8‐3 作戦コード000
絡みつくような視線を感じて、レンがそっとつぶやく。
「俺にも、わかんねぇよ」
チハルは上ずった声で聞くけれど、動揺しているのは同じなのだ。
ただ一つ違ったのは、今やるべきことを、はっきりと見据えられたことだった。レンの考えを代弁するかのように、管制塔から命令が出される。
「一、三号機、ポイントXに向かって引き続き進行。ほかの職員は、すぐさま救助に向かって。最優先事項よ」
重い空気を切り裂くように、指示を飛ばすカオリ。次いでミオコが、
「落ち着きなさい、レン、チハル。アズサは私たちが、必ず助けるわ」
と、力強く諭した。違えることのない、本物の約束を交わす時の声に、少しだけ気持ちが和らいだ。
「行くぞ、チハル。命令に従うんだ」
ヴァロ一号機を前進させると、つられてチハルも動き出した。しかしうつむいたまま、腑に落ちない顔で尋ねてくる。
「助けなくていいのかな。アズサに一番近いのに、放り出したりなんかしていいのかな」
レンが、ふり返る。
「迷ってるのか、俺の行動に」
「だっていつもなら、人に嫌がられるぐらいに関わってくるだろ?優しくて、人をほったらかしにできない」
「褒めてくれてありがとよ。でも今は、本当の意味で、アズサのためになろうとしてるつもりなんだ」
「え、どういうこと」
「あいつを救うには、任務を遂行するべきだと思ってるのさ」
遥か彼方の記憶なのに、鮮明に思い出せる。レンがかつてアズサに、戦うのは怖くないのかと尋ねた時のことだ。
「私の信念はね、生きているのを楽しむことなんだよ」
最初は、いきなり何を言いだしたのか、わけが分からなかった。けれど語られるうちに、彼女の生きざまに引き込まれていった。
「信念を叶えるために、ヴァロに乗るの。ミッションを成功させたときが、一番楽しいからね」
「それまでが、怖いんじゃないの?」
「怖いよ、もちろん。でも頑張って戦えば、みんながほめてくれる。私の変な能力なんて関係なく、生きられるんだよ」
彼女の顔は、はじけるような笑顔だった。「こんなにスゴイことないっ」とでも言わんばかりに、心からの幸せを感じていた。
プリーシンクトは、怖くて、冷たくて、残酷なところだ。レンは幼いながらに、プリーシンクトにも組織的な暗さがあることを知っていた。時に姑息な手を使うことも、それらを取り繕い、闇に葬り去ることもある。正義を唱えるならば断固反対すべきだろうが、年端も行かない子供に、何ができるというのだ。そう諦めをつけて、ただ一人汚染獣だけと戦い続けてきた。アズサも同じだろう。すべてを知ってなお、わずかな光、生きる楽しさを求めて身もだえしている。
いや、違うかもしれない。そんな大仰な言葉じゃなくて、もっと近くにある言葉で言い表せるはずだ。なんだろう。今も分からないままだ。
でもアズサが、暗闇の中で喜びを感じられる人であることは確かだ。それがとても素敵なことに思えたのも、今も同じように思っているのも事実だった。
「作戦を成功させることは、あいつにとっての信念、一番の望みだ。一番望んでいることを代わりに叶えて、アズサを助けたい。まず命を助けなきゃ意味はないけど、それは司令部にもできる。俺たちは、俺たちにしかできないことをするべきだと思うんだ。いや、しなくちゃいけないんだよ!」
話しているうちに、言葉に熱がこもる。感情がほとばしる。でも、制御できない。余裕を取り戻したと思っていたが、まだ心のどこかで狼狽えている、怯えている。
もう、何年になる。少なくとも人生の半分は一緒にいる友達、仲間だ。そんな人が怪我を、もしかしたら死に絶えてしまうだなんて、考えられるわけがない。ましてや、未練を残したままなんて―
だから!
「絶対助けてやる。待ってろ、アズサ」
レンは燃え上がる決意を込めて、しかし感情に流され、弱々しく震えながらつぶやく。
そのあまりに小さな声は、チハルには届かなかった。
「進もう」
とまた一歩踏み出した矢先、
「左手より―」
聞いていられたのは、ほんのわずか。汚染獣が藪から飛び出してきた。
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