第71話 MY TURN

アメリカレーガン大統領のナンシー夫人が、

『マイターン』という本を出したとき、

(なんかいい)

って思った。


どけよ、だんな、あたしの番だよ、こんどは。


みたいな出るよ出るよ感が好きだった。


で、あたしの『ターン』はいつ来るのかと思っていたけど、

永遠に来なかった。


旦那の、子どもの、姑の、親の、上司の、

陰であたしは、へらへらしていた。


ゴミを拾うのはあたし。

髪の毛を拭うのはあたし。

命令されるのはあたし。

かっこいい仕事や、

すてきな肩書は、

あたし以外の誰かのものだった。


あたしが『陰』にいるのは、

表舞台に立つ、

『主人公』がいて、

その人たちのために、

あたしはゴミを拾ったり、

命令されていると思っていたの。


ところが、だ。

みんな死んでしまって、

あたしの目の前にあるのは、

きらきらした表舞台だけとなった今、

あたしは、何もできなかった。


『どうぞ』


『あなたの番です』と

舞台がいうのに。


できれば、あたしはゴミを拾っていたいのだった。

命令されたことだけをしたいのだった。


何もできないのだった。

由々しきことだった。


そこであたしは、

とりあえず、

死ぬ前に、

表舞台に立った。


『立つこと』

だけなら、

電柱だってできるから。


するとどうだ。

あたしは、突然、歌い始めた。

わけのわからない歌を。


もちろん、観客はいない。

誰かが通りかかっても、

空気を見るような顔をした。


それでも、あたしは、歌った。

魂が震えた。


『マイターン

今がマイターンマイターン

マイターン』


マイターンという歌をとりあえず、

毎日歌っている。

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