第2話 ドレスアップ

『こんにちは! みんな元気にやってるかい? これはみんなの身を守るため、そう元気になるためのアイテムだよ。


 さぁみんなも、お兄さんと一緒にやってみよう」


 スクリーン上でお兄さんがポーチを腰に巻き付けている。あのお姉さんとは違うベクトルに明るいというか……うるさい。


「ほら! やっぱり、アーマーと同じ感じやん! あ、この桃の缶詰うまい」

 こっちにもうるさいやつはいた。


 そんなことはまるで興味がないようにひたすらクラッカーをかじる綺星。


 だんだんとほおが膨れてきて、小動物……リスみたいになってきた。


 ただ、自分のおなかのかなり減っているのは事実だった。


 どうも、最近ごはんを食べた気がしない、これがずいぶんと久しぶりの食事な気がしてならない。


 それだけのことがあって、全員がそれなりに夢中になって食事を続けている。


『これで準備はオッケー! 掛け声は「ドレスアップ!」。さぁ、掛け声とともにポーチに手を触れてみよう!』


「…………」


 ちらりと喜巳花が持ってきたポーチに視線を寄せた。そのウエストポーチの大きさは自分のこぶしふたつ分くらい。


 ふと奈美の視線がこちらに向く。

「……だれか実験台になりたい人」


 完全に好奇心でビシッと手を挙げていた。だって、さっきは変身できていなかったんだもの。


「……うん。そんな気がした……。……ないというか、男の子だね」


「えぇ!? うち女やねんけど!?」

「お前もかい!? パート二!!」


 一樹と喜巳花でウエストポーチを腰に巻いた。


隣で実は同じように手を挙げていた響輝がしょぼくれているが極力触れないようにしておこう。



「一樹、掛け声やで。掛け声!」

「……ぉ、でもなんでわざわざ……」

「ロマンやろ」

「ロマンか! 納得!」


 喜巳花と息を合わせて同時に掛け声、ポーチに手を振れる。


 すると、やはりホログラムのような輝きが一樹たちの体の周りに発生しだす。それはまるで星くずのよう。


 やがて、その星くずが一樹たちの体にまとまり、青色のローブが実体となり出現した。


「……ぉぉ!」

「これもかっこいいやん! なんか魔法とか使えそー!!」


 ポーズをとりつつ手を前に突き出したりする喜巳花。


 一樹はポーチの中身を確認してみた。中に入っていたのはガーゼ、ハサミ……。綿が入った袋? で……消毒液?


「ポーチの中身は軽い救急セットみたい」

「……どうだろう。ただの救急セットではないみたいだけど……」


 奈美がそういい指をスクリーンに向かって指さした。どうやら、ちょうどうるさいお兄さんがその説明をしているところ。


 傷がつき血が流れている足が映し出され、消毒液からガーゼを巻く一連の手順が行われる。


 それからビデオの早送りが始まった。端に表示された経過時間を表す数値が刻々と進む。


 そして十分の時間が早送りされたあと、スピードは通常に戻る。

 そしてガーゼがとられるとそこには傷が完全に治っている足があった。


 それこそテレビであるような「おぉ」という歓声が映像から聞こえてきて、それと同じよう一樹たちの口からも漏れる。


「……喜巳花ちゃん……本当にテレビ流してどうすんの? ってか、だれが通販番組流せって言ったよ」


 そんな突っ込みが奈美から来たが、この映像がDVDの一部であることは明らかだった。


『ちなみに、救急セットを使えるのはシステムの使用者だけだから注意してね。使用者がガーゼに手を振れていないと効果は出ないよ』


 お兄さんがご丁寧に説明を追加してくれる。


「つまり、そのポーチの中には、万能救急セットがあって、それが使えるわけか……。


 よし、東! とりあえず手でも切って試してみようぜ」

「やめてよ! サイコパスか!?」


 あまりに危なっかしいこと言い出す響輝に思わず手を隠した。っていうか、おい! アーマーをもう一度つけようとするんじゃない。


「あぁ……でも、救急セットだけじゃなくて、戦う力も備わっているみたいだね……。身体能力が向上するってさ……」


 スクリーンにはローブに身を包み格闘を披露している姿があった。木の板や瓦を次々と割っていくその映像はないというか、やたらと茶番くさい。


 それこそ、……つまらない通販番組を見せられている気分……。


 だけど、この映像から読み取れるのはいまの一樹たちにはそれだけではない。


「やっぱり……これって……あの化け物から身を守るために用意されているものだってことなんだよね……」


「いや、化け物を倒すため……だな」


 奈美と響輝が真剣な表情でスクリーンの映像を見ている。


 でも、それは当然だと思った。


 この説明がまるでできない状況において、このシステムたちは自分たちの命をつなぐためにおいて最重要なことである可能性が非常に高い。


 あらがう手段は……ありそうにない。


「待ってや、身体能力が向上ってことは、ようはパンチ力が上がってるってことやろ?


 なら、これで窓ガラスぶち破ったらええやん!」


 ぐるぐる腕を回して窓ガラスに近づく。すっごい既視感がある。


「あっ、ちょっと待って。それは危ない!」

「せい!」


 奈美の静止よりずっと早く喜巳花のこぶしが窓ガラスにヒット。


「……痛っ……、なんなん……」

 知ってた。……もうええわ。


 もしそれで割れたとしても、今度は彼女の手は悲惨なことになっていたぞ。ケガしても、この状況じゃすぐに手当もできないだろ……。


 いや、できるか……。システムが本物ならば、ケガも簡単に治せる。……もしかして、こいつはそこまで考えて……?」


「……痛い……」


 うん、それはないな。絶対割れたあとのことまで考えてない。ベソをかいた彼女の姿を見たら、否応なくそう思えた。


「あかん! これじゃあかん!」


 だが、喜巳花はウエストポーチをパッと外した。来ていたローブが消えるなか、リストバンドのほうに手を出す。


「プットオン!」


 アーマーを装着すると、銃を取りだしそのまま窓に向ける。

「さすがにこの一発で吹っ飛ぶって! まぁ見とき!」


 喜巳花の手に握られる銃口が発光。大きな衝撃音が発生。壁全体が少し揺らいだ。


「……すっげ……」

 この光景を前に響輝が感嘆の声を漏らす。


「この窓、傷ひとつ付いちゃねえ」

「どないやねん!?」

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