13『CSI:十朱』

 フラスコにされた金属の花をいじる。見ての通り花っぽい金属なのか、実は金属っぽい花なのか。

 前者だよとシャロの背中が言った。頼むから送信する気のない心の声まで読まないでほしい。

 新しいアジトは、十朱中から徒歩十五分程度のところにある稲荷神社の拝殿はいでんだった。使わせてもらう手前、流石にちょっとバチ当たりだなって思ったので賽銭箱に五百円玉を入れておいた。

 急遽用意したアジトにしては随分設備が整ってると思ってシャロに訊いたら、いつアジトは一つしかないと言ったのかね──と平然と言われた。何それ初耳なんだけど。いや、抜かりのない相棒でホント安心するわー。

「何か言いたげだね」

「別に」

 そう言って、ケースから取り出したカプセルを一個奥歯に仕込む。

 オオカミの毒にやられたときにも世話になった気つけ薬──セイバー。カプセル内のナノロボットが異常を検知したときにのみ人の噛む力で割れる仕組みになっていて、平常時ではシャロが言うにT・レックスでも噛み砕けないらしい。

 ──既来界むこうにはまだいるのか? T・レックス。

 既来界ならハンドラーのライセンスさえあれば専門店で買えるそうだ。私、ライセンスなんて持ってないのに使っていいのってシャロに訊いたら、を指差された。ああ、そういう。

 じゃあ、公共の場で見せづらい箇所にライセンスことエンボスがあるハンドラーはどうしてんだろう。近付けたらガリガリいう装置でもあるんだろうか。ガイガー・カウンターならぬエンボス・カウンター的な。


 久しぶりに会ったシャロは──何故かコクーン体だった。


 とんがり帽子に、襟を立てたインバネスコート。優に一九〇以上あったはずの身長は、今や私の膝下までしかなく、それでふわふわ飛んでるもんだから、新手のてるてる坊主に見えなくもない。窓辺に吊るしたら、次の日は濃霧注意報が出そうだけど。

 ワケを訊いたら、シャロはしれっとこう言った。

 ──友人が早急に大量の負力を必要とする状況にあった。だから、提供した。

 煙がちらついた程度で、本来なら起こってもおかしくないはずの強烈な幻覚症状が生じなかった理由については。

 ──あれは、ハンドラーから急激に負力を吸い上げるが故に起きる現象だよ。私の場合は、自らを構成する負力を、かろうじてコクーン体として留まれる程度に他者へ注いだに過ぎない。

 合成音声による応答がなかった件については。

 ──かろうじて留まったと強調しただろう。ここ数日キーをタッチする手がなかった。

 つまり、友人を助けるために負力を注ぎ過ぎた結果、しばらくは手さえまともに使えない日々を送ることを強いられていたってこと。

 そう、音声入力システムもシャロの前には意味がない。ギノーの声を拾えるマイクが存在しないからだ。

 コクーン体となった今でもコートの裾には、変わらず杏葉紋ぎょうようもん刺繍ししゅうがある。シャロの所属する組織──月窓げっそうのシンボル。ここにある機械は、ほとんどそこからの支給品らしい。

 月窓は特定のギノーによって構成された組織で三つの派閥に分かれているけど、いずれにせよ目的はただ一つ──ことだという。

 シャロが言うには、妖怪が陰と陽の両面を備えているのに対し、ギノーは陰の面しか持っていない。だから、不完全ってことらしい。月窓の目指す妖怪が何なのか、どうやってそこに至るものなのか、私にはよくわからない。

 ただ、シャロにはこれまで何度も命を救われている。向こうも──私の苦抜くぬきの能力にって意味で、私に関心を持っている。どのみちこんな物騒な世界、一人じゃ生きていけないんだ。信頼できる相棒はほしい。

「ねぇ、さっき言ってたカノジョ。助かったの?」

 シャロが──こっちを二度見した。

「いや、当てこすりっていうか、わかるわよ? なんとなく」

 ああ無事だった──と言ったあとで、何故そんなことを訊くのかとでも言いたげなシャロの表情。いや、顔ないんだけど。こう付き合いが長いと、渦巻く煙の向こうに何となく見えてくるものがある。

 で、何で訊いたんだろう。シャロの友人イコール私の友人だから心配して当然 ──なんて言えるほど、私は楽天家じゃあない。


既来界ここは、そういうのが通用する世界じゃない。


 だから──。

「そっ、じゃ、いい」

 上手くことが収まったならそれで良かったと、素っ気ない返事しかできない。

 何だかバツが悪いなと頬を掻く私に、

「ありがとう」

 とシャロが言った。

 ──ますますバツが悪い。まあ、悪い気はしないんだけどさ。


「釘を分析した結果、ワンノートの種類がわかった」

 そう言って、レーザーがデスクに映したキーボードを操作するシャロ。バーチャルキーボード。近未来チックだけど、私がそういうのに疎いだけで未来界こっちでもとっくに開発されている技術らしい。押してる感のないキーってメッチャタイピングしづらそうなんだけど。

 空中にディスプレイが現れた。十字架状の発疹が無数に浮かぶ人の肌が映っている。色艶から見て屍体したいか。とにかく、あの日私の躰にできたそれと同じものだった。

「〈トートウントレーベン〉──接触中の物質に意識を遣ることで猛毒を付与するワンノートだ。ただし、これだけでは身元を特定できない。このワンノートを使えるギノーは複数存在するからね」

 そこでだと言って、シャロがキーをタッチする。追加されるディスプレイ。今度は、あのペッパーボックスピストルが映っている。

「ニックネームはドルカス。ささめ君の言う通り、見た目はペッパーボックスピストルに酷似こくじした火球射出器だ。全てのバレルが同時に火球を射出する仕様は、改造によるものだろう。これを〈トートウントレーベン〉の使い手が撃つことで、炎に毒性が付与された。ここで、ドルカスと毒を併用した手口で過去に事変じへんとして処理されてきた件を見返してみた。すると、被害者にはある共通点があった」

 ディスプレイにずらりと並ぶ顔写真。ギノーもいれば人間もいる。ギノーの顔がよくできたCGイラストなのはカメラに映らないからだろう。

「狐によって構成された勢力。狸によって構成された新勢力。妖怪狸退治専門のハンドラー。彼らがいなくなったとき、最も恩恵を受ける組織──それが八百八狸はっぴゃくやたぬきだ」

 八百八狸。

 これまでヘッドショットをかましてきたギノーの顔を、狸をキーワードに思い返してみる。思い当たるふしは──多分ない。

「どういう組織なの?」

「根源では、四国随一の妖怪狸の眷属けんぞくとして親しまれ、人間との約束を守る義理堅い面も見せている。が、ギノーとは所詮妖怪と似て至らぬもの。狸の合戦を好むという面が拡大解釈された結果、他のギノー勢力に手あたり次第いくさを吹っかけては、打ち負かした者たちに烙印らくいんを押すことで眷属を拡大している──さながら蛮族だよ」

 相変わらず、ウチらギノー謳歌エンジョイしてますみたいな連中に対しては、口調が辛辣だなコイツ。

「烙印っていうのは、ギャングのタトゥーみたいなもの?」

「平易に言えば、それを押されると狸になる」

「は?」

「たとえばささめ君が狐のギノーだったとしてこれを押されたが最後、君はのギノーとなる。存在を根底から覆されるわけだ」

 なるほど、眷属拡大ってのはまさに文字通りの意味なのか。

「じゃあ、八百八狸コイツらがつくしを?」


 ──殺したのか。


 関与している可能性は高いとシャロが言った。

 床に転がっていた薬莢。そこに刻まれていた三桁の数字が、脳裏を過ぎる。

「アジトにあった薬莢。それに八〇八って彫られてた」

「八百八狸は、八〇八と刻まれた特注の薬莢を扱うそうだ。自分たちの仕業だと知らしめ、目撃者の口を封じるために」

 オオカミは、明らかに私を待ち伏せしていた。じゃあ、シャロと私がいない間──。

「アイツは、仲間とり合ってたってこと?」

「衝動的か計画的かは判別がつかないがね」

「そりゃあ、衝動的じゃない? アイツは私を殺す気だったのに、わざわざ仲間を削って成功率を下げるようなマネしないでしょ」

 計画的だというのなら、チームで私を仕留めてからミッションクリアだと油断している仲間の背中を撃てばいい。

「オオカミに限らず各々が疑心暗鬼だったのかもしれないよ。八百八狸は三年前に壊滅的なダメージを負っている。総帥である隠神刑部いぬがみぎょうぶを含め、重鎮じゅうちんである一桁台の狸七名がただ一人のハンドラーによって抹消イレイズされたのだ。現状は新総帥に元三番狸を据えた新体制で再興を図っていると聞くが、すでに内部分裂している可能性はある。もっとも、何故オオカミがささめ君を襲ったのか──その説明にはなっていないが」

 知らず、口から息が漏れていた。

 溜息をつくにはまだ早いよとシャロに言われる。

「だって、オオカミはもう倒したのよ。アイツから情報は引き出せない」

「それについてだが、一概に良いとも悪いとも言えないニュースがある」

 言いながら、シャロがキーの上で指を踊らせる。

「八百八狸に絞って検索をかけた。するとだね」

 表示される大きめのディスプレイ。そこに、映っている顔は。

 ──あれ?

「ご覧の通り、オオカミではなくトラが出た」

「──ふざけてる?」

 これがオオカミなのだよと言って、シャロが肩を竦めた。

 確かに、バストアップの画像をよく見ると、着ているシャツはオオカミと同じだ。

 と、すぐ横にもう一つ表示されるディスプレイ。

 煙を吐く狼の頭に、ぼってりと突き出た狸の腹、身体中に走る虎のシマ模様。


 ──妖怪。


 その単語がすんなり頭を過ぎったのは、浮世絵タッチだったせいもあるだろう。

虎狼狸ころうり。コレラ流行の際に創作された妖怪で、ささめ君の言うオオカミ──一三九番狸のルーツに当たる。虎狼狸には〈ダンプリングブラザース〉という固有のワンノートがあってね。のだよ。虎から狼へ、狼から狸へ。ヒヒイロゴケの鎧を失い、ルーツが破壊されたとしても、二度までならコクーン体をることなく、僅か数分で成体を復元できる。ささめ君はオオカミを倒したと言っていたね?」

 言った。だから、ヤツからはもう情報を引き出しようがないとそう言った。

 でも──虎狼狸が完全に消滅したのではなく、三つある頭部いのちの内の二つを失ったに過ぎないのだとしたら。

「"タヌキ"はまだ生きているかもしれない」

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