開幕

 建物の正面に当たる入り口、その前に堂々と道をふさぐように立つ飛鳥の姿。腕を組む彼の横にはさらに数名。隠れて奇襲するのではなく、正面からぶつかり合うとの飛鳥の言葉に、風凛華嶄の三人も同じようにいる。

 遅れて笹良が正面玄関までたどり着いたときには、建物の正面に伸びている、大通りから少し入った先の車2台程度ならすれ違いが出来るほどの大きさの道路の先、その先から歩いてくる人影が見えだした。


「嶄と凛華は正面だけじゃなくて、他の所にも充分に注意しておいてねぇ。あたしたちが隠れて奇襲を考えるように、相手だって同じ事を考えてもまったく不思議じゃないからね」


「言われなくても」


「そうしているよっ!」


 凛華はすでに動物の外見を外に出していて人を超えて鋭くとぎすまされた感覚が360度すべてを見渡させる。嶄は目を閉じ、視覚を姉と妹に任せて自分は風の流れ、そのほんの少しの変化をとらえようとする。道路の先からこちらに向かってくる人数は、誰も隠れていないのなら10人。隠れていなくても隠れていても飛鳥たちの方が人数は少ない。なぜか神楽坂を先頭にしている。ビルの屋上まで伸びる炎を無駄に垂れ流し、まだある程度距離はあいているが声を張り上げて


「逃げずに素直に待っているとは、根性あるんじゃないか!!」


 張り上げた声に比例して、天まで伸びる炎がさらに増大する。飛鳥たちよりも、神楽坂と一緒に歩く者たちが炎の量に驚いて、神楽坂と距離を取っている。大通りと同じ太さの道路を挟んだところで止まり


「待たせたな。これは決着をつけるときだな!」


 声を発するたびに炎が上下に揺れ、闘いの緊張からではなく単純に炎の熱さで汗が吹きだす。


「その前に1つ聞きたい。そちらのリーダーはどうした? 今キミがそうしているということは、キミが新しいリーダーなのか?」


 言葉より先に手で制し、言葉で制して返答を待つ。


「あぁ、あいつか。あいつはなどうやら裏切り者だったみたいだ。妙なこと言いやがってな、この薬さえ量産されれば双つ影なんて病気にかかる人間はいなくなる。みんな元通りになれる」


 手から広がる炎がいったん収縮する。手の中に収まる程度の炎が、次の瞬間おもいっきりふくれあがった。


「おかしいだろ! 治るってなんだよ。この力を消してどうする? バカだろそんな考え!」


 炎の熱さが空気を歪め、口元をつり上げて笑う神楽坂の顔をさらに歪ませる。


「だから俺が始末した。アイツを始末したって事で、俺が代わりに先導している。なにか文句あるか?」


 吹き出ししぼみ、また吹きだす炎に近づけなくて、さらに神楽坂の周りから人が離れていくが、当人はまったく気にしていない。その熱量は道路挟んだ神楽坂たちにも届いている。曇りかけた眼鏡を外し、しかし拭こうともせずに乱暴に手で握る。


「そうか。アイツは……弟はなにか言っていたか?」


 身近にいるから判る。風たちは静かに言葉を告げる飛鳥の表情の奥が、今にも噴火しそうになっているのをぴりぴりと感じている。そしてそれが闘いの始まりを告げる鐘だと言うことが判っているから、彼女たちもぴりぴりし始める。それが判らないからこそ、神楽坂は気軽に言葉を紡げる。


「あぁ、言っていたな。確か……ごめん、だったな」


 闘いが、始まった。


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