ドラゴンが居るんだ

 握り締めていた手を開放した国王が、椅子から立ち上がった。

 何故かこっちに対して背中を見せ、軽く首を傾げている。


「まず何から話そうか?

 そうだな……お前がこことは違う異なる世界から来た者であるという認識で、間違いは無いな?」

「はあ。たぶん」

「なんだ? 歯切れの悪い」

「だって目を覚ましてから……目を覚ました場所とこの部屋しか見て居ないので、地球じゃ無いという確信が持てません」

「ちきゅう? 不思議な国名だな」

「あっ。国名じゃなくって星の名前です。国名は日本と言います」

「星? 星の名だと? ……まあお前の世界の話はいずれ聞くことにするが、まずはお前の言う『にほん』とやらの国を儂は知らん」

「そうですか」


 知らないなら、たぶんここは僕の知らない世界で良いはずだ。

 こんな中世な感じの国が存在してればテレビのバラエティー番組が放っておくはずが無い。

 それに国王様が言ってた"ユニバンス王国"なんて国名も知らないしね。


「まあこの世界がお前の住んでいた世界と異なるのは追々分かるだろう」

「はい」

「まずお前に知って欲しいことは、この国が……この世界が、結構危険な状態だと言うことだ」

「危険なんですか?」

「ああ。危ない」


 背中を向けて語る国王様がうんうんと頷いている。


 もしかして背中で語る男を演じているのかな?


「簡単に言うと、ここ10年で近隣の他国が争いでは無く二つほど滅びた」

「危険度が分かりません」

「……その10年より前に戦争以外で滅びた国は、約150年前まで遡る」


 結構危険な状態だと分かりました。

 150年間も起きなかったことが、10年で2回もだなんて。怖いな。


「その原因は『ドラゴン』だ。お前はドラゴンを知っておるか?」

「ドラゴンですか? えっと……硬い鱗と翼を持ってて空を飛び交っては火を吹くみたいな?」

「うむ。知っておったか。どうやらドラゴンは何処の世界にも居るようだな」


 いや居ません。空想上の生き物です。ある種のラスボスです。


「そのドラゴンが突然増えて国々を襲っているのだ」

「なるほど」

「もちろん我が国も襲われているが、この大陸屈指の重装歩兵を擁する我が国の防衛力はとても高い。故にまだ滅びることは無い」

「なるほどなるほど」

「だがどんなに硬い盾や鎧があっても、ドラゴンを仕留める武器が無い。だから追い払うことは出来ても討伐が出来ないのが我が国の悩みであった」


 この世界に矛盾の話は存在しないらしい。

 まあ普通どちらかを求めれば、どちらかは精度が落ちてしまう物だ。


 防御力を求めたこの国の方針は、個人的には好きかな。


「それを解決するために……一部の大臣と将軍たちが手を結び、ある計画を実行していた」

「計画ですか? 謀反とか?」

「儂は誰からも愛される国王だ。そんなことなど起こらん!」


 力強く断言した。

 父親(仮)が良い王様なら息子をする身としては嬉しいかも。


「……過去に数回だけだ」

「あったんだ」

「うむ。あの頃は儂も若くてな……ついあっちこっちの娘に手を出してな」

「そんな理由? 口説いた結果が内戦とか終わってない?」

「『子作りも治世も外交も全力で!』が儂の信念だ!」

「子作りが最初に出てくるあたりダメでしょう?」


 まあそれでも今が安定しているなら良いかな?


「まあその話は冗談だとしておこう。今もたまに思い出す王妃と喧嘩になるのだ。

 ……話を戻して、その一部の人間が孤児を集めて対ドラゴン用に鍛えたのだ。

 結果としては成功したとも言える。ただ生き抜いたのは一人だけだ」

「……後の子は?」


 フルフルと国王が左右に顔を振った。


「過酷な訓練に耐えきれず命を落としたと報告を受けている。

 知らなかったとはいえ国王としては許せん所業だ。関係者は全て罰を与え、鍛練場の在った場所には慰霊碑を作った」

「……」


 女好きらしいけど優しい国王様だな。


「子供は……特に娘は育たねばどうなるか分からんと言うのに、あの馬鹿共は成長する過程を暖かく見守る楽しみをまったく理解していない」

「薄っすら感動していた気持ちを返して貰えますか?」

「何のことだ?」

「いえ。もう良いです」


 この人の女好きは根っからだ。


「そこで生き残り……たった一人の少女を遊ばしておくわけにもいかず実戦投入したのだが、それが恐ろしいほどの戦果を挙げてな」

「生き残りって女の子なんですか?」

「そうだ。ノイエと言う長い白銀の髪と白い肌がとても美しい女性だ。

 儂としてはもっとこう……豊かな尻の女性が好みであるのだがな。ただあの尻の形は素晴らしい」


 王妃様~。ここで悪い虫を見せている旦那さんが居ますよ~。


「だがとにかく恐ろしい。

 表情一つ変えずにドラゴンを駆逐していくその姿に、我が国の誰もが恐れおののき縮み上がってしまう。儂も一目戦う姿を見て縮み上がった。

 本能が訴えかけて来たのだ。あれは何かあったら、股間の縮んだ物を物理的に引き抜くことを躊躇わない女だと」


 つまり怖くなって手を出せなかったのね。


 と、背中を見せていた国王がこちらを向いた。


「だがこの国で唯一と言って良いドラゴン殺しドラゴンスレイヤーだ。他の国に奪われたく無い。

 王族の一人として迎え入れようとしたのだが……皆が断ったり、政治的な都合で結婚出来なかったりと問題が続出なのだ」

「断る理由は?」

「恐ろしいからだ。顔色一つ変えずにドラゴンを引き千切る姿を想像してみよ? 恐ろしいであろう?」


 パッと思いついたのが……ドラゴンを引き千切る身長2メーターくらいの筋骨隆々の大女だ。そんな女性が好戦的な笑みを浮かべてドラゴンにキャメルクラッチをお見舞いしている姿も浮かんで来る。


 確かに怖い。


「とにかく打つ手が無くなってしまってな……最終手段で、宰相が弟である三男に結婚を命じた」

「つまり僕ですよね?」

「そうだ」


 また国王が背中を向けた。


 このタイミングでそれをするってことは、段取りを間違えて速く背中を向けちゃったのかな?

 意外とお茶目さん。


「色々とあってな……毒を飲んで命を絶った」


 僕の結婚相手って、そんなに怖いんですか?




(c) 甲斐八雲

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