第7話:有川きさの出した答えは。

 豊田夏樹から話を聞いた2日後———。

 あれから朝原からの接触はない。柳には何か問題があれば、連絡するように伝えてある。なので今の所、問題はない。

 どのタイミングで柳に送った写真をSNSに投稿させようと考えていた時だった。


「千草、今日放課後に少しだけ時間くれない?」


 二限目と三限目の休み時間に俺の元へと赴いて、そう伝えてきたのは有川だ。

 俺も話したいことがあったから丁度いいタイミングだった。


「ああ、いいよ。丁度俺も話したいことあったから」

「じゃあまた放課後ね」

「おう。分かった」


 それだけ伝え、彼女は席に戻っていく。

 好きと言ったあの日の気持ちは嘘ではない。本気で付き合いたいと思っていた。あの日までは。


「モテる男は大変だな。うらやましい限りだよ」


 後ろから茶化すように、声が聞こえる。振り返らず返答だけをした。


「別にそういうのじゃないだろ。多分」

「いやいや、それしかないでしょ。有川だってもう決まってると思うんだよ。お前見てるとさ、どっちつかずじゃないのはもう分かるからな。有川自身も分かってると思う。……だからさ、もう俺も我慢しなくていいよな。終わったら俺はお前に遠慮しないからな」


 晴人は有川が好きだった。今の話ですぐ理解できた。ずっと気持ちを我慢してたいたって事か……。


「お前有川が好きだったのか?」

「まっ、そういうことだな。だからと言って有川がお前の事好きだったって伝えたのは、本当の事だからな。辛かったけど、それはそれだ」


 分かっている。そんな事。俺が好きだと晴人に伝えた時のお前の気持ちを考えると……。うまくは言えないけど、悪いことをした。逆の立場だったら俺は彼と同じような行動をとれただろうか。……多分、できなかった。自分自身が優しい人間だとは思わない。感情に欲望に素直な方だと自負している。


「そんな晴人に申し訳ないんだけどお願いがある」

「まだなんかあんのかよ……」

「いざとなったら俺を助けてくれ」

「はぁ? 話が雑すぎてよくわからん」


 そう言われても何かわからないのは当たり前で。だけど彼に頼むしか他ない。


「明日になれば分かる」


 予鈴が鳴り、先生が入ってきたことで話は終わった。怪訝そうな顔をしていたが、でもまあそれでいい。

 SNSに投稿するのは、明日にしよう。


————明日すべてを終わらせよう。



****



 授業はいつも通りに終わり、約束通り教室で有川を待っていた。

 俺はこれから彼女を振る。好きだった女の子を振る。もう少し違っていたら、俺たちは違う関係だったと思う。だが、これも運命だ。俺の、そして彼女の。


「おまたせ、千草」

「おう。教室でいいのか?」

「そうだね……この前の渡り廊下の所でいいかな? 少し寒いけど」

「構わないよ。行こうか」


 渡り廊下へと向かうまで俺たちは無言だった。それが何を示しているのかを、大体は察しがついていた。


「じゃあとりあえず座ろっか。立って話すのもなんか嫌だし」

「そうだな」


 座ってしばらく沈黙が続く。

 それに耐えられなくなった俺は口を開いて言葉をゆっくりと出す。


「話って言うのは、何だった?」

「あ、うん。そうだったね。私が千草に時間作ってもっらってたんだったね」


 緊張してるのか、少しばかりぎこちない。俺も同様に緊張している。そのまま彼女は言葉を繋げた。


「私やっぱり千草の事————好きじゃなかったみたい」


 あれ……。これ俺の思い違いで早とちりだったのか?


「って言いたいんだけど、その逆で。私千草が好き。もう千草の中に私がいない事は分かってるんだけど。やっぱり好きだって気持ちだけは伝えたくて、後悔したくないから」


 この子は強い子だ。俺とは違って。

 あの日、俺は気持ちを伝え、ごめんと言われて逃げだした。でも彼女は俺の返答を分かっていて尚、気持ちをちゃんと伝えてきた。これに真剣に返さないのは失礼でしかない。だから今日は逃げずに伝えた彼女に向き合って答えを出す必要がある。


「ありがとう。きさが好きと言ってくれてすごく嬉しいよ。だけど今の俺には大事な人がいる。きさも知ってる通り、俺は綾瀬霞という好きな人がいる。だからきさとは付き合えない。……こんな俺を好きになってくれてありがとう」

「……分かってても、きついなぁ……。こうなって本当に好きなんだなって改めて思うよ。千草に愛される先輩が羨ましいよ……」


 瞳に徐々に涙が溜まっていく。彼女は必死にこらえていた。でもそれも限界に達し、涙の雫が頬を伝う。


「ねぇ千草、これが最後だから……一つだけお願い聞いてほしい。それで私は友達に戻るから、いつも通りになるから……。一回だけ抱きしめて……」


 そのお願いは切実だった。


「わかった」


 抱きしめると、彼女は嗚咽を漏らした。

 時間だけが過ぎていく。

 俺の行動が正しいかどうかなんて俺にはわからない。なにが正解なのかは誰も分からない。これが間違っていると言われてもそれは一つの意見でしか無く、それが正解だと言う者もいる。結局、自分がしたことなんてその人にしか気持ちはわからない。だから俺はこれでいいのだと。自分に言い聞かせていた。


「もう……いいよ。ありがとう」

「そうか……」


 彼女は俺から離れていく。


「うん! よし! じゃあこれからは友達! 切り替え切り替え! 千草も変に気にしなくていいから! もう私の恋は今日で終わり!」


 あっけらかんと言う。でもこの方がいっそ清々しいのかもしれないな。変に意識する事で俺たちは余計気まずくなる。


「俺が言うことじゃないけどさ……きさには俺よりもっと大切にしてくれるいい人がいるよ。きっとな」

「そうだね。千草みたいなたらしはこっちがごめんかも!」


 なんでそうなるんだよ……。俺はそんなに女たらしなの……?


「まあ、そうだな。こんなやつやめとけ」

「うん。今日はありがとう。そしてこれからもよろしく!」


 彼女は立ち上がり、俺の目の前へと移動する。そして手を差し出され、その手を掴んだ。


「こっちこそ、ありがとう。これからもよろしくな」


 握手を交わし、彼女は立ち去って行った。

 感謝するしかない。俺よりよっぽどきさの方が大人だった。

 


 これであと一つ。

 明日だ。明日すべてが終わる。

 




「もしもし……柳か。明日の昼休みの終わり直前に、この前送った写真を投稿してほしいんだが」


『うん。わかった。内容はどう書く?』


「そうだな。そこは柳に任せるよ。できれば俺たちはすごいラブラブみたいに、そして今までの噂が全部嘘だったと加えて書いてほしい」


『わかったよ。任せといて』


「じゃあ、あとは頼んだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る