絶望の夜~狂信者は語る~羅賀 紅月の追憶

「私が教えて差し上げましょう!あなたの母方の祖父母とあなたのご両親の犯した大罪を!あ、申し遅れました。私『世界幸福教会』2代目教祖の麻倉彰幸と申します」


聞いたことのない宗教団体だ。

『世界幸福』などと言っているが、この男たちからは邪な雰囲気しか伝わってこない。

だいたい、男の言う大罪とは何なのだろう。

父さんと母さんが犯罪者なわけなど絶対にない。

怪しい宗教団体の教祖が言うことだ。

言いがかり、もしくは妄想にすぎないことだろう。


「父さんも母さんも普通の人だよ!人を傷つけるような悪いことなんて絶対にしない!いいからさっさと二人を解放して!」


少し声を荒げて麻倉に詰め寄った。


麻倉は「ふむ」と言ってフイッと背を向けて、父さんと母さんに近づくと父さんの髪をグシャと掴み、引き上げると父さんが「ぐ…あっ!」と呻いた。


「こいつとこの女と女の両親は罪人なのですよ。何せ我々の神の御告げに従わず邪魔してきたのですから。それに…それにぃい!!」


麻倉の様子が変わった。逆上している?


「この!この女の両親は!紅月さん!あなたのお爺様、お婆様はぁ!!私の…私の父上を!神に等しい存在を!愚かにも!残酷にもぉ!殺めたのですからぁあ!これを大罪と呼ばずして何とするぅ!」


麻倉は母さんの髪を掴み、床に叩きつけ、喚き散らすように叫んだ。


お爺ちゃんとお婆ちゃんが人を殺した?

そんな…まさか。

信じられない。けどまだ。事実だとは限らない。

事実だったとして何故そうするに至ったのか?

それを確かめなくてはならない。


「信じられない。あんたの言葉をあたしはまだ信じない。だいたい、それが本当だとして何故?何故お爺ちゃんやお婆ちゃんがあんたのお父さんを殺さなきゃならないのよ?そうしたのが事実だとしても…正当防衛とか?どうせ今のあんたみたいに乱暴なことでもしたんじゃないの!?」


あたしは強気に言葉を列ねて麻倉に真実を問うてみた。


すると、麻倉は「そうですか…なるほどなるほど。わかりました」と言ってニヤリとし

「斗真さん、朱里さん!あなた方、何ひとつ真実を告げずに紅月さんを育ててきたのですねぇ!?実の娘を欺き、普通の良き両親を演じ、今日まで幸福を演出し続けてきた。本当にお疲れ様ですねぇえ!!」


欺いてきた?演じてきた?

あたしは意味がわからず更に困惑していた。

だけど、こいつ麻倉彰幸の言葉は鵜呑みにするわけにはいかない。


クルリとあたしのほうを向いた麻倉は更に話を続けた。


「いいですか?紅月さん。あなたの母方の祖父母は殺し屋を生業としていたのですよ。そしてその娘であるあなたの母、朱里さんも。婿養子になった斗真さんもまた同じく。そう!なんたることでしょう!あなたの家族は皆、みーーーんな人殺しなのですよぉお!!」


あたしは麻倉の口から聞かされた言葉の数々を何一つ飲み込めなかった。

頭が追いつかず、心が全て拒否している。

わからない。こいつは何を言ってるのだろう。


「父さん?母さん?…本当?…全部本当なの?」


震える唇でなんとか言葉を絞り出し、父さんと母さんに聞いた。


「…本当だ。俺も母さんも母さんの両親も殺し屋だった。殺しが正義だとは言わない。だが、放っておくわけにはいかない悪人どもを誰かが裁かなければいけない。…警察も目を瞑っていた。依頼がくることもあったんだ」


警察から依頼されることもあったという。

信じられない話だが、祖父母の世代、いやもっと遥か昔からそれほど世界の闇は深かったのだ。


父さんが話を続けた。


「突飛な話に聞こえるだろうが紅月、聞いてくれ。この世には異能力や呪いというものがある。魔女の生き残りが存在していて、その魔女から呪いの刻印を刻まれることで力を授かるんだ。それを私利私欲のために使う連中。そういう奴らを先代、母さんの両親、そのまた両親から代々裁いてきた。その刻印が父さんと母さんの体には刻まれている。俺たちは法や警察の力の及ばない悪人達を処刑してきたんだ」


物語の話を聞いてるようだった。

なにもかも直ぐには受け止められず、ただ父さんの目を見て聞くことしか出来ずにいた。


続いて母さんが語りかける。


「だけどね紅月。母さんも父さんもあなたが生まれてからは殺しをやめたの。あなたを抱く手、育てる手はこれ以上汚してはいけないと思ったから。結果的に世の中の犯罪は増えてしまったのだけど。あなたの為にどうしても続けたくはなかった」


『人殺し』

そう捉えるのが社会的な意味では現実なのだろう。

だけど父さんと母さんが手にかけてきたのはどうしようもない悪人ばかりだろう。

これは断罪なのではないか。

父さんも母さんも、そして祖父母も優しい人たちだというのがあたしの中の揺るぎない真実なのだ。


「こいつの親は…何故殺したの?」


麻倉が言う神に等しい存在、つまり麻倉の父であり先代の教祖がどんな悪事を働いていたのか問うた。


「人身売買だ。子供ができる年齢の少女、女性ばかりを拐い、売っていた」


目的を考えるだけで吐き気がしそうだ。


処刑されても仕方ないような男だったことは明白だ。


すると、ニヤニヤしながらあたしたちの話を聞いていた麻倉が突然に口を開いた。


「違う違う!違いますよ!人身売買などという品の無い言葉で片付けないでいただきたい。新たな命を宿すことができる素晴らしい器。それを有効に活用して、どんどん優秀な遺伝子を持った子を量産して世に貢献させる。少子化なんて綺麗さっぱり解消させる。こんな素敵な計画を人身売買なんて…あんまりじゃないですかぁあ?」


あたしは女性が便利な道具であるかのような物言いに不快感を覚えた。

何処の誰かわからない男の子供を無理矢理産ませることのどこに素敵な要素があるというのか。

言葉の隅々までがあたしには私利私欲に溢れてるように感じた。

貢献だの少子化解消だのは上っ面だ。


「やっぱりあんた、外道だよ。あんたのお父さんもね。処刑されるのが妥当だったと思う」


バシンッ!!


強烈な衝撃と痛み、熱が頬に走った。

口の中がじんわりと鉄の味で満ちていく。


フーッフーッと息を荒くして麻倉が血走った目であたしを睨んでいた。


「父を!神を愚弄することは許しませんよ!紅月さん!」


頭に血が上った麻倉はあたしに思い切り平手打ちをしてきたのだ。


思わず睨み返したあたしに


「…取り乱しました。大事な商品を傷つけてはいけませんね。冷静に冷静に。平静を保たねば。フフ」


商品?今…


確かに奴は言った。あたしのことを商品と。


目的を悟ったあたしの背にゾクッと寒気が走った。

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