ここがボクら、「悪」の町

「ふうん、ナナシくん、ねえ。そんな事があったんだ」

「うん。……焔達は彼には会ったことないの?」

「会ったことないね」

「じゃあどうやって来たの?」

「さあ……? どうだったかな。何しろ昔の話だから……もう覚えてないよ」

「そう、なんだ」

 風を切って二台の自転車はすいすい進む。前の兎頭くんを、後ろの私と焔の二人乗り自転車が追いかけている。焔の背中は特別広いとかそういうのは無いけれど、理屈では説明できない頼りがいみたいなものを感じる。不安な時に傍にいると安心する、みたいな。そんな感じ。

 今私達は彼らが生活する「あくのまち」だとか言う場所に移動しているところだ。

 帰る方法やそういう情報を一旦整理するためにもまずは彼らの頭領に会うべきではないかというレベッカさんの進言がきっかけだ。因みにそのケベック頭領が「あくのまち」で言うところの町長とか市長とかの役を担っているんだとか。

 兎頭くんは最後の最後まで「捕虜とケベック頭領を会わせるなんて!」とか「何で俺の服をコイツが着てるんだよ!」とか散々わめいていたが、最終的にはレベッカさんの「晩ご飯抜くわよ」の一言で大人しくなった。

 もしかしてレベッカさんが一番強いのではないか(あんな大騒ぎの後でもレベッカさんは変わらず優しかった)。

「ねえ、焔」

 彼の胴に巻き付けた腕を締め直し、身を乗り出して話しかけた。

「何?」

 チラリとこちらを見る。風になびく赤毛と道の両側を壁のように覆う森の濃い緑のコントラストが美しい。

「さっきここに来たのは昔の話だって言ってたけど……どれ位昔なの?」

 興味本位で聞いてみる。

「うん? そーだな……」

 小首を傾げながらかなり長い時間しのごのもにょもにょ数えだす。

 え? ちょ、ちょっと待ってちょっと待って。

 え?

 嫌な予感しかしない。

「ざっと……七十ね――」

「それ以上言わないで!!」

「「ギヤアアア!!」」

 反射的に私が叫んだ事により自転車が思い切りぐらつく。

 二人乗りは危ない(そういう問題じゃない)。

「何だ一体!?」

「ごめんごめんこっちの話」

「事故るならそっちで勝手に事故ってくれ」

「相変わらず冷たいな、お前は。死なば諸共って言うじゃないか」

「てめえらが勝手に飛び込んでくるんじゃねえか」

 兎頭くんが着ぐるみ頭の中ではあ、と濃い溜息をつき、焔がそれに呼応してゲラゲラ笑った。

 この喧嘩の一連の流れがこの二人の日常なんだろうなと少々苦笑する。

 しかし……。

 すっかり話の腰が折れてしまったが(正しくは自ら折ってしまったが)、ざっと七十年居るというのはどういう事だろう?

 その割には若く見えすぎじゃないか?

 そう真剣に考えていたら突然兎頭くんの声がした。

「それより、ほら、そろそろ見えるぞ」

「え?」

 何が?

「そうか、そろそろだな。――ちょっと登るぞ、しっかり捕まってろ!」

「うわあっ!」

 緩やかな坂にさしかかり、焔は前かがみになって力いっぱい自転車を漕ぎ始めた。

「だから、何が!」

 私は振り落とされないようにしがみつきながら、彼に問うた。

「ん? 何って、そりゃあ目的地に決まってるだろ」

「目的地……?」

「そうら、着いたぞ!」

 あっという間に坂のてっぺんに辿り着き、視界の開けた場所に出た。

 その先、下の方に広がっていたのは……。

「わぁ……!」

「改めて紹介しよう。ここがボクら、悪の町だ」

 そこそこ広い、村のような場所だった。

 遠目に見るだけだからあんまり分からないけど(ほら、私、少し近視入ってるし。眼鏡粉砕されたし)取り敢えず、ここが日本では無いことだけは改めて痛感させられる景色だった。

「どう、実感湧いた?」

「うん、凄く……。海外旅行にでも来た気分」

「な、圧巻だもんな」

 そう言ってにかっと笑う焔。

 相変わらず、一々眩しい男だ。

「で、ここからあそこまではあとどの位かかるの?」

「一瞬」

 ……ん?

「今なんて?」

「一瞬」

「え、いや、え、ん?」

 遥か下方に見えるのですが?

「近道、近道」

「そ、それは……どういう……」

「もたもたすんな、行くぞ」

 兎頭くんがそう言い捨てて、さっさと

 坂の上から。

 町の方に。

「ひぇ!?」

「ほうら、ボクらも行くぞ!?」

「え、や、や!? や!? ちょ、明らかおかしいですって、落差何百メートルはあるって、いや、え、二階建ての家だってもっと優しい作りです、こんなとこから飛び降りたら死んじゃうよ、ちょっと待って止めて――」

「ほうら、いい加減黙らないと舌噛むぜ!」

「イヤアァァアアア!!」

 凄いスピードで発進した自転車が思いっ切り空に飛び出した。

 フリーフォールとか比にならない。

 自転車から体がふわりと浮く。一生懸命焔にくっついてないと死ぬと思う。いや、死ぬ!! そんなの言ってるばやいじゃない!

 ――ガシャン!! グシャバキ!!

「あはははは!! 浬帆、だいじょーぶ?」

「し、死ぬかと思った……」

 最終的に木の茂みの中に上手い具合で収まった。目の前で自転車の車輪がくるくると空回りしている。良くこんな高さから落ちて無傷で済んだものだ。――いや、異世界というのはもしかしたらこういうものなのかもしれない。

「泣いてるの」

「そりゃ泣くよ!」

 そう反論した途端、右目尻にじわりと浮かぶ涙を焔がそっと拭い、頭の上に大きく広い掌を乗せた。

 そのままガシガシと掻き回すように頭を撫でる。

「へぇ、よく頑張ったじゃん」

 そのまま自転車を引きずって木の下に降りていった。

 ……ずるいよ。


 近くで見るとこの町は村……というには少しワイルド過ぎる気がする。

 見る限り家は全てトタン製、住人達は皆どこか汚れていた。――不健康とかそう言うのじゃなくて、寧ろパワフルな方だ。

 この町には機械油がよく似合う。

「そこら中にある、あの黒いのも機械関係か何かだったりするの?」

「『のも』? ……どういう意図でそう言ったかは知らんが、少なくともそんな生温いものじゃねえよ」

 焔に向けた質問のつもりだったが兎頭くんが返答してくれた。

「違うの?」

「『陰』。この世界の汚れだ、掃除が出来ない厄介な部類のな」

「掃除出来ない、汚れ……何でそんな物が?」

「そりゃあ、俺達人間がいるからさ」

「……!? どういう事?」

「吐き出すんだよ、おえってな」

「あれを?」

「そうとも」

「口から?」

「ああ」

「そんな、どうして」

「そんなの俺達が知るかよ。ま、いずれあんたも吐くこったな」

 想像したくない……。

「どういう時に吐くものなの?」

「バラバラだな。ただ、吐き切っちまえばもうそれ以上は出ない。し、最初から出ない奴もいる」

「そういう人をここら辺では『聖人』と呼んでるんだよ」

 焔が口を挟んできた。

「聖人?」

「そ。聖なる人ね」

「反対に永久機関みたいに陰をずっと吐き出し続ける奴もいる。そいつは『邪神』とかって呼ばれている。な? 焔」

「――そう、だね」

「……?」

 何か、変な間があった気がする。


 長いこと揺られていると、何となくではあるが色々な事が分かってきた。

 まず、人間が少ない。――というか私達位しかいない。

 後はいわゆる異形頭とか獣人とかいうものや、植物、動物ばかり。どれも見たことの無い変な形、変な色の物ばかりだ。

 益々異世界感が増してきた。それぞれ何という名前なんだろう。

「これからボクらが会いに行くケベック爺さんはとってもワイルドな猪でね、二人乗り出来そうな程大きなバイクをグオングオンって、こうやって乗り回すんだよ」

「おわおわわわ!」

 蛇行運転しながらケベックさんの事を意気揚々と語る焔。

 危ないから止めて欲しい。

「それに手先も器用だから、改造も建築も発明もお手の物でさー! ……あ、ほら、あれだよ! 見事なもんだろう?」

「え……え?」

 焔のノリノリ蛇行運転に酔いそうになっている内に一際大きなトタンの家が見え始めた。

「ここいらの家は皆、自己責任で家を作るのさ。だからケベック爺さんのは一際大きくて分かりやすいって訳だな」

「へー」

「おい、そろそろ準備しろ。もうすぐ着くぞ」

「へえへえ、言われなくても分かってますよ」

 自転車がゆっくりと減速していく。


(つづく)

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