第39話 エピローグ

 日本に帰ってきてから10日が経ち、和葉は学校へ再び通っていた。

 学校のクラスメイト達からは遠巻きに見られていたが、徐々にそれも収まり、今ではすっかり友人と昔のように話したり遊んだりすることができている。

 友人たちの中には、和葉の様子が少し変わったことに気づいた者もいた。しかしそれは「母が死んで大人になったから」として捉えたため、まさか和葉が「例の国」に行って冒険をしたなんて思ってもいないだろう。


「和葉、なんか最近勉強するようになったな。俺の言ったことを気にしてるのか?」

 林太郎は焦げたピーマンの肉詰めを箸で掴みながら、和葉に尋ねた。菜津子が死んでから、朝食づくりは和葉、夕食づくりは林太郎が担当することになった。

 最初は米さえも炊けなかった林太郎だったが、少しずつ上達している。和葉も一緒に夕食づくりをしていくうちに、カレーライスとシチューくらいは作れるようになった。

「別に気にしてないよ。私がしたいからしてるだけ。まあ、嫌いな教科は避けちゃうけど、好きな教科は頑張ってるよ。将来の夢を叶えるためには苦手なこともせざるを得ないっていうか……。でも社会は少し好きになったかも」

 和葉は若干焦げ目がついたピーマンの肉詰めを頬張って答えた。

 将来の夢を叶えるためにはどうすればいいか和葉は調べ、どうやら大学に行かなければならないことに気づいた。目指すのは心理学部である。そこで和葉は、まずは高校に進学したいと考えた。

「○○大学なら自転車で30分くらいでいいなあ……。都会に行くのにも憧れるけど……△△大学に行くなら一人暮らしかあ」

 林太郎はその言葉を聞いて白米を喉に詰まらせた。

「ま、待て! ここも十分都会だろう! お父さんは○○大学、いいと思うけどなあ……。というより! 大学の話なんてまだ早くないか? まずは高校だろう。高校に行って夢が変わることもあるだろうし」

 実際、和葉は通う高校をまだ決めていなかった。周りは既に決めていて、焦りを感じているころだ。担任の教師は母を亡くした和葉に気をつかい、無理に早く決断を下すようには求めなかった。


 次の日が高校のオープンキャンパスだったのは僥倖だった。梅雨は和葉が「例の国」に行っていた1カ月の間に、すっかり終わっていた。今は少しだけ雲が浮かぶ青空が広がっている。

 オープンキャンパスに行った高校は、和葉が落ちた湖の近くにある。創立自体は60年以上昔だが、最近校舎が改築され、まるで新校舎のようだった。

 しかし門だけがレンガ造りで、芸術的な印象を与える。和葉はどこか懐かしい光景に目を細めながら門を眺めていた。

(どこかで見たことがある気がする……)

「そんなにこの門が珍しいかな?」

 必死に記憶を辿っていたら、後ろから男が話しかけてきた。年齢は60代くらいに見える。

 急に話しかけられたことに驚いた和葉は、「うお!」と言ったっきり固まってしまった。

「ああ、驚かせてすまないね。僕はこの高校の校長をしている者だよ。君はオープンキャンパスに来たのかな?」

「え、ええっと、はい。それでこの門が見えたので……。なんか懐かしい気がして見入ってしまいました」

 急に気恥ずかしくなって、和葉は後頭部を掻きながら答えた。校長を名乗る男は、静かに微笑んでいる。

「ははは! 君はこの町出身かな? だとしたら多分どこかで見たことがあるんだろうね。この町はレンガの名産地だから」

「え? レンガ?」

 和葉は思わず聞き返した。物心ついた時からこの町で暮らしているが、そんな話は聞いたことがなかった。小学校の総合学習の時間でも「この町はパン作りで有名な町です」としか習わなかった。

「粘土がいいんだよな、この辺は。でも最近はレンガがあんまり売れなくてね……。君も知らなかっただろう。伝えられてよかったよ。じゃあ、オープンキャンパス楽しんでね」

 校長は手をひらひらと振って去って行った。「粘土がいい……粘土がいい……」と呟きながら和葉は新しい校舎の中へ入っていく。校舎の近くには池があった。近いうちに埋め立てるらしく、辺りはフェンスで囲われており、中には業者が複数人立っていた。


 オープンキャンパスで和葉が最初に行ったのは学校説明会だ。講堂の中はかなりの人数で溢れかえっているものの、冷房が効いていて涼しかった。

 簡単な学校紹介ムービー、生徒会の人たちの挨拶、野球部の漫才、カリキュラム紹介……時間はあっという間に過ぎていった。最後に校長の挨拶だ。

「えー、皆さま、今日は暑い中お越しいただきありがとうございます。本校は60年前、元々は大学が建つ予定だった場所に、初代校長が建てた歴史ある高校です。歴史ある、とは言っても、伝統にばかり固執しているわけではありません。生徒の皆さんの主体性を重んじることを心がけています。勉強というものは、誰かに強制されるものではありません。もちろん、どんな勉強をするか、というのも生徒自身が考えます。『こんなの役に立たない』と言われがちなことも、何かの問題を解決することにつながるかもしれないのです。

 さて、長々と話をしてしまいましたが、私からの話は以上とさせていただきます。皆さんとまた顔を合わせることができるのを、楽しみにしております」

 講堂からは拍手の音が聞こえる。校長は軽く会釈をして去って行った。

 司会の先生から終わりの挨拶と体験授業の案内がされ、和葉は席を立った。



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