#040:剛直だな!(あるいは、天地を喰らうど/相思ング)


 清々清々清々しい、目覚めである……


 果たして。糜爛極まりない夜を越えて、明け方の涼やかな風を全身に/頭髪トサカに受けながら、俺はついに辿り着いた、この旅の、終着地。その「突端」に今確かにいる……


「……ここがまさに『カレンディア』。この雄大にしてどこか心を落ち着かせる緑深き渓谷……女神ヤロウにしてはなかなかのセンスではあります」


 猫の姿の時は何かもう禅僧並みに色欲なんざございませんよ的な涼しい顔をしているのが腹立たしいというか逆に恐怖を醸すほどのネコルなのだが、それでも最後の戦いを前に何か思うところがあるみてえだ。遠い目でその眼下に広がる木々に鎧われたかのような「渓谷」を眺め下ろしている。


「そしてあれが、あの城こそが『ラプタ』。……『テン喰う能代のしろラプタ』。かつて『能代ノシロ』という名のひとりの勇者が、邪悪なる魔術にて人々を弄びし魔神、人呼んで『テン』なる者を屠ったのち、その谷に救った姫と共に移り住んだという……美しき『城』。そこに奴はいる……ッ!!」


 とか思ってたらおもむろにその猫口から聞き慣れない名称やら伝承やらがぼんぼこ飛び出してきたりするのだが、もちろん聞き返すなんてことはしなかったし出来もしなかった。ひとつだけ頭によぎったのは、その白亜の城が地面から浮いていなくてよかったなということぐらいであった。


 緑拡がる正にの「渓谷」に、その城は在った。


 中世ヨーロッパ、もっと言うとそれをモチーフにしたファンタジー世界の、ふたつ目くらいに訪れるくらいのモノ的規模を持つ、白みを帯びた石造りの巨城である……尖塔の屋根を彩るのは、目の覚めるような深い青。


 うんまあ、あのいつぞやに空中に浮いた「ビジョン」で見たあの「女神」の、ド派手盛り盛りけったいな出で立ちとはおよそ結びつかないほどの、清冽な佇まいの城だ……もっと稲光孕む黒雲を背景バックに、下から照らしているような紅色の光の中に髑髏とかをモチーフにして屹立するおどろおどろしい漆黒の「魔王城」的なものをイメージしていた俺は、そのことが、何かどっかで陥るだろうオチ的なものに結び付くんじゃねえかとか、常人からすると杞憂以外のなにものでもない思考を大脳の片隅で弄んでしまうにつけ、今の俺はこの「異世界」にどっぷり毒されているのだろう……


 それはいい。どうでも。


 どこか、記憶の片隅あたりにぽつり在るような、そんな不思議な懐かしさを覚えるこの景色……テレビか映画で視たんだろうか。きわめて牧歌的なその空気感に、思わずイキりの出鼻をくじかれてしまった体だが、そんな場合でもねえ。


「……ネコル気合い入れろよぉ……喜んでも怒っても哀しんでも楽しんでも!! こいつが正真正銘最後!! 最後の戦いだからなぁ……」(ケレンミー♪)


 ことさらに、そんなケレン味というよりは芝居の台詞じみた言葉を吐いて自分と相棒をいい意味で震わせてやろうとした俺だったが、当のネコルは、ええそうですね、と極めて自然な感じでこちらに微笑みの猫顔を向けてくるのであった。え? 何か思うところありそうな表情カオじゃねえか……? とか思っていたら、


「……ゴんラアアアアァァァァッ!! 勇者様がばやっちょくりあげんずぉぉるぅぅあああああッ!! 女神ハッゲちょっちょろ出て来んがばぁぁあああああッ!!」


 いきなり四速トップに入れてくるピーキーさを気合いの現れと判断していいのやらどうやらまったくもって分からないのだが、そんなどこの郷か未だ見当もつかない大音声ことのはを、谷間に佇立する城目掛けて叩きつけやがった……気合い入れなあかんのは俺の方だったよ……


 とか、戦いの前からそんな反省を内心かましてしまう俺だったが、どっこいそんな感情をおいそれと許す世界ではないわけで。


<フルォッフォッフォッフォッフォッ……!! むゎちくたびれたぞ勇者そしてショボ猫よぉぉぉぉ……>


 ネコルの呼ばわりに即応びょうで対応してくるという例のイヤな阿吽感をがしりと噛み合わせながら、その白き巨城が地響きに似た腹を震わせる音を発しつつ、徐々に動き始めて来るよ何だよこれ……


 高さ目測60m、横幅はその倍くらいはありそうな巨大建造物が、自らの意思を持っているかのようにゆっくりとだが確実に、動いている……というかその姿かたちを徐々に変えていっている……?


「!!」


 と思うや、いきなりすっくと体育座りから立ち上がったかのように、素っ気ない素振りでその「城」は二足で谷間の大地に確かに立ち上がっていたのである……


 出来の悪いCGのように、強烈な違和感をこちらに抱かせつつも、その二本脚が下部に突き出た「城」的な物体は、どういう機構か構造かも分からせまいとするほどに性急に、ボディ各所が分かれたり回転してからまたくっついたり、身も蓋もない言い方をすると、巨大ロボへと変形トランスフォームしていく……


 最後はやはりけったいな感じになるのか……いや、これでこそこの世界。それによぉ、相手がでかぶつであろうが何であろうが……


 自分を、ただの自分をぶつけるだけだぜ……ッ(極=ケレンミー♪)


 ひたすら目の前の事象から意識をずらして、己の内気圧を高めていくだけの俺だったが、そこで、ここ数日の真剣みシリアスが、やはり間違っているのでは? と思わせられるほどの時空間が炸裂するのであった。


<ガババババッ!! 我こそは『神』ッ!! この『世界』を統べる『神』ッ!! サ:クカワァボ=クズミィ……爆ッ……誕ッ!!>


 右手水平、左手直角という、元禄的な見栄を切りながら、その「巨大ロボ」の頭部に突き出ていた「尖塔」のひとつがぐるりと首を巡らすような動きをしたかと思うや、その前面は観音開きが如くバァンと割れ、そこから前に見たことあるがその時よりもさらに面妖さをキロ単位で増したかに思えるほどのだんだらな不気味な青い隈取りメイクを施した、時平しへい驚愕びっくりの濃密な御尊顔が、目測5mくらいのでかさでカッ飛び出してきたわけで。


 Oh,It‘s 完全混沌……


 とか、呆けている場合じゃねえっ、こちとら戦う準備は出来てるんでぃッ!!


 ですから江戸前はベクトル違いですからっ、というような傍らからのネコルの声も聞きつつも。気合いは乗って来た、覚悟も据わって来てんぞぁぁぁッ……らぁっ来ぉいッ!! 来いよ混沌大使カグネスッ!!



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