町案内

「いーか」

 徒歩でぽちぽち歩きながら目的地まで向かう。

 少し距離があるからということで兎頭くんが話し出した。

「動物頭は『悪』の中の子ども達で構成された戦闘集団だ」

「前々から思ってたけど、その『悪』って何なの?」

「簡単にいやぁ、国家みたいなもんだな」

「国家……?」

 私が小首を傾げたのを見て焔が口を挟む。

「この世界はとても小さくてさ、故郷でいうところの一つの『県』位の大きさしかない。だから考えもそんなに多くないんだよね」

「多様性が無いというか、統一感があるというか……」

 兎頭くんが頭(?)をかいた。

「その代表的な考えがさっきのいわゆる『善』と『悪』ってわけ」

「それにはどんな違いがあるの?」

「『善』は全てにおける『良いこと』を模索する連中だよ。環境保全だったり、戦争の無くなる方法だったりを、しかも被害最小限でやるにはどうすれば良いか考えて行動する」

「『悪』は?」

「『悪』はもっと単純だし気持ち良いぜ。『悪』の行動信念はただ一つ。自分の正義に従って突き進むのみ!」

 背中に背負った金属バットを野球選手がやるみたいに明後日の方向に掲げる兎頭くん。余程この考えに心酔していると見える。

 でも……?

「それの何が違うの? それに私の知ってる善と悪とは違うんだけど?」

「分かってねぇなぁ! あいつらが好きなのは『善』。俺らの信念は『正義』だ」

「……?」

「あいつらは皆を救いたい。だから被害最小限で出来る限りの事を確実にやる」

「うんうん」

「俺らも皆を救いたい。でも被害最小限じゃない」

「ん??」

「全員救いたいんだ」

「んん……」

「うう……分からん奴だなぁ。だから……その、やってる事の違いと言えば……勇者とロボットって言うか……えっと……」

 全くもって違いの分からない二つの集団の考えの相違点に頭を抱える私に頭を抱える兎頭くん。(ヤヤコシイ)

「ははは……頭の悪い二人が無理に考えても無駄なんだからさ」

「「なんだって!!?」」

「生き様を見比べれば良いんじゃないか? どうせ短いにしろ長いにしろ、ここに浬帆は暫くの間いることになるんだし。今日は悪の町の案内に使えば良い。その方が早いよ」

「……」

「……」

「百聞は一見に如かず、だろ?」

「……」

「……」

「どうしたの?」

「兎の旦那。この天然タラシ、後で締めやしょう」

「乗った」

 背中に背負った金属バットを引き抜いて先の方をぽんぽんと掌の上でバウンドさせる。

 兎頭くんとは良い友達になれそうだ。


「おーい、帰ったぞ」

 暫くして辿り着いたのは「駄菓子屋 うさぎ」と書かれた看板がかかっているトタン製の小屋の前。何だかどこかで見た事がある気がする。

 中にある棚には見た事の無いようなへんてこりんなお菓子が並んでいる。

 食べたらどんな味がするのかな。

「おや……? おーい? おかしいな、この時間はぺんぎんとケントが店番の時間のはず――」

「てやあぁぁぁああ!!」

 そこまで言いかけた時、後ろから甲高い少女(というか幼女)の声が聞こえた。

 ……え?

「どけ!」

「ギャッ!」

 その瞬間私を後ろに乱暴に突き飛ばしながら兎頭くんが前方に勢い良く飛び出した。(吹っ飛ばされた私は焔に受け止められた)

「な、何なの……!?」

 突然の事におののく私の耳に焔が後ろから囁く。

「見ててごらん。あれが悪の中でも精鋭と言われる動物頭達の大将だ」

 ギイィン!!

 重い金属がぶつかり合う音がする。私に向かって殴りかかってきた何者かの攻撃を兎頭くんが受け止めたのだ。

「うあぁぁあ!!」

 第一の刺客(?)の腹を蹴って近くの草むらに吹っ飛ばした所を別の刺客が襲いかかる。

 今度は少年の声だ。

 ガッ、ギンッ

 先程と違って少しやり合う両者。

 しかし腕は兎頭くんの方が圧倒的に上だった。

 一瞬の隙をついて足を薙ぎ払う。

「ぐげっ!」

 盛大に仰向けにぶっ倒れた刺客の喉元に金属バットを突き付け、決着がついた。

 強ぇ……敵に回したくない……。

「何でてめぇらが襲いかかってくんだよ」

「虫がついてきてたからぶっ倒そうとしただけ! 兎頭、無事!?」

「ぺんぎん! 話が違うじゃないか! お前、神殺しの一味だって言ったろ! 洗脳を受けてるかもって、金属バットで殴れって」

「女は好きな男の為に偶に嘘をつくのよ!」

「酷いじゃないかぁ!」

 襲いかかってきたのは薄い布で出来たぺんぎんの頭を被ったほんの小さな女の子と大きなワークキャップを被った猪の男の子だった。

 どちらも私より年下みたいだが、恐ろしい身体能力の持ち主である事だけは確かだ。

「一応今日から『動物頭』の一員って事だから紹介する。こっちのぺんぎんがぺんぎんで、こっちの猪がケント。ケントはケベック頭領の孫だな」

「初めまして」

「虫に名乗る名前は無い!」

 ケントは良いとしてぺんぎんちゃんは兎頭くんの悪い方の影響を受けまくってるらしい。

「それで、その子は?」

 ケントが遠慮気味に言う。

「上から座敷童に落っことされて川で浮いてたのを拾った」

「へぇー」

「私の兎頭に手を出さないでよね!」

 かなり雑な説明をする兎頭くんにべたべたくっつくぺんぎんちゃん。

「安心してよ、浬帆はボクんだから」

 負けじと私の肩を抱いてくっついてくる焔。

 ええいっ! 邪魔だ!

 もう近いを通り越して邪魔だ!

「焔の物になった覚えは無い!」

「……最初の頃は仔犬みたいに頼ってきて可愛かったのに」

 頭悪いと言った怨みは未だ晴らさず。


「ほい。ボクのイチオシ」

 焔のおごりでちょっと休憩。

 目の前に差し出された水色のアイスバーは一口囓ると口の奥の方でソーダの爽やかな風味がした。

 美味しい。

「兎頭が作ったんだよ」

「美味しい。これここでは何て名前なの?」

「気に入った? ソルベっつうんだよ」

 ブッ!

「そ、ソルベ!?」

「そうだよ?」

「そ、そそそ、ソルベって、お、おしゃけ入ってる……」

「そりゃあ故郷のだろ? 入ってないよ」

「ほっ……」

「ちょろっとだけしかな」

 ブブッ!!

 兎頭くん!!? 今なんて!?

「え、え、え!? え!!?」

「嘘」

 締める。兎頭くんも後で絶対に締める。

「で、これからどうする」

「うーん、取り敢えず悪の町をぐるっと回る? この世界のルール説明も兼ねて」

「いらないまちはどうする」

「やめとこう。神殺しがピリピリしてるだろうから」

「賢明だな」

 この世界は全体的に物騒だ。

「とはいえ、悪の町の見所なんてここと市場と聖地位しかねえぞ。しかも聖地なんてやたらめったら入れる場所じゃねえし」

「この町自体が小さいからね」

「まあ、取り敢えずぐるっと回っとくか。そうすりゃ丁度夜になるだろ。――おい、留守頼むぞ」

「任せて! 兎頭!」

「大将、お気をつけて!」

 二人はいつまでも手を振っていた。


「そいじゃ、まずは市場だな」

 トタン製の家がまばらに点在する中を疾走する二台の自転車。

 吹き抜けていく風が気持ち良い。

 そっと焔の背中に寄り添ってみる。

「浬帆……?」

「ううん、何でもない」

 走り始めてから少し経った頃、兎頭くんが例によって話し始める。

「この世界は時間の流れ方も慣性の法則も体の構造も、兎に角何もかもが故郷とは違う。さっきあんな高さから落ちても怪我をしなかったのも、陰を吐き出しちまうのも、髪の色が変わってしまってるのも……皆この世界の特性だ」

 なるほど。それなら色々な事に納得がいく。髪の色は今気付いた。故郷では真っ黒な髪の毛が藍色になってる。

「そういう訳だから、この世界には魔法が存在する」

「誰でも使えるの?」

「大半はこの世界の出であるとか、聖人じゃないと使えねえけどな。まあ、理論的には誰でも使うことは出来る」

「一番簡単に出来るやつ、教えてあげようか?」

 焔が口を挟んできた。

「え? 私も使える?」

「ああ、モチロン」

 キキッ。

 焔が自転車を止めた。

 それに気付いて兎頭くんも止める。

「左側のあれ、あの木を見ててごらん」

「わくわく」

 左側にひょろ長く生えてる木。

 木の葉が揺れるとか? 風を呼び出せるとか? そういうのだろうか。

 それとも高さが変わ――。


 チュ。


「……、……は?」

 壊れたおもちゃみたいに首をギリギリと回して焔の方を見る。

「恋の魔法」

「……!」

 初キスを! 奪われた! いや、ほっぺだけど!

 ほっぺではあるけども!!

「このキス魔ー!!」

「おわ、おわうぃえおお、暴れないで!」

「暴れたくもなる!」

 うー、初めてのキスは運命の人とって決めてたのに……!!

 いや、ほっぺではあるけども!!! (三回目)

「大分ショック受けてるみたいだが、ここでは意外とガチなんだぜ」

「え?」

 兎頭くんが身を乗り出して言う。

 そなの?

「この世界ではキスは大事な意味を持つ魔法だ。相手を守ったり、時に呪ったり。自分の想いを魔力として相手に託すんだな」

「え、てことはその大事な感じの魔法をこいつは連発してるって事!? しかも軽々しく……!?」

「んまあ、そういう事になるな」

「……!!」

 無意識に拳を握り締めていた。

「浬帆は可愛いし、良いじゃんか」

 にぱにぱ笑ってそう言う焔。

 てめぇ……。

「女の敵ー!!」

「どぅええっ!! 勘弁、勘弁! ギブギブギブ、ギャアアア!!」

「……ビデオカメラ連れてくりゃ良かったかな」

 兎頭くんがぽそりと呟いた。


 市場は色んな生き物達で溢れている。

 何か特別な事でもあれば良かったんだけど残念ながら(?)余りに人の世界のそれと変わらなかった。

 よって特筆する事はございません。(決して作者のサボりではないので、そこら辺は勘違いしないように。by作者)

 お金の概念もあるんだ。しかも円。

 改めて日本の下の町である事を痛感した。

「故郷にある人の町とそう大差ないんだね」

 悪の町といらないまちの境界にあるという聖地に向かって走りながら私は二人に言う。

「昔は故郷の人間と交易とかしてたらしいから、似ててもおかしくないんだろうね」

「そうなの?」

「まあな」

「じゃあ何で今はしてないの?」

「うーん、そりゃ今夜にでも大人に聞いてくれ。そういった話は兎爺の方が得意だ」

「何せ町一番の長老だからね」

「へぇ! 凄い!」

 町の中から濃い緑の中に移動する。

 先程よりも薄暗く感じるのは時間が経過しているからだろう。

「今から向かう聖地ってどういう所なの?」

「聖地はこの世界に三つ。それぞれ、この世界を救った『聖人』にまつわる伝説が残ってる場所なんだ」

 焔が(邪神のくせに)意気揚々と語る。

「いらないまちの大公の城近くの塔は聖人が三種の神器を得る為に試練を受けた場所、悪の町中程――先に向かう所ね――にあるのは聖人が初めて降り立った場所。あ、ほら。丁度あそこに入り口が見える」

 自転車を一度止めて右奥を指差す。細い道が続いてるのは見えるけど、それ以上はよく見えない。

 嗚呼……私の眼鏡。(まだ言う)

「どんな所?」

「兎に角すっげぇよ。ドカーンってなってて、ドカーンってなってる所」

「分かんない」

「その代わり、曰く付きでもあるんだがな」

「え?」

 兎頭くんがぽつんと引っかかるような事を呟く。

「あそこから人を襲いに行ったんだよ」

「襲撃、したって事?」

「遥か遠い昔にな。上の方にお住まいだった山草さん家の大健闘のおかげでかなり大変だったみたいだがな」

 山草……知ってる、明治街周辺に住む人にとっては有名な陰陽師の家だ。(本人達は「はらい者」だって主張してるけど)

「そ、それでどうなったの……!?」

「詳しい事ならお家に帰ってからだけど、そのエンドを迎えた場所は紹介できる」

「それが今から向かってる場所?」

「そうだよ。少し待ってて」

 濃い緑の中をひたすら進み、少し沈黙が続いた。始めに来た時より大分暗くなってきた。いやでも夜になってきた事が分かる景色。

 街灯が無いのは少し寂しい。

 ――と、そう思っている内に突然森を抜けて緩く大きくカーブしている道に出た。

「この道はこの世界をぐるっと一周してるんだ。ほら、向こう見てごらん。ギリシアの悲劇を演じた場所によく似た石の広場が見えるだろ?」

 最初はどうもぼやけてて分からなかったけど近付いていく内に神秘的とも取れるその風景に息を呑んだ。

「ここに自転車を停めよう」

 道の下にその聖地はある。

 慎重に降りていき、その場に立った。

「わあ……! 何か、本当に外国に来たみたいだね」

「な、訳の分からない神秘に満ち溢れていて圧巻だろ」

 丁度良い具合の広さ(よくある田舎の中でも少し広めの畑位の広さって言って分かる人何人居るの?)の円形広場の周りに何本かのギリシア風の柱が立っている。折れたりしてるのもあって実に素敵。

 少し気持ちを落ち着けて心を静めるとそれに呼応して風が吹いた――気がした。

 向こう側から顔を覗かせる燃える太陽が辺り一帯を赤く照らす。

「ここの真ん中で聖人は三種の神器を用い、陰を退け、この世界を清らかな聖水でいっぱいに満たした。――これがこの世界に伝わる伝説、『満潮伝説』の一番有名なクライマックス部分だよ」

「その伝説を受けて聖人が試練を受けたとされるいらないまちの聖地は『試練の聖地』、この世界に聖人が降臨した最初の地といわれる悪の町のとこの聖地は『降臨の聖地』、そしてここは『満潮の聖地』と言われているんだ」

「そのまんまなんだね」

「分かりづらくしても意味がねぇよ」

 その後三人で暫く夕陽が大地の向こうにその身を隠すのをじっと見ていた。

 ケベックさんの家では今晩、カレーが待ってるらしい。

(つづく)

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