おはよう

 目を開けたらすぐそこに秋月真央の顔があって、目が合って、驚きのあまり体を起こした笹良とよけ遅れた秋月のデコがぶつかり合って、ずいぶんと痛い音が響いた。


「痛ぅぅぅ!」


 頭にぐわんぐわんと鳴り響く痛さに、打ち付けた場所を手で触って出血していないか確かめる。


「痛い! 痛すぎるぞこれ! なにするんだよ」


「それはこちらの台詞だ! いきなり目覚めていきなり立ち上がるな!」


 目尻に涙をためて、同じようにデコを押さえて笹良を指さす秋月。


「3日も寝ていてその看病もしてやったというのに、その人物に開口一番なにするんだよとは何事だ!」


 怒鳴ったら逆に怒鳴り返されて、迫力負けしてつい「ごめん」と誤ってしまう笹良がいた。素直に謝られるとは思ってもいなかったのか、ついきょとんとしてしまう秋月。


「いや、別に。避けなかった私も悪い」


 ばつ悪そうに視線を外す。


「しかしこのまま寝続けるかと思っていたが、目が覚めてなによりだ」


「そうなのか? って言うか、今日はいつだ? オレはどれだけ寝ていたんだ?」


「言っただろう。3日間寝ていたと」


「そうなのか」


 立ち上がろうとして、動かずにずっと寝ていたせいだろうか。体が自由に動いてくれずにスローな状態で立ち上がる。


「あの時炎に包み込まれたかと思ったらどうしてかそれから逃れる事ができて、倒れていたこの私が笹良をここまで運んだんだ」


 自分が運んだという部分をやけに強調していた。


「ここって……」


 辺りを見回す。見た事のある、ここはあの劇場。


「……オレが寝ていた3日間でなにかあったか?」


「いや、特には? あぁ、閻魔側につく双つ影が増えたかな」


 胸の前で腕を組んで、苦い顔つきの秋月。


「こちらの状況を不利だとでも思ったのか、それとも暴れたい大馬鹿者が多くなったのか。まぁ、こちらとしては倒す対象が増えただけだ。やる事に変わりはない」


「じゃあ新宿の外の様子はどうだ?」


 笹良の問いかけに首を傾げ、苦笑を漏らす。


「外? 外は相変わらずだな。相変わらず平和に時が過ぎているだろうな。新宿でさえ特になにも起きていないんだ。数日も過ぎていないのに外が変わるはずがないだろう」


「そうか……よかった」


 安心しきってしゃがみ込む。


「本当に……よかったぁ」


 どこからがあの夢でどこからが現実なのか。その境界線をはっきり知る事ができて、緊張の糸が切れて大粒の涙をこぼす。


「だ、大丈夫か? まだどこか痛むんじゃ……」


 いきなり泣き出した事に慌て、オロオロしながらもしゃがみ込んでいる笹良の顔をのぞき込んで、


「――ありがとう。本当にありがとう!」

「――ちょっ!」


 いきなり抱きつかれて目を丸くして小さい悲鳴を上げ、


「なにをするんだ!」


 二言目にはそう叫んで顔を真っ赤に染めて、突き放した手には鞘に入ったままの刀が握られている。


「この馬鹿者が!」


 怒りからか恥ずかしさからか、顔を赤くしたまま鞘に入れたままの刀が笹良の体を打ちつけた。哀れな笹良の体は劇場の中を転がり、止まった彼を息を荒くして見下ろす秋月。痛さに顔をしかめる彼に


「自業自得だぞ、その痛みは」


 と告げ、それでも出血をしていないかと体をその位置から見てやり、それに気付く。光の方角に伸びる影。本来の影とは別に伸びている影。瞬時に秋月の表情は固まり、もう一度刀を取り出して即座に鞘から抜き取り、今まで彼に見せた事の無いような冷たい視線で


「貴様――双つ影だったのか!」


 抜き身の刀の切っ先は数ミリの感覚で笹良の首筋に突きつけられ、落ち着いた様子で剣先はまったく震えていない。


「私たちを騙したのか! 取材と称して近づき、機会をうかがっていたとでも言うのか!」


 無理な体勢のまま見上げる笹良と、刀を突きつけ冷えた秋月の視線とがぶつかり合う。

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