#034:残虐だな!(あるいは、これぞKEP戯王/ひとひら徒花)


 決闘デュエル味の増してきたこの空間に、数瞬、沈黙が生まれる。


行ったことの微かな記憶だけはある天象儀プラネタリウムに似た、星空に包まれたような空間に……いつ行ったんだっけか、誰と行ったんだっけか、みたいな、戦闘の場にそぐわないことを一瞬考えてしまう俺だったが、相手も相手で何もしてこない、刹那の(!)硬直感がこの場を支配していた。


「……」


 歯噛みをしようとしている自分に歯噛みをしているかのような複雑怪異な表情を、その脂ぎった巨顔に浮かべたまま固まる肥満男ネヤロ


 先ほどまでの余裕ぶりはあっさり薄皮のように取り去られ、表層オモテに現れてきていたのは清々しいまでの敵意と憎悪であったわけで。何事も優位に立つ、立ってると見せかけるってスタンスは、勝負事では重要な「立ち位置」なんだろう。特に初見の相手には。


だがそれが通用ならないとなった時に出て来るのは……極めて本気の、素の自分。


 あるいは、もっと単純シンプルに「殺意」、なのかも知れねえが。


なにぶん元世界ではそれほどまでの感情を叩きつけられることの無かった俺だから、その、こちらの精神の中枢みたいなところに、ずっと剛直な「槍」の穂先を突きつけてくるかのような圧力には、正直、背中一面に鳥肌が粟立っちまってるほどビビってはいるものの。


「……」


 その一方でヒリヒリするようなむず痒さを、身体前面、特に鳩尾辺りで先ほどから感じている。素の、生のままの「自分」同士を抜き身でぶつけ合う、それに生死までもが掛かっているって状況は、今の今まで体験したことは無かったものの。


 そういうのをひっくるめた「熱」の中に自分を置いてみたかった。漫然と生きていた28年間で、ついに出会うことも身を投げ出すこともなかった、そんな「熱」に。


「……えぇと、これってどこかで盛大にツッ込むポイントが訪れるんでしょうかね……そしてその時までは私は静観するというのが、流儀というものなのでしょうかねぃ……」


 何故か不安げにそんなことをのたまうコイツのこともある。昨晩は勢いで……ていうような感じは確かにあったものの、相棒バディ以上の感情をそれ以上に確かに抱いているって自覚は俺にはある。


それもまた、先の人生では持つことのなかった、心に灯る別の「熱」だ。


 「異世界」で、俺は掴もうとしている。生きるということの何たるかを。それはやはり対極する「死」というものを目の前に置いて、そして確かに感じる「生」の息吹を間近で聞いて。


 はじめて浮かび上がった。目指すべき「道」が、今はまだ「点」でしか見えないが。


 その光り輝く点を俺なりに歩んで結んで、俺の人生という名の軌跡/星座を、この世界/宇宙に描いていってやる……(ケレンミー♪)


「ほ、ほんっとに大丈夫ですか? 銀閣さんの自己同一性アイデン&ティティーが、もろもろと、崩れ溶け消えていくような気が……さ、悟り過ぎるのも善し悪しですよッ!? ほんとの『全能神』みたいな存在になって、意識の虚空を漂う存在になってしまいますよッ!?」


 あくまで心配そうなネコルが肘掛けの上から俺を見上げてくるが。


 大丈夫だ。俺は俺のまま、俺をぶつけていく……


「……今度はこちらから仕掛けてやるぜ。どうやら『後攻』……後出し有利みたいな感じだからな、この戦闘バトルは。ならそれを承知で、それを呑み込んで勝つのが、これからの、俺の流儀だぜ」


 野郎ネヤロが静観してきているのは、そういう事情コトなんだと悟った。途端にさらに不愉快そうに歪む顔面。計算高いのも結構だが、それじゃあ相手を圧倒できねえ、屈服させられねえはずだ。


<海:光白マゼンタ:7→『雷電フォルゴレ』>


 俺の指し示したカードは、ネコル曰く「色」がレアで「数字」もまずまずの「強カード」らしいが。結構な大きさの「黄色い雷」が何本か(多分7本)、俺の座る椅子の周囲にパチパチと、ほんとにそんな音を発しながら発生し始めてきた。


 相対するネヤロは「後攻を譲られた」という屈辱を勝手に受けて、勝手にさらに顔を赤黒く変色させて震えながらまだ硬直してやがる。その程度か? 存分に来いやァッ!?


 久しぶりのイキれ感に「自分」の存在感を密かに再確認した俺は、「先攻」唯一のアドバンテージと思われる「先手取り」で、相手を封殺せん勢いでその「雷」をすべて、前方距離およそ5mくらいの「目標」向けて走らせる。


 が、


「……馬鹿めが、勝手に噴きおるわ」


 表情も、演技だったのか? 間近に迫っていた「雷の束」を余裕の体で睥睨しながら、ネヤロがもったいぶった仕草で「カード」を突きつけてくる。そこには、


<地:闇黒ブルー:8→『地動テッレモート』>


 の文字が。瞬間、黒い「地面」から屹立してきた「土壁」のようなものに、俺の放った「雷」は全て吸収されてしまったようだ。


「『相手を三要素すべてで上回った場合、特殊な追撃が発動する』……これが私の提示する『法則ルール』だよ。おっとすまんすまん、求められなかったもので、説明はしていなかったがねぇ……」


 さらに野郎の余裕を取り戻した声と同時くらいに、「土壁」が粉々に自壊し、電気を帯びたまま、俺の身体に砂嵐のように吹きかかってきた。


「……!!」


 ネコルの顔面の前に両掌を差し出してガードだけはしてやりながら、俺はその爆ぜるような衝撃を甘んじて全身で受ける。


<ネヤロ:86 VS ギンカク:76>


 砂塵から目を守りつつ、薄目で確認した「生命力」数値とやらの多寡はひっくり返されたようだ。俺の生命が、ガチの命が削られていっている。


 だが、それでこそだ。意味不明・荒唐無稽の中にこそ、セイの飛沫は迸るんだぜッ!!(イミフメー♪)


「『三タテ』……ッ!! 『デッキ』が互いに豊富であれば、やっぱりモノを言うのは『先攻後攻』……もおおおぅ、余裕こくから!!」


 ネコルのおなじみ叱責の声にも焦りが見受けられるが。


 ……誰が素直にカードバトルをやるって言ったよ。


<天:光ブルー:3→『紫電』>

<地:闇イエロー:4→『閃電』>

<海:闇黒グリーン:5→『震電』>


 砂嵐に紛れて、俺は3枚のカードを既に投げ放っていたぜ? ノールックで……


「!!」


 野郎の上空に。


「……視認できるか? そして即応で対応できるかなあ? 三枚三タテ。そいつまでやられちまったら、もう打つ手なしだがよお……」


 スナップを利かせて投げたそれらは、上空の一点に達すると、そこからは舞い落ちる木の葉が如くに、はらはらと空中を滑りながら落ちてそこに記された「文字」を容易には確認させないようだ。


「ぐう……ッ!!」


 さらには三枚同時。敵の輩たちが全員装備している「思ったカードを即座に出せる腕輪バングル」は確かに便利だが、三枚を連続で射出するのには、一秒かそこらの時間ロスが必要となるだろう……つまりは、


 遅いぜ、「後攻」。


 刹那(!)、上空から三連弾で、紫・青・赤、とカラフルな「雷」が現出し、ネヤロに直上から襲い掛かる。野郎の泡食って投げ放ったカードのひとつに「落雷」したものの、残りの二筋の電撃の束は、


「ぐおおおおおおおおおおッ!!」


 脂肪の乗った巨大な体をコンマ一秒くらいの時間差をもってして、貫いたのだった。


<ネヤロ:71 VS ギンカク:64>


 それでもまだ差はあるか。まあこっちは採算度外視で連発してんだ。うまく防がれちまったらそれまでだが。


 ま、それでも関係ねえ。「生命力」の、のっぴきならねえ地点まで……


「……」


 バラまくまでだ。残弾をぉぉぉぉおッ!!


「ぎ、銀閣さんッ!! 確かにその『めったら撃ち』で相手にダメージを与えることは出来ますけど!! 使ったカードの『数字』の分だけ、銀閣さんの『生命力ライフ』も確実に削られているんですよっ!? 空気的には『押して押して』な感じですけど、このままじゃジリ貧に……!!」


 ネコルの指摘はもっともだが、かと言ってそれ以外にいい策があるわけでもねえんだ。それに終始「相手の出方を窺う」なんてことは……


 もううんざり御免なんだよ。


「……!!」


 左手首の革ケースから、掴み出したのはかなりの厚さの束。だがその「数字」は全て「1」あるいは「2」で揃えてある。手数勝負。それはもう決めていた。


 一緒に、生命力の限界まで、付き合ってもらうぜ……


 ぶわさ、と頭上に広がる「宇宙空間」に投げ散らかしたカードの数は、おそらく50枚はくだらねえ。


 こいつで……決めるッ!!


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