満潮伝説

「十三冊目……」

「こりゃレーヴの伝統料理のレシピ本じゃ」

「これは! 十四冊目!」

「MOMO-TARO 2two

「「かみんぐすーん」」

「――って何関係ないものばっかり盗って来てんのよ!」

 どこかで聞き覚えのあるような無いようなやり取りを終えた瞬間、我慢できなくなって口から槍を飛ばした。鋭く彼らの心臓をぶち抜きなさった事だろう。

 何よ、かみんぐすーんって……。

「そーじゃそーじゃ!」

 兎爺はこちら側だ。さっき懐から取り出した円い金縁眼鏡をきらりと輝かせて彼らに偉そうに言う。

「文字読めないんだもん、仕方ないだろ!?」

「それなのに本盗んでたの!?」

「言ってなかったっけ?」

「言ってないよ! 目的もはぐらかされたまんまで結局聞いてないし」

「十五冊目は。十五冊目はどうですか」

 兎頭くんは相変わらず礼儀正しい。

「それは俺が今日選んだんですけど」

「うむ、これは……そうじゃな、『満潮伝説』じゃ。使えるのはこれ位ってとこじゃの」

「えー」

「っしゃ」

 流石大将。

 有能かどうかで考えたら兎頭くんの圧倒的勝利だわ。――言うまでも無いけど。

「それでそれで、改めて聞くけどその『満潮伝説』っていうのは何なんですか?」

「うむ! 浬帆ちゃん良い質問じゃ!」

「そうか……?」

「そこのピンクの兎はだあっとれ!」

「……」

 兎爺も強いのかも知れない。

「さて。話が逸れてしまったが、『満潮伝説』というのはこの世界に伝わる有名な伝説じゃ。今から読み聞かせをしてあげよう。――おーい、今から『満潮伝説』を読み聞かせしてやるから動物頭達も良かったらおいでなさい!」

「「わー!」」

 獣人の子やら動物の着ぐるみとかの頭を被った人の子やらが兎爺の周りに集結した。

 十人前後と言ったところだろうか。

 大人っぽい子が多いからここに集まる人数が少ないのか。はたまた少数精鋭なのか。

 ……多分後者だ。改めて敵に回したくない物騒な連中だと思う。

「うむうむ、集まったな。さて、昔々――」


 * * *

 昔々、地上の者と地下の者はお互いの存在を知り、共に交易をする仲だった。

 地上の者はその文明がもたらした利器を地下の者に与え、地下の者は魔法やまじない、薬草等の地上には無い神秘を与えた。

 互いは互いを尊重し合い、最終的には互いの世界に移住したりする者も現れだした。

 平和な時代だった。


 しかし不幸は突然やって来る。

 ある時、地下に薄汚れた人が降ってきた。右掌に奇妙な紋を刻み込んだ彼は酷く傷付き息も浅かった。何らかの理由で傷付けられ、命からがら逃げ出したのだろうと考えた地下の者達は、彼を病院に運び込み必死に看病した。――しかし、それがいけなかった。

 彼は目を覚ました瞬間恩を仇で返すが如く呪いでこの地下の空気を汚し、黒いどろどろを右掌から吐きながら地下の者達の前から姿を消した。

 暫く呆然としていた地下の者達だったがそのどろどろを片付けようとした所、それが取り返しのつかない恐ろしい呪いの始まりである事を察した。

 どろどろが彼の心臓に触れた瞬間、その者をどろどろが頭から呑み込み自身の栄養にしてしまったのだ。

 どろどろは化け物だった。

 恐ろしさから地下の者達は一斉にその場から逃げ出した。

 しかし不幸はこれだけでは終わらない。

 薄汚れた人が放った呪いの影響が移住してきた地上の者に及んでいた。地上の者は皆一様に、苦しそうにどろどろを口から吐いていた。


 後からあの薄汚れた人は地上の者達が後処理に困って地下に取り敢えず捨て置いた魔法使いであったことを知った。

 地下の者達は自分達の危険を何とも思わなかった地上の者達に激怒した。

 その魔法使いを地下の者達は『邪神』と呼び、その掌に刻まれた奇妙な紋を『ソーテラーンの紋』と呼んだ。そして、彼が残すだけ残して立ち去ったあの厄介などろどろを『陰』と呼び、以降再度似たような事があった場合はただじゃおかないと、決意した。


 * * *

「ソーテラーンの紋……? 一体どんなものなんですか?」

「おお、邪神よ。お前の右掌を浬帆ちゃんに見せてやりなさい」

「えー、見世物じゃないよ」

「人生に知らなくて良い事があろうともそれを知ろうとする人に文句をつける権利など無い」

「ちぇっ、兎爺は口が上手いんだから」

 そう言って焔はこちらに歩み寄ってその右掌を広げて見せた。

 ……何と形容すれば良いだろう。

 乾いた血のような赤茶色の細い線が掌いっぱいの大きさの紋を形作っている。

 まず上部に一つの楕円、そこには幅を持たせた三本の鳥の足のような線が入っている。その下に半分以下の大きさの楕円が、一部重なるように配置されており、その下に小さな二本の横線が入っている。そして上の楕円の下半分辺りから全体の真ん中を上から下に一本の線が貫いている。

 これがソーテラーンの紋の全体図だ。

 それにしても、これって……。

「どう? イカすだろ」

「イカすって……」

「こっから格好良く陰を出してさ! 浬帆を守ったりしたんだぜ? 近寄ってくる敵を薙ぎ払い、気絶している女の子を助け出す……! うん、良い展開!」

「う、うん……」

「……? 浬帆?」

 いつもならここでやれやれとか言いそうなのに何も言わない私を焔が不思議そうに眺める。

「食あたりした?」

「いや、そうじゃないんだけど」

「じゃあ――」

「おおい、終わったかの? そろそろ続きを話すんじゃが」

 焔がそう言いかけた瞬間、兎爺の言葉が会話を無理矢理遮った。

「ごめんごめん。続き、良いよ」

 焔も向こうを向いてしまった。

 ……。


 * * *

 そんなある日の事。事態が大きく進展する。地上に遊びに行っていた子ども達に面白半分で着いてきた男がいたのだが、その右掌にソーテラーンの紋が深く刻み込まれていたのだ。――地下の者達が邪神の件について警告をしていたにも関わらず、である。

 地下の者達は当然激怒した。

 地下に来た男を大公の城の地下牢に閉じ込め、そして今まで交易等のやり取りをしていた場所から地上に這い上がり、攻撃をしかけていった。

 それが世に言う「地上地下大戦争」である。

 しかし、地下に来た男は陰を吐き出すことは無かった。それにいち早く気付いたのが四人の獣人の子ども達。男に着いてこられたその子ども達であった。

 子ども達は知恵を出し合いながら地下牢の鍵を開けて男を解放し、彼をそのすぐ傍にある塔に案内した。そこには「三種の神器」と呼ばれる特別な魔法の道具が隠されていると言われていた。

 子ども達は彼がこの状況を何とかしてくれると信じていた。

 その塔は盗賊よけ、及び神器の適合者かどうかを見定める為の数々の試練があったが、彼は難なくそれらをこなし、最終的に「真実を見通す金縁眼鏡」、「魔を退く銀の指輪」、「悪を断つ銅剣」の三つを手に入れた。

 そしてこの世界の一番隅でそれら神器の力を解放し、彼は陰を全て浄化する聖水を生み出した。

 そして聖水で世界を満たし、地下に満たされた呪いから人々を解放し、その世界を救ったのだった。

 彼はソーテラーンの紋をその手に宿していたにも関わらず、全く陰を生み出さず、それよりも苦しむ周りの者達に心を痛め、救いの手を差し伸べた。

 それより彼はこの世界を救った「聖人」として「邪神」と対の存在として語られることとなる。


 * * *

「わー!」

「きゃー!」

 動物頭達の可愛らしい拍手が飛び交う。

「えへん! えっへん!」

 拍手をもらって更に調子に乗る兎爺。

「……で! この本を集めて何をしてるの?」

「うーん……邪神の力を借りないで故郷に帰る方法を探してるんだけどさ」

「何じゃ、何か不満か? 邪神」

「うーん、まあ」

「今なら心強い味方がおるから、喧嘩ならいつでも出来るぞ」

 兎爺の背後で兎頭くん以外の動物頭達が金属バットをジャキッと構える。

 ――ってやめれやめれ。

「そうじゃなくてさ……それじゃあ、いつもと同じじゃん」

「当たり前じゃろ、満潮伝説を読み聞かせしとるんじゃから」

「あれじゃ駄目なの?」

「大雑把過ぎるんだよね。どんな試練を受けたとかさ、人間の陰の仕組みだとかさ、そういう細かいとこ省いてるじゃん? もしかしたらそう書いてないだけで聖人は陰を吐き出す事が出来るかもしれないじゃないか」

「……? 聖人には元々陰が無いんでしょ?」

「言われてるだけかもしれない。それに邪神は普通の人と違って自分の意思で陰を出す事が出来るんだよ。彼も邪神かもしれないじゃん。……そうすると、このボクも聖人になれるって事かもしれないけどね」

「自慢になってねぇよ」

「兎頭煩い」

「事実だろ」

「言われなくたって分かってるし! そういうのは一々言わなくっても良いんだよ!」

「ほいほいほいほい、そこまでじゃ」

 また口喧嘩が始まりそうになるところで兎爺が割って入った。

「なら『いらないまち』の王立図書館に行くのはどうじゃ? そこならばもっと詳しい情報の載った資料が見れるじゃろ」

「ええー!? あそこに行くのー!?」

「相変わらず文句の多い神じゃの」

「だって殺されそうになってんだよ? ボク。で」

「動物頭達の頭を貸してもらえば良いではないか」

「んまあ、そうだけど……あ、でもでも、文字読めないじゃん! それじゃあ行く意味が無くない?」

「それなら問題ないわい!」

「どゆこと?」

「浬帆ちゃんにわしからとっておきのプレゼントじゃ」

 そうにかっと笑ってこちらにとてとてと歩み寄ってきた。

 な、何だろう。

「はいこれ」

 小っちゃな手が渡してきたのは先程まで本人がかけていた円い金縁眼鏡。縁に細かな装飾がしてあってお洒落。

「綺麗……」

「昨日そこの兎に眼鏡を破壊されたじゃろ? 代用品としてお使い」

「え! な、何で壊された事知ってるんですか!?」

「ワインレッドのフレームに近眼用のレンズじゃな」

「ど、どうしてそんな事まで……」

「因みにきゃつは左手で破壊しおった」

 細かい……。

「驚いたかの?」

「とっても」

「うむ、それがその眼鏡の凄い所じゃの。かけた状態で見た相手の真実を見通す事が出来るのじゃ。――それは勿論文章であっても例外ではない」

「真実を見通す」?

 何か聞き覚えがあるな。

 確か……。

「これってもしかして……三種の神器の内一つですか?」

「さよう、『真実を見通す金縁眼鏡』じゃ」

「ま、マジかよ!?」

 真っ先に反応したのは兎頭くんだ。実物を確認しようとこちらに駆けてくる。

「たわけ!!」

「ぐげぼっ!!」

 と、すぐに兎爺に足を引っかけられてずっこけた。

「何すんだジジイ!!」

 何分か前の礼儀正しさはどこへやら。兎頭くんは短気らしい。

「おぬしらにはもう自分のがあるじゃろうが! それに――」

「それに?」

「それに、この子ならおぬしらを助ける事が出来るやもしれぬ」

「ハァ?」

「……?」

 焔が真剣な面持ちで静かに問う。

「……」

 微笑むまま何も言わない。

「取り敢えず、じゃ。浬帆ちゃん、その神器は預けたでの。図書館の本の解読は任せたぞい」

「あ、は、はい!」

「それじゃ、わしゃ帰るぞ! じゃあね、レベッカちゃん、浬帆ちゃん! また会いましょおー、にょーほっほっほ」

「はぁーい! お気をつけて!」

 レベッカさんがその背中を元気よく(かつ上品に)見送った。

 いつの間にかあの山盛りカレーは跡形も無く消え去っていた。

(つづく)

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