第14話

「大島さん…大島さん…」

気が付くと私は図書館の椅子に座っていた。

「どうしたの?」

前田君が緊張した表情で座っている。いつもの余裕のある笑顔とは違う。本気で私を案じてくれているようだ。この人も、こんな風に狼狽えたりするんだ…全く関係のないことが頭に浮かぶ。

「大丈夫?」

聞かれてはっとする。

「あの、私…?」

「なんか急にぼんやりして、全然聴こえない感じだったから。」

手に持っていた本に目を落とす。そこにはやはり何も書かれていない。

「何でもない」

本を押し付けるように前田くんに渡す。

「何でもない。」もう一度、自分自身に確認するように声に出す。

「私…もう行くね。もう、ほんとに…」そう言って、一歩あとずさる。

「大島さん…」私の表情から何かを読み取るように、前田くんがじっと見つめる。

私は見られないように踵を返して、急いで図書館をあとにした。

自習スペースには沢山の人がいて、私たちの様子を窺っていた。

今のやり取り、聞かれていただろうか。私は、いったい何を見たんだろう。

私は急ぎ足で自習スペースを横切り、出口へと向かう。

28歳のカズ。28歳のナツちゃん。ケイタくん。31歳のアオイちゃんとお兄ちゃん。

私が「見て」きたものは、だろうか。

まさか…

図書室を出て、急ぎ足で体育館の横を通り抜ける。体育館から、ボールの跳ねる音が低く響いている。

「ハールー!!!」ナツの声がして振り向くと、開いた体育館のドアからナツが大きく手を振っている。横にはマーくんもいる。

脳裏をケイタくんの寝顔が横切る。私は手を振り返すことができずに、その場を足早に離れた。

グランドでは、野球部とサッカー部、奥で陸上部がそれぞれ活動している。田舎の学校だからグランドが広い。野球部は校舎側に位置していて、こちらに一番近い。ネット越しに、カズの姿が飛び込んでくる。ちょうどバッターボックスの近くにいて、こちらに背を向けていた。

隣に森川さんがいる。何か、談笑しているようだった。

あれは、「未来」。

28歳のカズは立派に大人だった。

その紛れもない成長を見られたことが、ショックを忘れて、なんだか嬉しいこととなって脳裏に蘇る。

変な気持ちだけれど、今華奢な肩をしているカズとは違った。

フェンスに手をかける。いつの間にか涙が出そうになる。慌ててフェンスに背を向けその場を離れる。

自転車置き場のところまで来たところで、後ろから呼び止められた。

振り向くと前田くんが息を切らして立っていた。

「大島さん…もしかして…」

私は首を振る。違う、違う、と頭の中で必死に否定する。

あれは未来じゃない。

違う。未来であるわけがない。

私は流れ落ちる涙を止めることができずに、その場にうずくまった。



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