第13話 回想(8)

その日の夜。

夕飯を食べ終わって、俺は食器を片づけていた。

それも一段落してテレビを消そうとしていたとき、それを知ったんだ。

俺はテレビの前で硬直した。

CNNニュースが、飛行機墜落事故をリアルタイムでがなり立てるように放送していた。

報道のヘリと救助のヘリがうるさく現場上空を飛び交う。暗い海上を照らすヘリのサーチライト。風圧で舞い上がる水飛沫。

夜空にもうもうと上がる黒い煙。

波間に浮かぶ乗客達のものと思われる遺品。

何隻もの巡視艇に囲まれた飛行機の残骸。

垂直尾翼だけがかろうじて見えていた。

そこに書かれた航空会社名と飛行機の型番が赤字で見えた。

それは紛れもなくSF発イギリス行き112便。

親父達の乗った飛行機だった。

ヘッドフォンをしたアナウンサーが大声で状況をマイクに向かって告げた。

『エンジントラブルのため海中に急降下して墜落、爆発炎上。生存者は絶望的』と。

俺とバーンは二人で顔を見合わせた。

(そんな、バカな!? つい3時間前までここにいて、いつもの冗談めいた話もして、生きていた親父達が…死んだ!? 何かの間違い。もしかしたら112便には乗らなかったかもしれない)

俺は何をしたらいいのかわからなくて、頭が真っ白になっていた。

バーンは、ソファで震えていた。ようやく、手に力を入れてテレビの電源スイッチを押した。

プツッという音をたてて、画面がなくなった。

何の音もしないリビングとダイニングで、俺たちは動けなかった。

部屋に掛かっている時計の秒針の音が、やたらと大きく聞こえた。

「やっぱり……」

バーンがぽつりと話し始めた。

「僕のせいなんだね?……」

「バーン、」

俺はソファの方に向き直った。バーンはその上でひざを抱えたまま、うなだれていた。

「僕がいたから、父さんも…母さんも…」

あまり口数がなくなっていたバーンが、一気に話し始めた。

「僕がなんかいなくなれば、いいんだ。そうすれば…」

カッと頭に血が上って、バーンの言葉を途中で遮った。

「バカなことぬかすな!!」

「生まれてこなければよかったんだ」

俺は平手でバーンの頬を打っていた。ソファの背もたれにバーンの身体はバウンドした。勢いよくバーンの顔に自分の顔を近づけ、そして、こう続けた。

「お前は、本当に望まれて生まれてきたんだ!!」

「………」

「嘘じゃねぇ。どんなに親父達がお前を望んでいたかわかるかっ!」

俺はバーンが生まれるまでを確かな記憶として持っている。その記憶をたぐり寄せながら、語りはじめた。

「………」

殴られた頬を手で押さえながら、俺を見ていた。

「お前を授かったとわかったとき、あんなに幸せそうなおふくろの顔、俺は見たことがねえ。親父だって同じさ」

「兄さん、」 

「何でもかんでも自分のせいにするなよ。こいつは事故だ」

そういうとバーンのそばから少し離れた。自分の中に芽生えた微かな思いを否定するように離れた。ほんの少しバーンの所為かもしれないと思ってしまった自分。しかし、それを否定し続ける自分も確かにいた。

そんな思いを持ったことをバーンに悟られたくはなかった。

それでもバーンは納得できないように話し続けた。

「でも…でも、もし、兄さんも…」

バーンはあとに続く言葉を飲み込んだ。それ以上は言えなかった。

俺は唇を噛みしめて、バーンの方に向き直った。

「約束だ。」

拳を握りしめ震わせながら、断言した。

「俺は絶対に!死なねぇ。自分のためにも、お前のためにもだ」

「……」

「何があってもこの約束だけは守る」

「……」

「だから、もういうな。」

バーンは何も言わなかった。

「二人っきりの兄弟だろ」

そう言ったっきり俺は口を結んだ。これ以上は何も言えなかった。

長い長い沈黙が流れた。高ぶっていたバーンの気持ちが時間の流れと共に落ち着いてきたように感じた。

こんなに感情をあらわにすることなど、ここ数年なかったことだった。

「兄さん…ごめん。」

下を向きつぶやくと、また顔を上げた。

「本当に…約束だよ」

「ああ。信じろって」

俺は、バーンを力一杯抱きしめた。



事故死という事実は事実。

変わらない。

俺が15歳。

あいつが10歳の時、両親は死亡。

死ぬときまで一緒に逝くほど仲の良い夫婦だった。

飛行機事故で遺体が上がるなんてまずない。

しかも、機体は爆発炎上している。

遺品と呼べるものもほとんどなく、葬儀といっても形ばかりのものだった。

それを取り仕切ってくれたのが縁で、親父の知り合いでもあり、友人でもあるNYタイムズの記者レオニードと知り合うことになった。

俺は2ステップして高校をさっさと卒業した。

この伝手を頼ってNYであいつの学費を得るために働くことになるんだ。

生きていくためには、何をさておいても稼がなきゃならない。

そうだろう?

俺とバーンは、東海岸と西海岸に分かれて暮らさざるを得なくなった。

俺がSFを離れた後も、あいつを取り巻く、おかしな話はあとを絶たなかった。

こんな話も聞いた。

これは俺がNYに行ったあとだから又聞きの話になるけど。

あんまり生徒の間での評判が良くない教師が、授業中にあいつに向かって突っ掛かっていった。両親がいないって事、つまり誰も文句を言わないってことをいいことにえげつなく罵詈雑言を浴びせかけたらしいんだ。

あいつはいたたまれなくなって、教室を飛び出した。

で、どうなったと思う?

その1時間後、そいつは階段から足を滑らせて、踊り場の壁に激突して首の骨を折って入院。半身不随の重傷だった。

もちろんあいつは教室を飛び出していったきり、戻っていないし、その場にもいない。

カフェテリアの横にあるベンチでずっと独りでいたらしい。

カフェのおばちゃん達の目撃証言もあった。

階段に何か細工をした訳じゃない。他の生徒や教師が普通に通っているんだからな。

なぜがその教師だけが、つまずいたのさ。

こんな話、あげていけば本当にキリがない。

バーンの意思とは無関係に日常茶飯事的に起きていく。

あいつは進んで人と交わることは、もう、ない。

誰か気に入らないヤツがいるからって、仕返ししてやろうとするようなヤツでもない。

むしろ逆だ。

フランクの一件も両親の一件もそうだったけど。

あいつは自分まわりにつきまとって離れない『死の翼』から他の奴らを守りたかったはずだ。

そのためだったら、どんな犠牲がつきまとってもやろうとする。

フランクの時には自分の身体をシェパードの前にさらして盾にしたんだ。

両親の時には血の繋がり以外はないと思われるほど、自分から関係を絶ち切っていた。

会話もなければ、甘えることもない。

おふくろの手を取ってすがることも。

そうしなければ、気持ちを支えられなかったんだろうな。

……きっと。

自ら進んで苦しい道を選ぶのさ。あいつは。

予想できない、しかも突然やってくる『死別』の恐怖に比べたら、自分の肉体的な、あるいは精神的な苦痛なんて何とも思ってやしないから。

それは、本当に大切なものを……なくし続けた結果さ。


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