第76話 金を配るから

殺した理由は、金を配りだしたから。

あんなにいい男だったのに、

おかしくなってしまった。


『病気なんだから、介護認定を受けて』


息子の嫁はそう言ったけど、具体的に、

なんかしてくれたわけじゃない。


あたしは勇気を出して、

手市役所に電話をした。


職員さんがやってきた。

夫は言った。


『あれは、偽物だ。

オレオレ詐欺だ。

帰らせろ』。


職員が帰ってから、夫は、

『介護認定なんか受けたら、毒入りの注射を打たれて、

殺される』って言った。


あたしは、それを信じた。


だけど、あんた。

あたしに殺されるくらいなら、

こんなに老醜をさらして、

テレビにさらされて・・・。


ああこんなことになるのなら、

介護認定を受けて、

注射をしてもらったらよかったね、あんた。


どうして人生の最後は汚れるの。


頑張って生きて来て、

どうして最後が悲しくなるの。


あたしはあの世に行ったら、

神様に抗議するつもりだよ。

こんなシステムは、やめろ、と。


一日何回ものあんたの『お着換え』。

こんな猛暑に、暖房をつけて、

夜中に何度も起こされた。


『お着換え』で。


だけど、そんなことは良かった。


あたしはガッツがある女だから、

乗り越えようとした。


しかし、だ。


近所の女に金を配りだしたから、

もう嫌になったんだ。


一万円を折りたたんで、

ティッシュに包んで、

配っていた。


だから、もう、あたしは、

農薬を、コーラに混ぜて、

飲ませてしまったんだ。


我慢ができなかったんだ。


嫉妬心?


違うね。


鏡に映ったやせサバらえたあたしを見たのが理由だ。


あたしは、こんなあたしの日々を、

終わらせたかったんだ。

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