第10話:あの時の感情は、もうわかっている。

 目が覚めると、腕の中にすっぽりと収まって寝ている美女がいた。

 腕枕をしているせいか、痺れて左手の感覚はない。動かしている感覚もないけど、手を見ると閉じては開いてとちゃんと動いていた。

 すやすやと気持ちよさそうに寝ている。だっ……だめだ……可愛すぎる。

 窓に目を移すとカーテンの隙間から日が差し込み朝だと教えてくれる。外からはスズメがちゅんちゅんとさえずり、鳴き声を発しながら会話していた。

 いつも一人で寝ているせいもあって、二人で寝るとこれほどまでに暖かいとは思いもしなかった。


 彼女の温もりと胸の柔らかさを堪能しながら、一つ考える。

 そう、今日は彼女の誕生日。プレゼントを渡すタイミングだ。

 普通に渡しても味気ないので、少しくらいサプライズしてあげたい感はある。

 今日は寒い。だからマフラーをして行くのもやぶさかではない。布団から手を出してみると外気の温度が今までよりも冷たいのがわかる。だから今日は寒い。

 ともかくそろそろ起こさないと遅刻してしまう。


「先輩、朝です。起きてください」

「ん~……」

「起きて?」

「んーん……やー」


 なにそれ……。寝起きの声可愛すぎるだろ。抱きつくのも反則でしょ……。


「遅刻しちゃいますよー」

「やー。もーちょっと……」


 柔らかいし、柔らかいんだよなぁ。この人ノーブラなの忘れてない?


「ちょっと……色々とやばそうなんで離れてくださいよっ」


 引き剥がそうとするが、なお抵抗の模様。ふにふにするからまじでやめてっ! そろそろ下半身が……やばいからほんと離れてっ! 焦りながらもなんとか引き剥がすことに成功。


「やー千草のいじわるー。泣き虫ー。しょんべんたれー」


 おい。最後のなんだ? しょんべんたれ? なんだそれ初めて聞いたわ。垂らしてないし、漏らしても無いわ。


「とりあえず、誕生日おめでとうございます」

「んーありがとー」


 くわぁーっと伸びをして起き上がった……と思いきや、パタリと音を立てて倒れる。


「寝るな」

「これは寝てる訳では無いのです」

「いや寝てるじゃん」

「違うのです。千草の匂いを補充してるのです」


 やめて? なんか恥ずかしいからやめて? 


「しょーもないことしてないで早よ起きんかい」

「ついでに私の匂いも染み込ませてます」

「やめろ。次寝るとき落ち着かんだろ……色々と……」

「私を思い出させる為なので、それなら問題はないです」


 それはあれですか? 犬のマーキングみたいな事でいいのかな? ここは私の縄張りって事? お願いだからやめて?

 ふぁーっといいながら気怠そうにやっと起き上がった。


「俺リビングで着替えるんで、先輩はここで着替えてくださいね」

「ふぁーい……」


 なんだその返事かわいいな。

 リビングに学校に持って行くもの一式をこしらえて部屋を出た。

 テレビをつけると、タイミングよく天気予報がやっている。


『今日のお天気は晴れですが、十二月の中旬並みの冷え込みになります。暖かい格好でお出かけくださいねー』


 やっぱり寒いのね。マフラーしてこ。

 制服に着替え、朝食の準備を始めた。ちらりらとニュースを眺めながらパンを取り出して焼く。


「おはよーう」

「おはよ。先輩コーヒー飲めます?」

「うん。ブラックで~」

「あら、大人」


 えっへんと自慢げに腰に手をやりポーズを決めるが、別に飲める人は飲めますから……。本当に……いちいち可愛いんだよ……ばか。


「食パンなんかつけます? マーガリンしかないですけど」

「それ選択肢一つしかないじゃん」

「まあそうですけど、つけない人もいるかと思ってね。因みにマーガリンの上に砂糖ふりかけて食べると美味しいですよ」


 菓子パンみたく美味しくなるのだ。


「へぇ、じゃあ私それで!」

「りょーかい」


 パンにマーガリンを塗りたくり、その上からコーヒーなどに使うシュガースティックをかける。もちろんだが、一本丸ごとではなく、二人で半分ずつ。


「はい。コーヒーとパンです。熱いので気をつけてくださいね」


 手を合わせて一礼。


「はーい。頂きます」

「どうぞ」 


 サクッサクッといい音が鳴り、小さな口はあっという間に膨れ上がってハムスターみたいだ。


「わぁ、おいひぃ! 甘くて、少しザラザラしてるのがまたいい! ハマりそー!」

「おっ! わかってますね! それがいいんですよ。ぜひお母さんに教えてあげてください」

「うんうん。そうする! あ、でもまた来た時に食べたいなぁ」


 え? また来るの? しかも泊まる前提じゃん。いいけども……。あ、いいんだ……。


「今日寒いらしいですよ」

「華麗にスルーされたっ!?」


 驚きつつもパンを頬張る先輩を見てると、なんだか餌付けしてる気分だ。


「タイツとか履いたほうがいいんじゃないんですかね?」

「もちほんそんふもり」


 飲み込んでから話せ。


「持って来てるんですね。やけに準備がいいな……」

「なんとなく昨日下着屋で買っておいた! 寒くなって来たし、そろそろ黒タイツ女子になろうかなーって」


 冬の醍醐味、黒タイツ! 冬になると露出は減るが色気が増す。これが冬のいいところなのです。普段素足でいるけど黒タイツを履くことによって漂う色気が変わる。それがいいのだ!


「早く履いてきてくださいよ」

「なんで? あ! もしかして黒タイツ好きなやつ?」

「そうです。欲を言えば少しデニールの薄いやつ」


 俺、何言ってるんだろう……。


「そんなに!? でもちゃんと履くから安心して」

「履いてるとこも見たいなぁ」

「え、きもい……。流石に千草でもきもい。きもい」


 なんで最後二回言った……。まあいいんだけど、わかる? この気持ち。ちょっとえちえちじゃない? 履いてる時と脱いでる時。


「ついでに言うと脱いでるところも見たい感はある」

「ついに頭おかしくなっちゃったか……」


 なってないから。いいから見せろよ。これはおかしくなってますねぇ。


「そろそろ時間なんで学校行きますよ」

「カバン取って来る! ごちそーさまでした! 持ってきたら洗うから千草もそのまま置いといてねー」


 カチャカチャと音を立て、食器を置いて慌ただしく部屋へと向かって言った。

 別に俺が洗うからいいのに。だけど洗ってくれるならお言葉に甘えさせてもらう。



****



 準備も洗い物も終わった。


「じゃあ行きますか」

「そうだね!」


 黒タイツを履いた彼女は少し大人びていて、昨日の彼パーカーしてた幼さはどこにもなかった。

 だが、ギャップがあっていい。しかもあの姿を見たことがあるのは俺だけ。彼女の普段を見れば見るほど惹かれていく。彼女は可愛いのだ。ってこれは周知の事実か。

 そんなことを考えながらマフラーを取って玄関へと向かいながら、首に包む。


「マフラーしてくれてるー!」

「さっきも言いましたけど今日は寒いんですって」

「わかってるよー。ずるーい。私もマフラー欲しいなぁ」


 これ、もしかしてもしかして! 渡すタイミング今なのでは?


「忘れ物した。先に出ててください」

「えー、寒いじゃん」

「すぐいくから」


 文句を言いながらも外へ出すことに成功。

 素早く準備する。鞄から梱包された袋の紐を解き、中身を出す。いつでも出せるように鞄を開けておく。


「お待たせしました」

「寒いから早く行こ」


 鍵を締めていると先に行ってしまう。だが、これは丁度いい。

 彼女を追いかけるように早足で歩き、半歩ほどまで距離を詰めた。

 先を歩く彼女は寒そうに、手に息を当てたり、ポッケに手を突っ込んで見たりと忙しない。


 マフラーを取り出して、一応振り向かれた時に対処できるように後ろに手を回す。隠しながら横に並ぶ。

 なんかこれ今から首絞めて殺すみたいで嫌だな……。

 そっと彼女の後ろから首にマフラーを掛けた。


「へっ!? 何!?」

「ちょっと立ち止まってください」


 後ろから掛けただけなので、いつぞやの相撲親方状態になっている。

 目の前に立ち、マフラーの端を取って首に包んだ。


「これでよし」

「えっ? えっ? 何っ? このマフラーどしたの!?」

「改めまして、誕生日おめでとうございます。俺からのプレゼントです」


 彼女の顔は徐々に火照り始め、それを隠す為にマフラーに顔をうずめる。超可愛いんですけど。


「ありがと……嬉しい……」

「プレゼント被ってしまいました」


 マフラーに顔をうずめたまま、ちょんと手でマフラーを触った。


「嬉しい……大事にするね……」


 鼻を啜り、瞳には涙が溜まりつつあるのが見て取れた。そのままぽろぽろと頬を伝いながら流れていく。


「えっと……あの……大丈夫?」

「大丈夫。嬉しくてつい……泣いちゃった」


 彼女は一歩詰め寄り、俺の肩に頭を預けた。


「千草ずるいよ。こんなの嬉しいに決まってるじゃん……」

「俺も嬉しかったです。大事にします」


 ぽんぽんと頭を撫で、少しだけ体に寄せる。


「千草……」

「何?」

「好き」

「知ってる」

「大好き。もうこの気持ち止まらないよ……」


 ドクンと胸が鳴る。その音の正体はもうわかっている。でもそれは簡単には言葉に出なくて。


『俺も』


 そう言いたいけど、まだ言えない。だから……。


「知ってます。それに止める必要ないと思います」

「何それ……余裕ってか」


 脇腹にパンチが入る。


「あたぁ~」 


 別に痛いわけではないけど、情けなく声が出た。


「遅刻するよ? 早く行こ!」

「ですね」


 涙を溜めた瞳のまま、くしゃっと笑いながら手を引かれた。

 この繋いだ小さな手。離さないように少しだけ力を込める。

 言葉にはできなくても、感情ではわかっている。

 あの時に分からなかった感情は、今はわかる。


 

 ――――俺は霞が好きと。




****





 学校に辿り着き、彼女と別れた。

 教室に入ると晴人ときさがこちらへと寄ってくる。


「何……怖いんだけど」

「噂。また変わって広がり始めてる」

「千草、どういうこと?」

「ああ、やっぱりか」


 どんな噂が広がったか分からないけど、道ゆく人の視線は確かに痛かった。でも作戦は成功と言ったところか。


「因みに二人は何で噂を知った?」

「俺はSNSだな」

「私が人伝に聞いた」


 ほうほう。SNSか盲点だった。裏掲示板的な何かか?


「どんな噂?」

「霞先輩と千草はセフレ。今日も朝までやってから学校きてる」


 待って、怖いんですけど……。誰かに見られてる? もしかして泊まったことまで知ってるの? ……な訳ないな。適当に言ってるだけだろう。でもついキョロキョロと周りを見渡してしまう。


「違うよね?」


 食い気味に言ったのはきさだ。距離を詰めてくる。近い近い。


「ち、違うから! 何もないし。そうやって流れるように仕向けた感じだ」


 この言葉を聞いたきさは安堵し、そしてもう一つの質問をぶつけてきた。


「犯人わかったの?」

「まだ確定したわけじゃないけど、おおよその見当はついてる。晴人、そのSNSってのはこの高校のコミュニティみたいなのがある感じ?」

「その通りだな。うちの高校のコミュニティがあって、うちの学生の八割くらい入ってる。それで……噂流したやつのアカウント名がこれだ」


 そのコミュニティ画面を開き、俺に見せてくれた。

 画面に表示されていたのはwillowと書かれているアカウント名。

 はぁ? うぃろう? ういろう? ういろう大好き名古屋人か。全然わかんねーじゃん。振り出しかよ……。本名使えよな。


「これ特定とかできたりしない?」

「どこのハッカーだよ。俺はファルコンじゃねーよ」

「それ多分、英語で柳って意味だよ? その人の苗字『柳』なんじゃないの?」


 自分の携帯を取り出し、翻訳サイトで先ほどの名前を打ち込む。すると、きさの言った通り『柳』と表示された。柳め! やはり豊田と繋がってたか!


「きさ天才じゃん! さすが!」

「照れますなぁ」


 とりあえず協力者を見つけた。あと一人だ。

 しばらくは静観と行こう。噂なんか流したって最早何の意味も無い。傷付きもしないし、霞にもこの噂は伝えてある。だからこれで最後といきたい。

 意味ないことがわかれば何らかの形で接触してくるはず。そう思いたい。


「二人ともありがとな」

「いえいえ、そうだ! 千草、今日一緒にご飯食べよ?」

「ん、いいよ」

「やった。じゃあまたお昼ね!」


 颯爽と彼女はいつものメンバー略していつメンの元へと帰って行った。


「なあ、お前さタラシだよな」

「しょんべんなんか垂らしてねーわ」

「はぁ? 何言ってんだこいつ……」


 呆れた晴人は自席へと戻っていく。俺も後に続き席へ着いた。


****


 午前の授業が終わり昼休みになった。

 パタパタと音を立てて歩み寄ってきたのは、きさだ。


「千草、ちょっとこっちきて」


 腕を掴まれ、廊下へと連れ出される。


「ちょちょちょ、何? 教室でよくない? 寒いよ。しかも何でカバン持ってるんだよ。帰るの?」

「ダメだし、帰らない!」


 何でそんなに落ち着きないんだよ。


「あの昨日、誕生日だったよね? 昨日は霞先輩いたから仕方なく譲ってあげたけど、今日は私の番ってことでさ、はい! プレゼント!」


 譲ってあげるとか寛容的でいい女だなぁ。


「マジで!? いいの?」

「千草のために買ってきたんだから。開けてみて!」


 小さな袋にはブランドのロゴが入っており、自分が使っている財布と同じだった。 

 袋開けて中を見ると、オサレな靴下とハンカチが入っていた。マジオサレ。


「これ……高くなかった?」

「そんなだよ! だから遠慮なく使ってね!」

「ありがと、大事に使わせていただきます」

「いえいえ、好きな人にあげるんだから、使ってもらえるだけでも嬉しいよ」

「俺も嬉しい。きさから貰えるなんて思ってなかったから。本当にありがと」


 普通にスルーしたけど、今好きな人って言いましたよね? 嬉しいんだけど、俺が好きなのはもう……。と考えているとその好きな人が物凄い勢いで背中に抱きついて来た。

 この人さ、抱き着く癖でもあんの? それ俺だけにしろよ? おおん?


「ちーっぐさ! お待たせ!」

「だから別に待ってないし……」

「おやおや、有川ちゃん? そんな顔してどしたの?」

「どしたのじゃないし。邪魔しないでくださいよ! 今日は私の番なんです! 昨日は一緒にいたんでしょ! 一人占めばっかり邪魔!」

「何ですと! 振った女が今更何をぉ!」


 あー怖い怖い、教室戻ろっと。

 先輩を引き剥がして、そろりそろりと忍び足で教室の扉まで戻ると、


「待って、千草。今日は私と弁当食べる約束したよね?」

「お、おおう。したな。うんした。だから教室で待ってるから……」

「え? でも今日、千草弁当ないじゃん。朝作ってないよね?」


 おいバカそこのバカ。余計なことを言うんじゃないよ。


「は? 朝? まるで朝まで一緒にいたみたいに言いますねぇ!?」

「だって泊まったから、ね! 千草!」


 おい誰かこのバカちんを止めてくれ。何なのマジで……。


「はぁぁ?」

「ひぃぃっこわっ!」


 きさのドスの効いた声に背筋が凍る。


「昨日は楽しかったなぁ~」


 先輩は自慢げにきさを横目に見ながら、ニヤニヤと顔を見せつけている。


「泊まったことは認める。だけど何もしてないし、何もなかった! マジで!」

「えっ!? ひどいよ千草……。私の体、めちゃくちゃにした癖に……。無かったことにするの? 初めてだったのに……」


 ちょっとマジで一旦黙れ。触ったけども、それマッサージだろ!! 


「おい、今あげたプレゼント返せぇ!」

「ごめんって。あれ何で俺謝ってるんだろう……。とにかくっ本当に何もしてないから!」


 きさ怖い。晴人助けてぇー。と教室に逃げる。

 そそくさと晴人の席まで行き、ガクブルと震える。


「千草、お前何やってんだよ。中まで聞こえてたぞ。だからたらしだっつたのに。それにまだ2人はなんか言い合ってるぞ」

「ほっとけばいいさ。今日飯ないんだよ。食堂行こうぜ」

「逃げるとかクズだなお前」

「嫌なものからは人間避けていくんだよ。これ豆知識な? 早く入ってくる前に行こ? なっ? はやくぅぅーー」


 引っ張っても引っ張っても晴人はちっとも動く気はなく、弁当を広げ始めた。くそっ! 裏切り者め! 


「いただきます。そしてご愁傷様」

「おい、殺すな」


 慌ただしい昼休みは逃げるが勝ち! ということで俺は教室の前の扉からこっそりと逃げた。

 

 廊下へ出て少し様子を見ながら逃げると、霞ときさは何かを言い合っていた。時折、二人とも笑っているのも見えて、仲が悪いわけではないみたいだ。仲良くてよかったよと心の中で安心する。


 

 ……うん。問題なく今日も平和だ。

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