第16話 俺ができる最高のポジティブ
「よし、これであと2人」
木々に覆われた俺達4人の埋伏場所。ドサッと気絶した恰幅の良い魔法使いを大量の落ち葉で隠し、軽い肉体労働を終えたかのようにリンネがグリンと首を回した。
最初に倒したヤツが帰ってこないのを心配したのか、様子を見に来た2人目を魔法攻めにし、フラフラになったところを太めの棒で殴って戦闘終了。このまま行けば本当にリンネ1人で全滅されられるかもしれない。
「さすがS級だな、戦い慣れてる」
俺が独り言のように呟いた言葉に、表情に乏しい彼女も少しだけ口角を上げる。
「一応この辺りじゃ最高ランクってことだからね。必死にミッションやって力つけてきた甲斐もあるかな」
これですよこれ。これが本来のS級なんですよ。継続的に努力を重ねて、それが自信になる。
お前が何をしたんだレンマ=トーハン。この能力に頼るだけで上まで行って、もうどんな称賛を受けても「女神のおかげ」にしかならない。カレーと一緒。そばでもうどんでもカツでもカレー入れた瞬間に全てがカレーになる。つまり女神はカレー。俺の人生は大辛。これは「
まあでもな、シュティーナと話した通り、やっていくしかないんだよな。と、くよくよしてる自分をなんとか立ち直らせる。
「よし、アルノル、行くぞ」
リンネから「向こうを探索してきて。私達はこっちを探すから」と指示を受け、アルノルと一緒に森の更に奥へと向かった。
木々は減り、やや開けた地帯へ。いつの間にか標高が上がっていたのか、脇は坂になっており、滑ったら最後しばらく転がり落ちてしまうだろう。
「リンネさん、すごいですよね。でもレンマさんもすごい!」
「ありがとな。でも俺はまだあんな風には戦えないな」
「いやいや、レンマさん。どこでも魔法使えるってホントにとんでもないことなんですよ? できないことじゃなくてできることに目を向けていきましょ! その方が絶対楽しい!」
アルノルは本当に良いヤツだ。そしてそんな彼にあろうことか「それが簡単にできるなら苦労しないよ」って感想を抱く俺は最高に惨めだ。ピカピカの彼といると自分の影が際立つ。
「とりあえず、見つけたら一緒に攻めましょう。2人がかりならきっと大丈夫です」
アルノルが拳をグッと握った、その時。
「うちの2人になんかしたの、お前らか」
真横から低い声が聞こえる。振り向いた瞬間、突風が俺達の体を襲い、宙に浮いた体は数メートル後ろまで飛ばされた。
すぐに起き上がり、反撃で火球を数発放つ。
「おっと」
抜群の反射神経で躱しながら、近づいてくる相手。続いてアルノルが剣で斬りかかると、敵も腰に提げていた剣を抜いて応戦した。
「魔法使いだからって肉弾戦が弱いとは限らないぜ。こんなこともできるしな」
鍔迫り合いから力任せにグッと押して距離を取った敵は、すぐさま小さな火球を幾つも作り、同時に飛ばしてきた。
「1つ1つは軽傷でいい。動きが鈍くなれば十分だろう?」
「ぐあ……この……っ!」
手足や腰に僅かな、しかし確実なダメージを喰らうアルノル。俺が後ろから援護しようとしていたのも、相手は見逃してくれない。
「まとめて吹っ飛べよ」
さっきよりも強い風。台風直撃のような風圧に、前方のアルノルがビニール袋かと思うほど簡単に舞い上がり、俺にぶつかってくる。
勢いは緩むことなく、そのまま坂に向かって後進し、遂に滑り落ちた。
「おわああああああああ!」
数十メートル転げ落ちる。幸か不幸か途中に木がなく、衝突しての致命傷はなかったものの、一番下まで落下してかなりのダメージを受けた。
「ぐっ……」
「レンマ……さん……」
首だけ起き上がり目を開けると、敵が華麗に坂を滑ってくるのが見える。
そして俺達の真上に来て、ゆっくりとその両手を翳した。
「悪いけど、容赦しないぞ。焼かせてもらう」
しかし。両手に反応がない。炎の魔法、赤いオーラが光らない。
「んん? 地脈が相当弱いな。なら、これで——」
ギャリン!
跳ね起きたアルノルがすぐさま抜刀し、敵の剣を弾く。
「レンマさん!」
「任せろ」
転がったまま魔法発動準備。白いオーラに包まれたことに動揺して相手の反応が遅れた。
「おま……ここで、魔法を……」
「リンネの真似させてもらうかな」
上昇気流のような風に煽られ、宙を舞う敵。落下した後はアルノルがしっかり気絶させ、残り1人になった。
***
「へえ、なかなかやるわね」
気絶した3人目を木の葉で隠しながら、リンネが俺とアルノルの体を交互に見ていた。
「それ、毒にやられてるわ」
「え?」
アルノルが首を傾げると、リンネは服に開いた穴に指を入れ、「これは破れたんじゃなくて腐食だから」とグッと引っ張る。
「突風で吹き飛ばされたって言ってたわよね。多分、そこで仕込んでた毒を付けた枝でも飛ばされたんだと思う。仕留め損なってもいつか殺せるように」
俺とアルノルで恐る恐る服を捲る。掠っただけであろう腹部も少し紫に変色していた。
「シュティーナ、ユイゴの葉から解毒剤作るわよ。やり方覚えて」
「あ、はい! わかりました!」
彼女に教わりながら作るシュティーナ。「リンネさんはすごいです……私は一体……」と小さく呟く彼女を気にかけながら、2人で患部に塗ってもらい、事なきを得た。
「いたわね」
既に3人を倒した魔法使いの悪党。その最後の1人の男は、逃げることもなく、もともと4人で過ごしていたであろうテントで夕飯の準備をしようとしている。
それは、そう簡単に負けるつもりはないという自信の表れでもあるようだった。
「私が行くわ。厳しそうだったら援護して」
その一言を残し、彼女は赤いポニーテールを靡かせながら木々をかきわけ、堂々と正面から駆けていく。「S級のリンネ、行くわよ!」と名乗ると、彼女を見つけた敵は楽しそうに「元S級、ビツァーだ」の名乗り返し、そのまま互いに炎の魔法を撃ち合った。
「せっ!」
助走をつけ、勢いをつけてからの側転で躱すリンネ。そのまま足を地面に強く叩きつけ、その反動を活かして相手から視線を外さない横宙返りを見せる。あまりに速くて華麗なアクションに、俺は必死で瞬きを我慢した。
「斬る!」
着地と共に高圧の水を放ち、ウォータージェットの剣を振りかざす。
殺傷力抜群の剣はしかし、ビツァーが繰り出した竜巻上のバカでかい炎にぶつかって消えた。代わりに大量の煙が舞い上がり、それは彼にとって最高の隠れ蓑になる。
「こっちだぜ」
彼女が振り向いた瞬間、俺も見つけられなかった場所から放たれる火炎放射。
「あぐっ……!」
両太ももに火傷を負い、彼女はその場に座り込んだ。
「パーティーだった頃は炎に特化して特訓してたんだ。容易に破られる気はないぜ」
再び手を翳すビツァー。
その瞬間、俺はアルノルとシュティーナに了解を取ることもなく、前に走っていた。
「なんだ、新手かよ」
敵には向かわず、まっすぐリンネのところへ。座っている彼女の手を引っ張り、今来たところとは別の木々の中へと逃げた。
「ちょっと、足痛いんだけど」
「抱えるなんてやったことないから我慢しろ」
そう、お前はそれでいい、レンマ=トーハン。
カッコつけを優先しておんぶやお姫様抱っこでもやってみろ。それで追いつかれたらどうする。もうそれが一番カッコ悪い。カラオケで良いところ見せようと思って立って全力で歌ってたら店員が入ってきたときくらいリカバリー不可能。
いいか、背伸びするな。手を引っ張って確実に逃げる、シュティーナやアルノルがいる場所から遠ざけて見つかるリスクを最小化する。
瓶のカルピスをバカみたいに水で希釈したように薄い、自信と自己肯定感を逆に活かせ。最悪のパターンを想定して、それを完全に回避しろ。それが俺のできる最高のポジティブだ。
「リンネ、降りるぞ」
「え、ちょっ、坂!」
すべり台で無茶する子どもさながら斜面を滑り落ち、下まで降りてきた。
「逃げ切れる、とは思ってないよなあ」
後を追ってくるビツァーも同じように降りる。リンネの怪我も限界で、向こうとの距離は明らかに縮まっていた。
「……やるか。リンネ、一緒に攻めてくれるか」
「言われなくてもそのつもり」
くるっと向き直り、2人で両手を翳す。それよりも数秒早く、ビツァーも攻撃態勢に入っていた。
「リンネとか言ったか。終わりだ、焼けろ」
「クッ……!」
歯軋り混じりのリンネの声。
が、彼の手は光らない。リンネの手も光らない。
「…………あ?」
誘導してきたここは、さっき3人目を倒した場所。それは、普通は魔法が使えない場所。
「地脈が弱——」
そして、望んだわけじゃないけど、俺だけが使える場所。
「お、お前! なんで、この場所で……っ!」
人1人、軽く飲みこめるくらいの火の玉を出す。
「があああああああああ!」
高速で放ったそれに包まれて叫び声が響くと同時、すぐに大量の水を撃ってその炎を消す。
残ったのは、軽く火傷を負い、煙を吸って気絶しているビツァーだった。
「どういうこと……? なんで貴方、魔法が使えるの……?」
ほぼ無表情だった彼女が、驚きで目を見開きながらポツリと漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます