幽霊でした

 時刻は午前三時。草木も眠る丑三つ時。


 榊原さんって普段からこんな凄い下着を履いてたんだ。だから男子人気が高かったのかな?

 ってどうしてブラがあんな所に転がってるの? 意外と片付けとか出来ない人だったのかな?

 うわっ……これって同人誌だよね? 男の人同士が抱き合っているような……無理無理無理。そんな太いのを押し込むとかフィクションでしかあり得ないからっ!


 忍び込んだ女性の部屋……と言っても決して邪なことを考えての行為じゃない。

 それに現行の刑法で僕を取り締まることなんて出来ないから。


 フワフワと部屋の中を彷徨い、つい女性の部屋だからとテンション高く見渡してしまった。反省。


 一応彼女の寝返りで転がってしまっている布団を直す努力をする。

 部屋に置かれている小物が何個か動いたり、床に転がったりしただけだった。


 幽霊って本当に不便だね。


 とりあえずベッドの上でお尻を半分ほど出して寝ている彼女に手を合わせて謝っておく。


『ごめんね榊原さん。頑張ったんだけど布団が動かせなかった。

 あと下着はそんな紐みたいなのじゃ無くて面積の大きい方が良いと思うよ。冷えるから。

 それと同人誌はちゃんと隠した方が良いよ。母親に見つかって机の上に置かれていると凄く気まずいからね? そもそもあれは高橋君が置いてった物で僕のじゃ無かったんだけど、『小5のたくみくんが読むには早いと思います 母より』とかメモ付きで置かれていた時のあの気持ちが分かる? 一週間以上顔を合わせられなかったんだから!

 って何の話だっけ?

 そうそう。えっと……いつも元気で明るかった榊原さん。どうぞお元気で。

 追伸。佐々君の部屋に貴女宛てのラブレターがありました。送るかどうかは彼次第です』


 心の中で念じて目的の物を探す。


 机の上に転がっているスマホを見つけて手をかざすと、何故か画面が点く。それもロックまで解除されてだ。お蔭で皆にお別れの言葉を残していける。

 念じるだけじゃ伝わらないみたいだしね。当たり前か。


 僕の葬式に来てくれたクラスメート全員の部屋を回るのは大変だったけど、大半は地元の人だし県外からの人は寮生なのでどうにかなった。


 えっと、


『さようなら 高梨』


 これで良し。折角来てくれたのに挨拶一つしないのは心苦しかったからね。思い残すことは何もない。


 榊原さんの家をふよふよと抜け出し……そこで改めて困る。


 どうしたら成仏って出来るのかな?

 そろそろ死神とか天使とか迎えに来ないのかな?


 空中で彷徨うこと暫し……今夜もやはり何も起きない。


 幽霊生活10日目。

 僕は今後の方針に置いて絶望的な感覚に陥っていた。


 このままずっと幽霊として彷徨うのは嫌だ。


 良いことと言えば……何処にも入りたい放題なことぐらいかな? 映画館にも誰に気づかれず忍び込める。ちょっと冒険してショッピングモールの女性の下着売り場とか堂々と見て回れる。

 流石に試着室の中とか女子トイレとか女子更衣室とか女子風呂とかは……見たいけど見れないチキンな僕です!


 頑張ってスーパー銭湯の入り口から女子の方を覗いたんだよ?

 でも誰も居なくって……何よりそれ以上進める勇気がなくって。幽霊だから大丈夫なはずなんだけどな。

 やっぱり恋人も無く童貞のまま死んだからかな?


 女の人がその……怖いです。


 恋人とか欲しかったな。幼馴染でも良かったけど僕って転校して来たから。

 でも結婚して幸せな家庭を作りたかったな。

 うちは色々とあったから……決して悪くは無かったけど、片親だったのは寂しかったな。


"あ~。相手なんて誰でも良いから結婚してみたかったな"


 いじいじと膝を抱えて彷徨うことしばらく、すると不意に空に明るい光が見えた。


 今日もまた夜が明ける? あれ? あっちの山は西だよね?


 神々しい光は西の山の方に見える。と言うことは日の出じゃない。知らない間に太陽が西から昇るようになったのなら……昨日も東から昇っていた。


 ぼんやりと眺めて居ると微かな音が聞こえて来る。

 興味を持ち近寄りながら耳を澄ますと、『見つかりました!』『逃がすな! これが最後の機会だ!』『もう外れとか許さねえ!』『次に外れだったら、その魂ごとグチャグチャにしてやるぅ!』と……男性の怒気をはらんだ物騒な言葉が並ぶ。


 何をそんなに怒っているのだろう?


 危ないから離れようと思った瞬間、その光が突然僕を吸い込み始めた。


 いや~っ! 何か良く分からないけど色々と危ない気がする! さっき聞こえて来た会話からすると絶対掘られるって! 僕のお尻が大ピンチだっ!


 幽霊だって頑張れば出来ると、全力で抵抗するが……じわじわと光が近づいて来た。


 この~っ! これがサイクロン式の吸引力かっ! うちの掃除機はパック式だったからこんなに強くなかった!


 部屋の隅で固まっている埃の気分を味わいつつ、僕は光の中へと吸い込まれた。




 こうして僕……高梨匠たかなし たくみは、地球での活動を完全に終えたのである。




 匠がクラスメートに残したメッセージは、怪奇事件としてしばらく街中を恐怖のどん底へと突き落し……テレビの取材などが殺到した。




(c) 甲斐八雲

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