第15話 ESCAPE 1/2

「うへ。俺も大した大物だな」

 アレクはたっぷり八時間も寝て目覚めた。

「人生で一番大事な日に寝坊とは」

 深海なのでわからないが、地上ではおそらく太陽がもう最高点近くに達していることであろう。

 一つ大きなアクビをしてから、人間用の三倍くらいの大きさのハブラシでしっかり歯を磨き、顔を洗顔フォームで洗う。それが終わったらパジャマを脱いでタキシードに着替える。どれも本人はやりたかないのだが、やらないとメグが怒るのだ。

 身支度を整えるとアジトの地下室に降りていく。海中なのに地下というもの変な感じだが海底の土の中に埋まっている部分なのだから地下で間違いあるまい。

「うっす」

「遅いよ」

 地下室はわれわれの単位で言う六畳一間ぐらいの広さだった。灰色のコンクリートの上にはホコリを被ったつづらが山積みになっている。

 室内に灯りはついていないが充分すぎるくらいに明るい。中央に『電撃の檻』が置かれているからだ。ヒカリがその前でどこを見るともなく体育座りをしている。いつものTシャツ一枚の部屋着ではなく『勝負服』を着ていた。

「ずっと起きてたのか」

「うん」

「眠くないの?」

「夜型だから」

 アレクもヒカリの横で器用に巨体を折りたたみ体育座りをする。

「こっちはよく寝てら」

 檻の中では勇者が全く邪気のない表情で眠っている。

「あとどれくらいかかるんだ? エネルギーを吸い尽くすにゃあ」

『ビリビリシャークケージ』というのはヒカリが勝手にアレンジした技名であり、正式には『ディメンション・アナザー』という。これは檻のつくり出す亜空間の中に閉じこめて『囚人』のエネルギーを奪う技である。電気や雷を扱うものであれば習得可能だが、決してカンタンな技ではない。

「この分じゃあ今日の夜までかかるね」

 アレクたちが勇者をすぐに殺さなかったのは、勇者を苦しめてやろうというわけでも、満を持して『処刑配信』を実施するためでもない。『ビリビリシャークケージ』の中に勇者がいる状態では攻撃することはできないし、かといって解放してしまえば逃げられる。従ってシャークケージが勇者のエネルギーを吸い尽くすのを待つ必要があったからだ。

 ちなみに。使用者の魔力によっても多少変わるが、平均程度の『囚人』であればものの一分ですべてのエネルギー吸い尽くされてしまう。

「そうなると処刑配信は夜か」

「そーなるかな?」

「じゃあおまえちょっと寝れば」

 ヒカリは無言でぶんぶんと首を横に振る。

「まあ好きにすればいいけどよ。それにしても恐ろしいワザだぜ」

 などとアレクが呟いた瞬間――

「こらあああああああ!」

 扉をズバーンと開いて怒鳴りこんでくるものが一人。

「なにをしてるんだ貴様ら! こんなところで二人で!」

 よく寝たからか大変な元気がよい。ヒカリは余裕の笑顔で応対する。

「エッチなことー」

「なにぃ!?」

「あんまからかうなよ……」

「なんだ! 具体的になにをした! 詳細に教えろ!」

 わめきちらすメグを軽くいなしヒカリは立ち上がった。

「さーて。役者がそろったところで始めようかな」

 言いながらハンマーヘッドを飛びださせる。

「始めるってなにを」

「放送にきまってるでしょ。わたしがおっぱじめるって言ったら」

「なにを放送するってんだ」

 ヒカリは口角を鋭角に上げる。普段のふにゃりとした笑顔とは違う表情だ。

「いわゆるひとつの――」

 ハンマーから赤い電撃が放たれる。

「どんでんがえし?」

「なっ――!」

 赤い電撃の檻に包まれたのはアレクの体だった。

 強烈なしびれと圧迫感が全身を包み、声にならない悲鳴が上がる。

 そして。

「ふう。体がこっちゃってかなわないなー」

 勇者が頸木から解き放たれた。首をコキコキと鳴らしてニヤついている。

「どういうつもりだ」

 アレクは低く落ちついた声でヒカリに尋ねる。

「だからアレだよ。いわゆる――裏切り? ヒューマンでいうところのユダとかアケチミツヒデ? キミじゃなくてこの勇者さんにつきまーすって言ってるの」

 ヒカリは勇者の真後ろに立つと彼の首に抱きつき、肩にアゴを乗せた。

「その理由を聞いている」

「勇者さんがね。襲撃配信の最中にすごい額の投げエサをしてくれたの。『アナタが殺そうとしている勇者です。僕と組みませんか? 組んでくれたら今の十倍の額を出しますよ』ってメッセージを添えて。不思議とすぐに本人だってわかったよ」

 二人は全く邪気のない笑顔でみつめあう。

「それを承諾した理由は」

「そりゃあ。お金がそっちの方がいっぱい貰えるからだよ。それに勇者さんとこれからも組んでいくことがどれだけプラスになるか」

 敬虔なクリスチャンが神に祈るように、両手を組んで天を仰ぐ。

「わたしね。悪役シャークチューバーに転向しようと思って。今一つ伸び悩んでるのは性格悪いのにゼンダマでやってるからだと思うんだよね。それにこれからどんどん私みたいにヒューマンにまで届けられる人が増えて、シャークチューブはヒューマンにもどんどん広まるよ。そしたら勇者さんの知名度と人気ですごいことに! キャーーー!」

 腕をぶんぶん振って飛び跳ねる。アレクはそんなヒカリを見て小さく呟いた。

「残念すぎる」

「え、なにが」

「俺はおまえのことがスキだったんだがなあ」

 ヒカリは照れくさそうに頭を掻きながら、アレクにウインクしてみせた。

「えへへ。ありがとうー知ってるー。私も大好きだよ」

「じゃあなぜ」

「例えばさあ。ヒューマンのスポーツ選手はチームメイトの好き嫌いで所属チームを選ぶかな? もっと色んな条件を考えるんじゃないの?」

「さあ。好き嫌いで決めてるヤツもいるんじゃないか」

「それにね。わたしさ。一番になりたいんだ」

 短い髪の毛をそっと掻き上げる。

「一番?」

「ほら。わたし五歳で家出して七歳から水商売やってたじゃない?」

「初耳だよばか」

「子供の頃からスレまくって性格悪すぎるからかな? どうも普通の女の子みたいに『誰かの一番』にはなれそうもない。だから。シャークチューバーとして一番になろうと思って」

「……性格が悪いとは思わんが」

 ヒカリはフッっと息を吐いて苦笑。

「でもキミもわたしが一番好きなわけじゃないんでしょ?」

 ……アレクの口から反論の言葉は出てこない。

 代わりに勇者が口を挟む。

「そんなわけなんでよろしくね。楽しくなりそうだ」

 アレクがそれをギリっと睨み付ける。

「俺と闘ってたときにはもう話は決まってたのか?」

「うん。そうだよ」

「じゃあアレは遊んでただけか。なんかやけあっさり捕まったと思った」

「もっと『うわあああ! 捕まるウウウ!』とか演技したほうがよかったかな?」

「なんでそんな無駄に回りくどいことをする必要がある」

「確かに回りくどいね。でも無駄ではなかったよ」

 勇者はスマートデバイスを取り出し、プロジェクター機能で壁に映写してみせる。

「キミの仲間たちのデータ。ここに侵入したおかげで入手できた。これで一網打尽だね」

「どうやって!」

「もともと悪い意味のインドア派だからね。クラッキングの類はお手の物だよ」

「そのためにわざわざ……」

「それもあるけどね。メインはそれじゃないよ」

 勇者はキラキラと輝く笑顔を見せる。

「もとがもやしっ子だからかな? 僕はプロレスやボクシング、総合格闘技みたいなものが大好きでね」

「は?」

「だからね。観客が見てる前で闘ってみたかったんだよ」

 いつのまにかヒカリの放送が始まっていた。衝撃の裏切り劇にコメントは荒れに荒れている。しかし閲覧者数は増える一方だ。

「鮫魔王と闘ったときだって誰もいない海の中で闘って地味ったらなかったよ。ヒカリちゃんと組めば何十万……いやこれからのがんばり次第では何百万人の前で闘えるんでしょう?」

 そういってヒカリの肩を抱く。しかし。ヒカリは顎に指を当てて不満気な表情でアレクを見つめている。

「なんだよ。不満そうだな」

「うん。だって。あんまり驚いてないんだもん」

「充分おどろいたよ。ひゃあ」

「うーんそっかー。キミを殺す直前までとっておこうと思ったんだけど、先にもっと絶望的な事実を教えちゃお――」

「そんなことより」

 珍しくアレクが人の言葉を遮って語り始める。

「お腹の調子はどうだ?」

「え?」

「昨日の晩あまり調子がよくないと言っていただろう」

「あー。ありがとう! キミのそういうところスキだよ。調子は実は今もあんまりよくないの。でもテンション上がりまくってるから全然気にならないよ」

「そうか。悪かったな。実はそれ俺のせいなんだ」

 アレクは器用に指をパチンと弾きなにか合図のようなものを送った。すると。

「うっ――!」

「絶望するのは――てめえだ!」

「――ガハッッ!」

 ヒカリの口からおびただしい血。

 さらに腹を食い破るようにして体内から数十匹の小型サメが姿を現す。

「ヒューマン族には『タピオカシャーク』なんて言われているらしいぜ。体を丸めた姿が似てるからな。飲みこまれても胃に貼りついてスキをついて腹を食い破るという生存戦略をとるイヤらしい性格でね。俺とは気が合うんだ」

 ヒカリは嗚咽の声を上げながら床に倒れ伏す。

 アレクを封じ込めていた檻は消滅した。

『おおおおおお!』

『策士!』

『ゼニゲバざまあああああ!』

『パシリザメくんかっけえ!』

 シャークチューブのコメント欄がさらなる盛りあがりを見せる。どうやらヒューマンからのコメントもかなりたくさんあるらしい。

「誤解しないでくれよな。ハナっからおまえを切るつもりだったわけじゃねえ。一割程度は裏切る可能性あるなと思って保険をかけておいただけ。別に妙なことしなければ黙ってケツから出てきてもらう予定だったんだが、それはそれで不気味かな? ともかく。人に出された飲み物は安易に口にしない方がいいぜ」

 ベラベラしゃべりながらも素早い動きで勇者の眼前に立ち、得意技のホタルダンゴイカの光る毒霧を食らわせた。

 ――それから。

「なにボーっとしてんだ! とっとと逃げるぞ!」

「え!? あ、ああ」

 メグの腕を乱暴に掴み、ひっぱりあげるようにして地下倉庫の階段を駆け上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る