、世界から形が失われる。
優先度が低かった遠くの形はまだ残っているが、周囲は既に無の状態だ。
それは暗闇に囲まれたのと同義。
急ぎ彼は新たな世界を構築し直そうとし――直後、木の根に足を取られ転んでしまった。
三半規管が体勢の異常を知覚し、反射的に身体が反応する。
意識が音の世界から視覚に切り替わった。
動く視界と平衡感覚を元に頭が無意識に姿勢と動作を制御する。
倒れる先に足が伸び、そして支えた。
倒れそうな身体が止まり、安定する。
前を見ればアマネ達とはだいぶ離されたようだ。
アマネとオルナはまだ話に夢中なようだが、イリスはそんな二人を眺めながら時折遅れたシュウに視線を飛ばしている。
フィアの方はというと一度もシュウの方を振り返っていないが、それは先の二人とは違ってシュウの意図を把握した上で放っておく事にしたためだろう。
それを認めて、再チャレンジを行うシュウ。
失敗など当然の結果である。だが、実際に体験しなければ勝手も最適なやり方もわかるはずがない。
百の知識よりも一度の体験。その意味をこれまでシュウは何度も実感した。
知識とは対象に覚えてもらうためにわかりやすく纏められているものだ。
これは早期に覚える分には便利だが、その目的に故に不要もしくは誤差と切り捨てられた情報も存在している。
だが、実戦ではその情報こそが必要になる、あるいは役に立つ機会も多いのだ。
戦うためには知識だけでは足りない。実際に体感して知識にはなかった情報も得る必要がある。
不安や未知だったものを知り、未確定だったものが確定する。
予想外の事も起こるが、それも次回までに対策ができれば、ただの経験だ。
経験を知識として分解、吸収して、その知識を道具とする。それが知識を糧にするという事である。
知識を己の一部のように当たり前に使えるのを実感した瞬間、己が学んだ事を自覚し、その感覚が心を弾ませる。
思惑通りに出来れば万々歳。失敗しても駄目という結果とその結果から成功の手掛かりを掴む事が出来る。
成功、失敗関係なく己が前進しているという実感は人の心を浮き立たせる。
弾む心はモチベーションとなり、さらなる挑戦へと誘い、そうして人は成長していく。
今度は線によって中断させられた。
とても細くほとんど音をたてない線。ただ進む際に鳴るとても小さい無音にも近い摩擦音だけがその線が存在している事を指し示している。
聞き慣れた音。この音はシュウは何度も傍で聞いていた。
線の行く先はシュウ。ただ軌道は皮膚を掠る程度のものだ。
恐らく脅かす目的ではなく、成果を試すためにフィアが放ったものだろう。
まだ不確かな世界で迂闊に動くのは危険過ぎる。その為、シュウは静止を選択した。
光線が皮膚に赤い筋を作り上げるが、予想通り傷は深くない。
閉じていた瞼を開くと、そこにはあ然としているアマネとオルナの姿があった。イリスは弾道を見極めてたのか特に反応はない。
「……これで満足か?」
「ちゃんと見えてるじゃないですか」
「いやいや!? 『見えてるじゃないですか』じゃないよ!! いきなり人に向かって異能を撃って危ないじゃない!!」
「ちゃんと外してましたよ」
「傷できてるぞ!!」
「かすり傷なら許容範囲だろ」
「お前はそれでいいのか!?」
そんな言い合いをしている間にフォルンの街影が見えてきた。
赤く染まった木々の向こうに見える穏やかな生活の色。
活気のある風景に自然にシュウの顔は綻ぶ。
そうして一同はフォルンへと帰ったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Scene:27「反撃準備」:完
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