第8話:一方通行の恋。

 千草はいつも、いつでも優しい。

 私のどんなわがままも聞いてくれる。私だけがすごく彼の事が好きで、一方通行の恋をしている。

 彼には好きな人がいて、私なんて邪魔でしかないのに、一緒にいてくれる。

 なんで? なんで千草は私と一緒にいるの? メリットなんてなにもないじゃない。わからない。

 私は彼の事をあまり知らない。教えてくれない。心の奥底に触れたくても触れさせてはくれない。

 どこか壁があるように、一線を引いている気がしていた。これ以上は踏み込むなと。

 でも突然、マフラーを眺めながらぼーっとしだして、次第に涙が頬を伝うのが見えた。

 焦った。私は何かしてしまったのかと思った。

 何回か声をかけても反応はなくて、自分自身すら泣いてる事に気づいていないようで。

 嬉しくて泣いてるとは思えかった。

 今日の昼休みに千草が言っていた言葉を思い出す。


『祝ってほしいとか思ってないし。……それにもうずっと前から祝ってもらった記憶もないし、自分の誕生日なんてそんな特別感ありません。ごく普通の平日と何ら変わりないので』


 この言葉の意を私はあまり気にしていなかった。

 今、この場でやっと理解した。

 彼は何かしらを抱えている。だって高校生で一人暮らしなんて普通に考えたらおかしい。

 お父さん、お母さんは何してるんだろう。会えない状況なのか、それとも自分から拒絶したのだろうか。

 千草が話してくれるまでは何もわからない。もしかしたら私のせいかもしれない。嫌になったのかもしれない。


 抱え込むのはやめてよ。私にそう言ったのは君なのに。

 やっと反応した。だけどやっぱり自分が泣いていた事は気づいてなかったみたい。

 笑って誤魔化して。

 そんな事しても意味ないよ。この現状を見て誤魔化したってなんの意味もないよ。

 聞かない。話してくれるまでは私は聞かないよ。

 だから私は君を抱きしめる。

 それを拒絶されても、私から行くからね。


「はい。おいで?」

「いや……本当に大丈夫だから」


 案の定、拒否される。でもそれを拒否した。


「どうして泣いたのか分からないけど……理由は聞かない。千草が話してくれるまで待つから。私も千草の力になりたい。だからね、泣きたい時は泣いていいんだよ。私にそう言ってくれたのは千草じゃないの? 自分で言ったのに、自分はそうできないの? 私の胸ならいつでも貸したげるから。……だから強がんなくていいの。黙って抱きついて泣いていいんだよ。弱くたっていいんだよ」


 今できることはこれしかない。千草が心を開いてくれない限り、私は何もできないから。受け入れてくれるかはわからないけど、好きな人が泣いてるんだ。力になりたいって思うのが普通だよ。千草が私にしてくれたように、私は君に同じ事をする。


 だって————大好きだから。


 それから彼は黙って抱きついて、嗚咽をこぼし始めた。

 彼がこうやって甘える事に少し安堵し、そして嬉しかった。やっと少し彼が見せてくれた感情。

 1人でよく頑張りました。

 君の隣には今は私がいます。だからいつでも頼って。

 そう想いを込めて、彼を抱きしめた。


*****


ひとしきり泣いた後、彼の隣に座り手を繋ぐ。何かを話すわけではなくただ一言『ありがとうございます』と。

 話してはくれないと思ったけど、それでいい。彼の中に溜まっていた、悲痛は空になったはず。

 溢れんばかりに注がれたそのコップは決壊した。


「大丈夫だよ。私がいるから」

「……はい」

「どこもいかないから」

「ありがとう……先輩」

「お互い様だよ」


 握られた手は大きくて、でも小さかった。弱々しく握られた手に私は力を込める。


「ちょっと……痛いんですけど」

「あぁ、ごめんね……」

「ははっ……先輩って優しいですね」


 私は優しいのは君にだけ。君だから優しくするの。本当は優しくなんてないんだよ。自己中で、めんどくさい人間なの。


「千草だからだよ」


 想いは募っていくばかり。もう止まらないし、止められない。

 私が傍にいたい。彼だけのものになりたい。彼だけに見てもらえればいい。独占欲丸出しかも知れないけど、もう止められそうにないや。


「そうかも知れないですね。だって俺の事好きですもんね」


 いつもの調子に戻ってきて、笑いながら彼は言う。少し調子に乗り過ぎてるので釘を刺しておく。


「それは自意識過剰。いつまでも高を括ってると痛い目見るよ?」

「ですね。……しっかりしないとね」


 握られた手は離され、立ち上がりキッチンの方へと向かう。


「アイス食べませんか?」

「食べる! チョコがいい!」


 餌付けされてる気分。手のひらで転がされてる。


「それと後で俺の部屋行きましょ」

「え!? それはどういう……?」

「それは言わない」

「待って? 心の準備が……」


 何々? え? ちょっと、まだダメだよ……そんな事できないよ……。それに付き合ってないし、好きな子いるじゃん……。


「アイス食べる間にすればいいじゃん」

「ねぇ、どうしたの? ……千草?」

「お礼ですお礼。身体で返しますから」


 やっぱりそっちなの!? え、だめだめ! だめじゃないけど……だめだよ? 


「はい。アイスどーぞ」

「あ、どーもありがとう」


 考える間もなくアイスはすぐ食べ終わって、そそくさと手を引かれ連れていかれる。途中、脱衣所でズボンを履けと言われた。

 綺麗な部屋だった。ベッドと勉強机があって小説みたいなよくわかんないやつが本棚に綺麗に並べられてた。


「そこに寝てくれますか」

「へっ!?」


 好きなのでどうしても言う事を聞いてしまう。

 これ、だめな女のパターンだ……。

 言われるがまま、私はベットに寝転がった。はぁ……千草のいい匂い〜。


「優しくしますから……大丈夫です」


 そして彼は私の上に跨った。

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