#016:遺憾だな!(あるいは、イツァ/ワンダホール/イ世界)


「ぶわははははははッ!! っだよネコ介ぇ、おめえいけるクチじゃんよお、俺のくだんねえ話も聞いてくれるわで、こいつぁもう何つうの? ハッピハッピぃー言うわけじゃあねえのよぉぉぉ……」


 異世界の酒は、ほどよい酩酊感を、迅速に俺に与えて来たわけであって。


「……ううん、カラみ酒じゃないのはいいんだけど、何て言うか、アイデンティティーが酔いによって崩壊するタイプだったのですね……まあいいんですけど」


 場末も場末、だが、俺の酒飲みたる嗅覚がここだ! と示したこれまた路地裏のこじんまりとした汚え呑み屋は、やはりどんぴた酒も肴も上々の当たりであったわけで。


 得体は知れねえが、芳醇な香りを醸してくる濁った酒で乾杯してから、三杯ほどで俺はもう呂律も回らないような状態になってしまっていた。一方、差し向かいで木のテーブルに直に座っているネコルは、静かに器に注がれた酒をちろりちろり舐めながら、俺のしょうもない話にいちいち相槌を打ってくれたり、猫顔で笑ってもくれたりしている。何かいいなこんな雰囲気……独りで飲むのが習い性になってたが、本来、酒っつうのはこうして誰かと差しつ差されつ、やるもんなんだろうな……


 周りの酔客どものがなる声も、もう何かうわんうわんと頭の中で反響してくるようになって来ていた。何のかは分からねえし分からねえ方がいいのかも知れねえ薄切りの謎肉を、供された木の「箸」で先ほどから口に運んでいるが、味付けも醤油っぽくて口に馴染んでいくしで、俺は設えられた木の椅子にもたれかかりながら、何だか元いた世界に帰ってきたみたいな気分になっていた。


 そう言や、子供ガキの頃視た「大長編」でも、日中は異世界を冒険して、日が暮れたらそれぞれの家に帰る、みたいなくだりがあったよな……緊迫感が無えとかガキ大将は怒ってたが、そういう日常に直結したかのような冒険に、憧れを抱いていたってのはあった。


 だが、冒険を日常に落とし込まれてしまうとだな……それはまたのっぴきならないような気しかしないのだが……


 かくりかくりと、己の意思とは無関係にあっちこっちに傾く首と同じように、定まらなくなってきた自分の思考をもてあそび持て余しながら、段々と俺はガキの頃から連綿と続いてきた自分の人生なんぞを振り返らされてもしまうのだが。


 どこをどう辿っても、どことなくぷすぷすと不完全燃焼な人生だった。生きがいという名の酸素を求めて、息苦しさにずっと喘いでいただけの人生だったのかも知れねえ……(ケレンミー♪)


 そんな俺が、この「異世界」では、楽に呼吸が出来ているような気がする。吸うたびに意識がクリアになるかのような、そんな逆に不安感を煽るくらいの爽快な空気感を、俺はこの世界に感じているわけで。


「ここの煮つけは絶品ですニャン……!! 銀閣さんの分もいただいてもいいですかニャン……!?」


 その要因のひとつは、俺の目の前で俺の目の前の小鉢を狙っている、小さな猫の姿をしたこいつなんだと思う。言動/行動はいちいち突拍子も無いが、やるべき時にやるっつー、俺には無い資質を備えてて、それは尊敬というか憧憬っつーか。


 神様はこの世界には何柱もいるらしく、自分はその最底辺だとかなんだぬかしてたが、別に底辺だからっつって、悲観しちまうだけのことは無えよな、と、俺は自分のことは棚に上げつつそう思っている。


 一点突破の大逆転。それは、どこにでも転がってるものなのかも知れねえ。車道に飛び出した俺が、次の瞬間、得体の知れねえ「異世界」に「転移」するような世界だ。何が起きても変じゃねえ。


 だが、とんでもねえ高みを狙えるのは、底辺という名の地にしっかりと足をつけて踏ん張ってる、俺らだけしかいねえとしたら……?(ケレンミー♪)


 一発、やってみるしかねえ。最底辺のネコルと、ド底辺の俺で、「ケレン味」という摩訶不思議触媒を用いて、どえらい相乗効果を巻き起こしてやるぜ……(ケレンミー♪)


 どうも酔いが回って、思考も同じところをぐるぐる回ってる気がしてならねえが。ま、こんな状態だが、これからのことは、ひとつ論じねばなるめえ。これからどうすりゃいい? とネコルに問うてみる。


「……我々に課せられた最終目標は、先だってから言ってますが『サ:クカワァボ:クズミィ神』を倒す事。生死は問いません」


 毛で覆われた猫顔であるため、酔いが顔に出ることはなさそうなネコルであったが、その猫目は大分赤く充血していて、体もふらふらと落ち着きがない。だが「生死問わない」って……俺としては問いたくもあるのだが。


 そいつはどこにいんだよ? と気を取り直してまた問うてみる。なんでもその「神」を成敗しないと、必然俺の身体がまっぷたつに裂けて死ぬみたいなことを言われていることもあり、何とかそれだけは御免こうむりたいがため、正確な情報を得ようと酩酊状態ながら俺は的確かつ必死だ。


「彼奴の根城は分かっています……この今、私たちのいる『ハドソナ=ファザナドウ大陸』は遥か西端ッ!! 『旋風カゼ渓谷タニカレンディアnow shika』に、奴はいるッ!!」


 うぅぅぅん……盛り盛りだー、盛り盛り過ぎて、どこからどうやってツッコんでいいかもままならねー。


「まあそんな得体の知れない地名を言われてもイメージつかねえもんで……その、あまり繰り返したくない名称の名勝への、ここからの距離は?(メートル法で)」


 素っ頓狂な固有名詞の数々に酔いの大部分を吸い取られてしまったかのような俺は、慌ててぐい呑みのような陶器の盃をあおって酩酊感の持続に努める。あんまり正気では聞いていられない気がしたからであり。


「道なりにおよそ『1,100km』ッ!! これは『東京―博多間』と図らずもほぼ一致するのでありますだニャン♪」


 あくまで日本を標準スタンダードとせんとすやり方かよ……「図らずも」言うてるがお前の匙加減だろそこはェ……


「……分かった。承服しかねることは色々あるが、もう全部飲むことにするぜ。なので重要なことだけを聞く。『時間があまりねえ』とか言ってたが、『期限』はどのくらいだ?」


 聞きたくなかったが、ここは生死に関わる重要ポイントと考え問う。さらっと結論だけ述べてくれと心の中で祈りながら。が、


「……『残り13日』!! と今の私の『全能プロデューシック=アンテナ』は申しておりますが、銀閣さんの活躍如何によってはそれが『26日』に延びることも……さらには『大長編』がプラスされることもくふふ……あるかも知れませんにゃ、ふふふふふ……」


 やっぱ触れなきゃよかった。取りあえず最悪を想定して「13日」。「1100km」を移動せにゃならんが、「一日84km」。まあ何とか最悪の最悪「徒歩」でも走破可能な距離と言えるか? だがまあ、


 飛脚のような旅になるな……と、俺はまたしても自分の中に燻る異世界コレジャナイ感を、自分でも酒臭く感じるようになってきた呼気と共に吐き出していく。


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