第4話 DECLATION OF WAR 1/2

「いつ見てもかわいいよねぇ。この子」

 海底アジトの外には三人の『足』であるジンベイザメ・サブマリンが置かれている。犬でも繋ぐように鎖でアジトの建物に繫がれてふわふわ浮かんでいるさまをさしてヒカリはかわいいと評したのであろう。

 彼の全長は頭の先から尻尾の先端までで二十メートル。実際のジンベイザメを遥かに上回る大きさだ。もちろんヨコだけでなくタテも高さもバカでっかい。全身にジンベイザメ特有の黒地に白の水玉模様があしらわれており、とってもオシャレでもある。

 今の三人の財力ではこんなものを作れるはずはない。これも鮫魔王の形見である。

「あ、写真撮っとこ。シャークグラムに乗せないと」

「映えてねえで早く乗れ」

 中に入ってみればちょっとしたパーティールームのような広くて小奇麗な空間。ふかふかのカーペットの上にはクリスタル調のテーブルがドーンと置かれ、その周りには高級革のソファー。よくわからないけどなんかハイセンスっぽいインテリァが至るところに配置され、ワインセラーやカラオケ装置まで完備されていた。まるで高級リムジン。ちょっとここで遊んでいきたい所ではあるが今日はそれどころではない。三人はコクピットに入った。

 こちらは不必要に広くはない。無機質な部屋に巨大な操縦桿が一つ。それに面して操縦席が設置され、両サイドにも助手席のようなものが並べられていた。真ん中にアレクが、両サイドにメグとヒカリが座る。

「このコクピット、操縦席と助手席の距離感ハンパじゃなく近いよね」

「オヤジが女といちゃいちゃしながらクルーズするために設計されてるからな」

「いちゃいちゃってこんな風に?」

「やめろバカザメ」

 ヒカリがアレクにぴったりとくっつき肩にアゴを乗せる。それをメグが手刀でしばく。

 ちなみにさっきも言ったけどバカザメというサメは存在する。

「いいから出発するぞ」

 小競り合う二人を余所にアレクが操縦桿を握り前方に引っ張った。するとサブマリンの腹あたりからジェット水流が噴射され上昇を始める。常人であれば減圧症を発症するほどの勢いである。ものの一分でサブマリンは海面に到達。飛行モードに移行し、そのままぐんぐんと高度を上げる。アレクは『五〇〇』と表示された高度計を見ながら右隣に座るヒカリに尋ねる。

「高度はこんなもんでいいか?」

「んーもうちょっとだけあがってー」

 少しだけスピードを落としつつさらに上昇。

「あっ。この辺にしようかな。止めてー」

 サブマリンは急停止しホバリングモードに入る。

「よーし! じゃあ勝負服に着替えないと」

 ヒカリは来ていたピンク色のジャージをおもむろに脱ぎ始めた。メグが慌ててアレクの目を塞ぎ自分も目を閉じる。

「着替え完了―。じゃあ始めよっかな」

 彼女はYシャツにネクタイ、ミニスカニーソのいつもの『勝負服』姿に変身。そして。

「ハンマーヘッドオン!」

 側頭部にハンマーヘッドシャーク(シュモクザメ)の人鮫である彼女ご自慢の、赤く輝くハンマーが現れる。普段の戦闘の時などに出現するものよりも遥かにでかくて太い。

「いっくぞー! 出力八十倍――!」

 ハンマーヘッドには我々の知るシュモクザメの頭部と同様にたくさんの小さな穴――ロレンチーニ器官が存在していた。そいつから――。

「ロレンチーニオーバードライブ!」

 赤色の電撃がほとばしる。サブマリンの壁をすり抜けて拡散し、真っ黒な夜空を赤いジグザグの閃光が埋め尽くす。

「すごい……」

 まるでこの世の終わりのような光景だった。

 普段ヒカリにつっかかりがちなメグも思わず感嘆の声を上げる。

「これ……どこまで届いてるんだ?」

「ブルー・リージョン全体をカバーしてるよ! いずれは他のリージョンまで届かせて見せる!」

 それから。ジグザグにうごめいていた閃光は細い一本の線となり、やがて消えた。

「接続完了! じゃあ放送始めようかな! ささ。目ぇ閉じて」

 アレクとメグはゆっくりと瞼を下ろし意識を集中させる。すると。瞼の裏のスクリーンに『ハンマーヘッドチャンネル』というポップな描き文字とデフォルメされたヒカリのイラストが描かれた静止画が表示される。さらに。

『旧鮫歴七六八年はブルーリージョンの歴史にとって最大のターニングポイントとなった』

「……ん?」

 アレクとメグは同時に首をかしげる。

 スクリーンにモノクロの海を空撮した映像が映るとともに、渋いおっさんのナレーションが聞こえてきたからだ。

『ブルーリージョンから一方通行でヒューマンリージョンへと繫がるワームホール『カルカドトライアングル』が開通したからだ』

 ナレーションはさらに続く。

『これによりブルーリージョンからヒューマンリージョンへ移住するもの多数。あまりに増えすぎた『鮫口』が落ちついたことにより食糧問題が解決。人鮫族の未来は明るいように思われた――が』

「おい。ヒカリこりゃなんだ?」

「なにってオープニングムービーだよ」

「おまえが作ったの?」

「童貞の動画職人にいろんなものチラつかせてタダで作らせた」

「かわいそうに。おっぱいぐらい触らせてやれよな」

『旧鮫歴八〇三年ごろ。『一方通行』のはずがどういうわけかヒューマン族がブルーリージョンに大量に流入。ヤツらはそのままいつき、その発達した脳味噌によって身に着けた技術力により一大勢力となる』

 スクリーンにはライフルを持った人間とサメが闘うモノクロ映像。

『そして旧暦一二六七年。ヒューマン族はあの忌まわしき『ソウル・サモン』なる超技術を身に着けた』

「……けっこういいじゃないか」

「でしょー? メグたんわかってる」

『これにより強力な戦士が多数誕生した。その内の一人が『勇者』フィン・ドーベルだ』

「――!」

 画面にはサラサラの髪の優男の映像。メグはギリギリと歯を軋ませる。

『ヤツは数百とも数千万とも言われる人鮫族たちを殺した。そしてついに昨年。旧鮫歴一三〇六年――』

 CGで作られた鮫魔王が画面に現れ勇者と対峙する。そして。

「や、やめろーーーーー!」

 メグは喉を引き裂くような声で叫んだ。

「おいヒカリ! 悪趣味だぞ! 映像止めろ!」

「もう止められないよー♪」

 勇者の剣が魔王の胴体を貫く。大量の血が噴きだす。

「……ちっ。なに考えてるんだ」

「いいじゃない。こういうのが戦意高揚になるんだって」

「いや。そのとおりだ。珍しく正しいことを言う」

 メグはボロボロと涙を流しながら爪を両手に食い込ませていた。ボタボタと血が垂れる。

 アレクは腕を組んで舌を打った。なおもオープニングは続く。

『こうして覇権を奪い取ったヒューマン族は人鮫族たちを徹底的に虐げた。ヒレだけ切り取って捨てるフィニング。大勢の人間の前で内臓を晒して肉を斬り刻む解体ショー。サメの口を便器がわりにするサメトイレ。サメサンドバッグにサメ足ふきマット、ワルガキの定番な遊びといえば死体に爆竹を突っ込んで爆発させるフカボンバーだ。さらにド変態向けにはサメストリップにサメ女体盛り、あげくの果てにサメTENGAにサメワカメ酒、サメキラーコンドーム、サメキラートマト、サメ大日本プロレスにサメラーメン次郎』

 ……正直聞いたことないのもいっぱいある。とアレクは思った。

『もはやわれわれ人鮫族には安住の地は存在しないといってよい。海の底までも勇者たちは追い駆けてくる。リージョンを移動しようにもカルカドトライアングルは勇者によって封印されてしまった。ヤツらは一匹残らず人鮫族を殺すつもりだ。わずかな生き残りは僻地に潜みただただ脅える毎日を送るしかなかった。だが!』

 BGMが勇ましいものに切り替わる。

『その数は少ない。確かに少ない。おそらく一〇〇〇にも満たないであろう。だが。われらはこの地獄のような世界で生き抜く強さと強運を持ったエリートである! そしてそれを束ねるものたちが現れたとき!』

 どこかで見たことのある三人のシルエットが現れる。そしてズドン! という効果音とともに勇ましい筆記体の大文字が目に飛びこんでくる。

『一三〇四年 歴史は逆行する!』

 一瞬だけ三人の姿が表示されてオープニングは終わった。

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