第13話 TWO PEOPLE TWO SHARKS 2/2

 ――瞬間。

 ヒカリの配信のコメント欄が異様な盛り上がりを見せる。

 どうやらパシリザメくんの隠れファンというのがけっこういるらしい。

「おお! AJくんかっこいい!」

 ヒカリはぴょんぴょんと飛び跳ねて拍手を送る。

 勇者もわざわざチェンソーから手を離して手を叩いた。

「かっこいいもんか。ブルブル震えてるんだ。こちとら」

「あ。ほんとだ。かわいい」

 背中に抱きついて震えっぷりを確認する。胸がむにゅっと当たることはこの非常時であってもスルーすることはできなかった。

「――ってやってる場合か! いいから逃げろ! なるべく遠くにだぞ! 逃げながら回復魔法やれ! いいな!」

 ヒカリは得意の電撃魔法で磁場を操って宙に浮き、その場を離脱した。

 それを見送ったのち、アレクは両手を物凄い必殺技を出すっぽい感じに大きく広げる。

「ところでさ」

「なんだよ」

「キミって結局ナニモノなんだっけ?」

「確かに。名乗るのを忘れていた。我は元鮫魔王軍は残党! アレクサンダー・ジョーンズ三世!」

「へーそうなんだ。あの金髪の子は元四天王とか言ってたけどキミもそうなのかな?」

「えーっと……俺は四天王ではない」

「じゃあなんていう役職なの?」

「……特にそういうのはない」

「ええ? じゃあ雑魚キャラってこと?」

「……弱いのは否定せんが、それならそれなりの闘い方ってものがあるんだよ」

「どんなどんな?」

「あわてんな! すぐに見せてやる! 『サメトモサモン』!」

 勇者の頭上の空間に丸く黒い穴が開いた。地面ならわかるが、空間に穴なんて開くわけがないのに開いているのだから、これはなにか大変なことが起こる前触れと言える。

「なにが起こるのかな」

 ――ボトボトボトボト!

 穴からはなにか球体のようなものが落ちてきた。

 勇者は辛うじて身を躱す。

「なんだい? これは」

「『ウルトラブンブク』のみなさんだよ」

 そいつは直径二十センチ以上はある巨大なウニだった。

 フィクションにしてもヒドい名前と思うかもしれないが、どっこい実在する深海生物である。名前の由来は『分福茶釜』というタヌキが登場する昔話であるらしいが、タヌキに似た見た目かというと大変疑問である。

 ウルトラたちはあるものは地面を転がり、あるものは空を飛び勇者に迫る。

「これはすごいね。召喚プラスコントロールの魔法かい?」

「ちがう。ワープ空間を開けるのは俺だが、こっちに来んのも攻撃すんのもお願いしてやってもらってるんだよ」

「それはそれですごいね。人望があるんだ?」

「ただ友達なだけさ」

 そうこうしているウチにもウルトラたちが亜空間からボトボトと現れる。

 彼らはとうとう勇者の足もとをヒザぐらいまで埋め尽くした。

 それでもテキは余裕の表情を崩さない。

「トゲささってるのに痛くないのか? まあいいけどさ」

 アレクの合図と共にウルトラたちは透明な液体を吐きだす。

「……冷たっ! なんだいこれは?」

「そいつは深海に存在する物体で『メタンハイドレート』っていうんだ。わざわざ持って来てくれてありがとなウルトラさんたち」

 勇者にこびりついた液体は一瞬にして凍り付いた。

「見た目は氷みたいだけどな、とんでもない揮発性なんだ。どういうことかというと。あ、みんなわざわざありがとう。もう帰ったほうがいいぞ」

 アレクは懐から拳銃を取り出した。

「人鮫族なのにそんなものに頼るの?」

「現代っ子なんだよ俺は。それじゃあアディオス」

 マグナムが勇者に着弾する。凄まじい爆発を起こした。


「ふう……まいったまいった完全に巻きこまれちまった」

 アレクのタキシードがボロボロに破れ、胸部が完全に露出している。スラックスもちぎれてむちむちしたふとももやぶっちゃけ股間も丸出しだ。これはいわゆるサービスシーンである。砂埃がすごくてあんまりよく見えない所もそれっぽい。

「メグが選んでくれた服だってのに。また怒られるな」

 埃を落としながらゆっくりと立ち上がり、中途半端に残った衣服を破り捨てて脱ぎ捨てる。

 そうこうしているうちに砂埃がじょじょに晴れていく。そこには。

「……あれ?」

「久しぶり」

 勇者が衣服に至るまで全く無傷の状態で立っていた。もっとも身に着けているのは海水パンツと肩からかけたチェンソーのみだが。

「いやーなかなかいい攻撃だったよ。キミをあなどっていたようだね」

「……不死身かキサマ」

「不死身っていうか。ぐっと筋肉に力を入れると全てのダメージを百分の一にする『チートバリアー』っていう能力があるだけだよ」

「ずるすぎだろそれおまえ」

「えー? こんなのまだカワイイ方だよ。インターネットで『異世界チート 小説』とかで検索してごらんよ。もっとヒドいのがいっぱい出てくるよ」

「じゃあこんなのはどうだ! サメトモサモン!」

「友達多いねー。羨ましい」

 再び空間に穴が開き、中から出てきたのは大量の小さなカニだった。茶色くて丸っこくて甲羅がすべすべした可愛らしい姿だ。

「頼むぜ! スベスベマンジュウガ二の姉さんがた!」

 カニたちはトテトテーと横歩きで駆けると勇者に跳びかかる。カニしてはなかなかのスピードだ。しかし。勇者はそれをカンタンにキャッチした。

「はは。おまんじゅうみたいで美味しそう。僕、全部の海産物でカニが一番好き。いただきまーす」

 勇者はカニの足にかぶりつきガリガリと咀嚼した。

「うまいか?」

「うん! とっても……げえええええええええええ!」

 嗚咽の声をあげながら口から大量の血液を吐きだす。

「スベスベマンジュウガニにはな、かわいい見た目と名前とは裏腹にテトロドトキシンっていう猛毒が入ってるんだ」

 カニたちはかわいいなんてそんな……もーアレクくん上手なんだから♪ などとちょっと人間には聞き取れない音域でしゃべっていた。

「さすがにこいつは無効化ってわけにもいくまい。さあ追撃を頼むぜ」

 ヒザをつく勇者たちの上方に再び穴。そこからハリセンボン、オニヒトデ、キロネックス、ミノカサゴ、ヒョウモンダコ、さらには巨大なウツボなど毒持ち海棲生物のオールスターが姿を現す。彼らは勇者に一撃を加えると、疾風のごとく去っていった。

 勇者は地面にヒザをつきブルブルと震えている。目からは涙が溢れていた。

「なんだおまえ泣いてるのか? 『痛い痛いの飛んでけ』してやろうか?」

「これは泣いてるんじゃないよ」

 よく見ればその『涙』は腐りきった肉のような紫色をしていた。

「毒素をね……目から放出してるんだ」

「……キモッ!」

 半笑いで紫色のドロドロした涙を流す姿たるや。

「おまえはやることが一回たりとも勇者らしくねえんだよ!」

「こんなこともできるよ」

 勇者はその紫色の液体を目玉から噴出した。

 大した威力はないだろうがキモチが悪いので避けよう――

 だが予想外にスピードが速くモロに喰らってしまう。

 紫色の光線はアレクの腹部を貫通し風穴を開けた。

 呼吸が困難となる。毒が周ったのか腹部に電流が走るような痛み。

 地面にガクっと膝をつく。

「どうやらこれでチェックメイトみたいだね」

 勇者はチェンソーを起動しながらアレクに微笑みかける。

「どうしよっかなー。このまま殺すのも無難で悪くはないんだけど」

 アレクのアゴをくいっと掴んだ。

「もっと面白いもプランもあるんだよなー。どっちが――」

「スカしてんじゃねえ!」

 アレクはそのでっかい口を開きゴキブリスプレーのごとく液体を噴射した。

 そいつをモロに眼球に喰らった勇者はさすがに『ギャ』と呻いた。

「ホタルダンゴイカっていう深海生物の『光る墨』で作った毒霧だよ」

 勇者は乱暴に墨を拭い落すが――

「深海じゃあ黒い墨吐いても見えねえもんだからこんな墨を吐くんだってよ。これをくらっちゃあすぐには視力戻らねえよ」

 アレクの言う通り、勇者はまだ目を開けられずにいる。

「ふー。やれやれまいったな。でもまさかこんなことで逃げられるなんて思ってないよね?」

「ムリなのかなあ?」

「うーん。キミの攻撃はどれも独特で面白いんだけどさ。どうしても僕を殺してやろうっていう強烈な殺意みたいなのが感じられないんだよね」

 アレクは苦笑しながらそれを聞いている。

「だいいち他力本願だしさ」

「まったくもってその通りだ。でもよ。それでも五分はもったぜ」

「ごふん?」

 勇者がそれに気付くほんの一瞬前。

 凄まじい打撃音と共に『サメハダブレード』が勇者のアタマを捉えた。

 倒れ込んだカラダが地面に埋まる。

「いつのま――」

 振り返れば、服を真っ赤に染め目を血走らせた金髪の女が立っていた。

「サメトモサモンだ。まあ友達って感じじゃねえがな」

「ヒカリもいるよー」

 サメハダブレードを二刀に構えたメグは地面に埋まった勇者を叩く! 切りつける! 突き刺す! 折れてしまえばすぐに替えを取り出す。

「おまえがたくさん殺してくれやがったおかげでブレードの替えにはことかかねえんだ。皮肉なもんで。まあ彼らも本望だろう」

 突き刺した剣をドリルのように回転させ始めた所でアレクが叫ぶ。

「よし! そこまででいい! やれ! ヒカリ!」

「あいよー! ロレンチーニオーバードライブ! ビリビリシャークケーーーージ!」

 ヒカリのハンマーヘッドから赤い閃光が放たれる。

 さすがの彼女も必死の形相。

「なんだこの空間! 動けな――」

 赤い閃光はやがて『檻』となって勇者を閉じこめた。

「――やった!? やったんだよな!?」

 アレクはヒカリの肩を揺する。

 勇者は檻の中、目を閉じてピクリとも動かない。

「うん。理論上はね」

 ヒカリが額に溢れた汗を拭きながら答える。

「理論上は――か」

 アレクは少々不安げな顔。

 そんな彼の背中をメグがポンと叩く。

「大丈夫。ヤツはその前から既に虫の息状態だった。脱出できるはずがない」

 珍しく少しだけ口角を上げて笑顔を見せた。

「……そうか。だったらみんなにそのように伝えたらどうだ、ヒカリ」

「そだね」

 ヒカリはコホンと小さく咳払いをすると息を大きく吸ってシャウトする。

「みなさああああああああああああああああああんんんん! ついにクソ勇者の大馬鹿のチンカスのモモンガ―の唐変木の鬼畜米英の陰毛カルピスサワーのゴリラの投げグソの葱馬鹿ドロヘドロを捕獲することに成功致しましたああああああああああああ!」

 シャークチューブのコメント欄は凄まじい勢いで埋まり、ほどなくサーバーがパンクした。

「この後の予定は追って連絡致します! みなさんたくさんの投げエサをよろしくお願いしまあああす! 一人五万シャークダラーがノルマだ! 金寄越せオラアアアアア!」

 アレクとメグは顔を見合わせて、すこし笑った。

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