第5話 パーティー始めました

「よし、今日こそモンスターを狩りに行くわよ、レンマ!」

「ええ……」

 翌朝、宿を出てすぐに快活に宣言するモーチ。


「大丈夫よ! 必要なのは気合いと自信! 『幸せになりたい』、はい復唱どうぞ!」

「……幸、せに、なり、たい」

「よろしい! 出発!」



 ねえ女神、他に案内役の担当いなかったの。完全にミスマッチでしょ。コップに水が半分入ってるときに、「まだたっぷり半分も残ってる!」っていうタイプと「水こぼしちゃったのかな……俺がぶつかったんだとしたら申し訳ないな……」って不安になるタイプの二極なんだから。



「なあモーチ、やっぱり今日は果物でも取って食べないか?」

「宿泊はどうするのよ? 食事だけじゃどうにもならないわ。それに、戦いに慣れておいた方が良いわよ。もっと栄えてる町に行くと、報奨金の出るミッションを受付所が管理してるの。パーティー組んでモンスターを狩ったり、モンスター頻出地域で鉱石採集したりするの」

「戦うのは避けられないんだな……」

 ゲームのクエストみたいなものか。


「よし、さっそくあそこの山に入って行くわよ。ダークウルフって呼ばれてる凶暴な狼のモンスターがいるはずだわ。皮ももちろんだけど、牙が高値で売れるの」

「わかったわかった……」


 彼女に案内されるまま、村に一番近い山を入っていく。登山している人は見当たらず、一般人が立ち入るような場所ではないことを示していた。


「なあモーチ、モンスターって山を下りて人間襲ったりしないのか?」

「好戦的ってわけじゃないからね。縄張りにいかなきゃ襲ってくることはないの」

 食材や材料や領土拡大のためにやむを得ず、って感じか。



「しかし綺麗な自然だな」


 登山なんていつ以来だろう。緊張感は保ちつつも、人の手の入っていない山の木々や草花を楽しんでいると、肩のあたりを飛んでいたモーチが俺を呼び止めた。


「あ、ほら見て、あそこ。さっそく見つけたわ、ダークウルフ」

「は? どこだよ?」

「あのちょっと黄色い葉っぱの木の手前よ」

「黄色い葉っぱ……あの木か。その……手前?」


「んもう、ほら、幹がグッと曲がった木の方に移動して、誰かのこと襲って……る……? 大変、男子が襲われてる!」


 えええええ……何この間一髪のタイミングは……。


「ギャウッ! ボウボウッ!」


 見事にこちらに気付き、急に向きを変えて駆けてくる紺色の毛の狼。

 地面の枝も小石も物ともしない走りと驚異の跳躍力で、あっという間に飛び掛かってきた。


「あぶねえ!」


 転げるようにして避ける。怖い、マジで怖い。人間VS野生の動物、分が悪すぎでしょ。


「レンマ! 魔法!」

「分かってるって」


 すぐに起き上がり、両手を前に翳す。敵もくるりと向き直り、再び襲ってきた。


「当たってくれよ!」



 ゴオオオオオオオッ!



「ギャウッ!」


 運良く全身に炎を喰らわせる。火だるまになりながら転げまわったダークウルフは、そのまま動かなくなった。



 そのすぐ近く、ポカンとした表情でこちらを見ている、襲われていた男子。おでこの見えるミディアムヘアの金髪にシンプルな綿の服。

 20歳いくかいかないかくらい、若々しくて人懐っこそうな顔の彼は、手に剣を持っていた。


「あの、助かりました。ありがとうございます! でも、あれ? ここって魔法使えない山じゃ……?」

「ああ、その、俺はどこでも魔法が使えるんで——」

「本当ですか! めちゃくちゃすごい魔法使いじゃないですか!」


 ガバッと立ち上がりグッと寄ってブンブンと握手してくる。顔が近い。パーソナルスペースの概念はどうした。


「オレはアルノル=ヴェンネ、19歳です! セノレーゼで一番の剣士目指してるんですけど、戦ってる途中に足を捻っちゃって……もう少しでやられるところでした。あの、お名前は?」

「ああ……レンマ=トーハンだ」

「レンマさんですね、すごい方にお会いできて光栄です!」



 もうこのオーラがキラキラしててヤバい。駅の改札で軽く舌打ちされただけでその日1日凹んでることとかなさそう。加えて若い人特有の全能感に溢れてる。国一番の剣士とか俺は絶対に言えない。「この村で上から三番目くらいには……」が精いっぱい。


 そしてまた魔法のせいで変に持ち上げられてるよ。こんなのが続いたら心が雨漏りしちゃうよ。

 これは誤解を解かないとマズいやつでしょ。才能と努力を兼ね備えた天才と思われてずっと勘違いが続いた挙句、最後に種明かししたら呆れられるヤツでしょ。



「あのなアルノル、先に言っておくけど、俺はそんな大した魔法使いじゃない。この魔法も、修行で体得したとかそういうんじゃないんだ。訳あって別の世界からこのセノレーゼに転生してきたんだけど、その時に女神様につけてもらった能力なんだ」


「へえ、転生かあ! 何人かいるって聞いたことあったけど、本当にいるんですね! でも何の理由もなしにそんな能力つけてもらえませんよね?」

「ん、まあ、ちょっと女神様の使いを助けてそのお礼というか……」

「ほら! やっぱりすごい方です! 前の世界で素晴らしい善行をしたんですね!」


 ダメだ、全ての文脈をポジティブに捉えてしまうこのスキルの前には無力。


「レンマ、よくやったわ。皮はダメだけど、牙は焦げずに残ってるから高値で買い取ってもらえるわよ」

「え……レンマさん、ひょっとしてこれって妖精ですか? オレ初めて見ました!」

「こんにちは、アルノル。アタシはモーチ。レンマを最高の魔法使いにしようと思って彼の案内役をしてるの」

「うわあ! 妖精のサポート付きなんてすごい、すごすぎる! レンマさん、ホントにこんな村に留まってていい人じゃないですって!」


 なんで2人で俺を褒めて盛り上がってるの。話題の中心にいるのに混ざれないのなんでなの。


「レンマさん、急なお願いですけど、オレとパーティー組んでください。で、もっと大きな町に行ってミッションやりまくって、上位ランク目指しましょう!」

「待って待って、アルノル。無知で悪いんだけど、ランクっていうのは……?」


「パーティーのランクですよ。ミッションを達成していくとF級からS級までどんどん昇っていくんです。上に行くほど大きな仕事を任せてもらえますし、お金も名誉も手に入ります。レンマさんならあっという間にB級A級まで昇れますよ! というか、レンマさんみたいなすごい能力、国のために活かさないとダメですって!」

「いや、その……仮にパーティー組んでも上位になる気はないよ俺……」

「え、なんでですか!」



 だって想像してごらんよ、「女神の能力のおかげであっという間にB級です」ってなったときに、俺が周囲からの賞賛に耐えられると思う? 「いや、違うんだ俺は……女神から何ももらわなければF級の人間なんだ……むしろこれでランク上がったら、必死で努力してB級まで昇った人に顔向けできない……」って気落ちしちゃうでしょ?


 よし、パーティー組むかどうかも、一度しっかり考えよう。



「あの、俺はやっぱり向いて——」

「モーチさん、レンマさんと組んでいいですよね?」

「もちろん!」


「いや、あの、俺がどうするかは——」

「じゃあ決まり!」

「仲間ができると心強いわね!」


「おいモーチ」

 楽しそうに親指を立てているモーチを手招きする。


「お前さ、俺の性格分かってるだろ」

「うん。だからアルノルみたいな子と組むの見てみたいじゃん。変わるきっかけが見つかるかもよ?」

 やんわりと現状を否定される悲しみ。



「アタシも100年以上生きたから分かるわ。人生ね、結局楽しんだもん勝ちなのよ」

「よし、レンマさん、町へ行きましょう! 挑戦こそ人生です!」

「ああ……うん……そうね…………」



 年を重ねた故のポジティブと、若さ故のポジティブ。その圧に挟まれ、俺は自分の能力を軽く恨みながらダークウルフの牙を持って山を下りたのだった。

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