6

 今日も黒い天使はにがい果実を食べます。

 

 にがい。

 苦しい。


 黒い天使はたくさんのことを思い出します。

 噛み砕く度胸が痛んで、何かが溢れ出しそうになりました。


 痛い。

 痛いよ。


 いろんなものが奥の奥でぐちゃぐちゃになって大切な何かが歪んでいく感じがしました。

 溢れてきて、吐き出しそうで、それでもにがい果実を食べました。

 

 苦しい。


 いっそ消えてしまいたい。


 そう願いたいけれども空は真っ暗で星も月もないです。風も音も。うるさいくらいに静かで寒い夜でした。


 黒い天使は歩きます。

 ただただ歩きます。

 どれくらい、どこに向かって歩いていたのか分かりません。

 歩き疲れて足を止めました。


 もう歩けない。

 ああ、苦しい。苦しい。


 何で消えることができないのだろう。

 今すぐにでも消えてしまいそうなのに。


 それでも歩き続けて、やっとたどり着いたのは小さな部屋でした。

 窓のない部屋でした。

 それは燃えないガラクタ置き場みたいなものでした。

 黒い天使は部屋の隅で膝をかかえました。

 体は震えてもう動けません。


 どこからか自分のものじゃない足音が響きます。


 足音の主は黒い天使の前まで来ると立ち止まりました。

 顔は見えないけれど誰かはすぐに分かりました。


 両腕で黒い天使を閉じこめます。

 鼓動はちゃんとふたつあります。


 撫でるとそっと指先が痛みました。

 撫でられた場所が傷みたいに痛みました。


 憎い、憎い自分の存在が分かると同時に大切な淡い存在を強く感じます。

 溢れてやまないものがようやく形になって、黒い天使の頬を流れます。

 

 黒い天使は泣きました。

 生まれて初めて泣きました。


 今までより痛みは大きくて、苦しかったものは小さくてあたたかいものへと変わっていきました。


 捨てられないから全部持っていきました。

 嫌いなものばかりでした。

 それは憎いけれど優しいものでした。

 言葉にならなくて、そっと唇に触れました。


 朝が近づくと少しずつ一緒だった温もりは離れていきました。

 するとまた大きなものが黒い天使を覆います。

 体は震えたまま。痛むまま。

 黒い天使は、残ったものを大切に集めました。

 見えないけれどあたたかくて確かなものでした。


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