第5話 志村美希

旦那は本当に冷たい人間だと思う。


『ポカリでも買ってこようかなあ?』

誠がこちらを見て尋ねるが、そう思うのなら確認なんかせず早く行けばいいのにと思う。


『やっぱり病院行った方がいいですって!』

と中里。


『…行ってきます。』と山口。


『いやだから自分の運転じゃ危ないですから僕が!』

何故か頑なな中里。


そしてただ傍観する夫、誠。

この男は冷徹だと思う。



介護士のこの男の穏和な性格に惹かれて一緒にはなったものの、蓋を開けてみればこれだ。

息子の出産や卒園式では泣かなかったこの男が、愛犬がはねられた時にだけは涙を見せた。

確かに誰よりも溺愛していたのだが。


要するに他人の感情に鈍感なのだ。

これでよく老人の介護が勤まると思う。


「無頓着」と「穏和」の見立て違いをする自分もどうかと思うが。


『うん、その方が良いと思う。』

私は誠に言った。

『小銭くれる?』

舌打ちは心の内に留めた。


私は経済力のない男とは合わないと感じた。

元々は、ただ穏やかな生活に憧れていた。

多くは望んでいないつもりだった。

 

ただ普通に、お庭のあるマイホームがあり、子供には習い事をさせてあげて、毎日旦那の帰りを待つ普通の生活。


だがその「普通」を実現とさせるのは、穏和な男(実際はちがったが)ではなく経済力のある男だったのだろうと思いしった。


現実は、マイホームは庭無しの建売が精一杯。七歳になる息子には習い事は愚かおもちゃすら満足に与えられない。

旦那の帰りを待つ生活どころか共働きを余儀なくされ、挙げ句旦那は私より帰りが早い日もある癖に家事すらやらない。


『私、病院についていきましょうか?』

ついに私は提案した。

『美希さん免許は?』

織絵が尋ねた。

『いや、ないので、付き添いで。』

『それじゃ意味ないから、僕が行きますよ。』

中里に突っぱねられた。

その提案が却下されてるから折衷案を出したんじゃないか。


この中里夫妻には馬鹿にされている様な気がしてならない。


『ウチはまた残業代カットだのボーナスカットだの言ってるのよぉ。志村さんとこは安定してていいですね。』

一度織絵にこんな厭味を言われたことがある。


なにが安定だ。ずっと低空飛行の家庭に対して。

飛べない飛行機に『落ちなくていいわね』と言う様なものじゃないか。


『ポカリお待たせ。』

誠が帰ってきた。

『大丈夫ですか?飲めます?』

誠は山口の傍らでポカリを進める。蓋を開けてあげもしない。

本当にこの男は。


しかしなぜこの鈍感男は毎度毎度このような集会を開きたがるのだろう?


多分皆は、私がやりたがっていると思ってるのではないだろうか。

それはそれでえらい迷惑だ。


確かに最初は、ご近所付き合いに憧れていたのは認める。

が、今は織絵と顔を合わせるのも苦痛だ。



まさか、誠は「探り」を入れるために皆を集めているんじゃないだろうか?


いや、それはない、この鈍感男に限って。

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