第12話 不良たち(2)

 彼らが去った後、周囲の人間が和葉と筒音のもとに駆け寄ってきた。「大丈夫だった?」や「怖かったねえ」といった言葉をかけられ、曖昧に返事をしていたが、内心「誰も助けてくれなかったくせに」と毒づいた。

 しかし筒音の手当てをしてくれたのはありがたかった。幸い出血はすぐに治まり、落ち込んでいる様子もなかった。それどころか「一発くらい殴ってやりたかった」と拳を握ったので、つい和葉は笑ってしまった。

 手当てが終わり、二人で家向かって歩いた。道中、やけに筒音が静かであることに気づいた。理由を聞くと、耳を赤くしてそっぽを向いた。

「なんで、あたしのことかばったの。逃げればよかったのに」

 筒音はぼそぼそと呟いた。小さい体が余計小さく見える。

「なんでだろう……特に考えてなかったな。体が勝手に動いてたんだよね。はは……それと、もう逃げたくないって思ってさ。筒音ちゃんにまた嫌われちゃう」

 冗談交じりで笑いながら和葉は言った。筒音は大きくため息をつき、涙目で和葉を見上げた。

「馬鹿じゃん……かばわれたってあんたのこと好きになんないし。逃げたって責めたりしない。こんなことも分かんないなんて馬鹿だよ……でも、ありがとう」

「筒音ちゃん……」

 和葉はたまらない気持ちになって、筒音の手を握って前後に振った。滲んだ涙を見られないように、顔を上に傾けた。筒音は顔を赤くしながら、「こんな子どもみたいなことやめてよ!」と言っていたが、振りほどくことはなかった。


「そういえば、さっきあいつらが言ってたクスリって何だろうね。違法なのかな」

 和葉は家に帰り、三雲の前で何となく気になっていたことを筒音に問いかけた。相変わらず三雲の口数は少ないが、それでも和葉と筒音の話は聞き、相槌の数は増えていった。

「多分そうだよ。この国は戦争を繰り返してるけど、その度に違法の薬が流行るんだってさ。ここら辺の街だけだと警察は動かないけど、金持ちにまで流行ると大変だからって、警察が動き始めてるらしいね」

 アウトローな人間と会っていたことに、和葉は改めてぞっとした。こんなことは自分と遠く離れた世界で起こっていることだと思っていたのだ。

 運んだ奴はその場で殺す。先ほどの言葉を思い出した。「愛する幼馴染のため」にクスリを運んでくるとも言っていた。何かが和葉の心の中に引っかかる。とてつもなく嫌な予感がする。幼馴染のために一生懸命な男の顔が頭を過ぎる。

「ちょっと、どうしたのさ。そんな顔して。今更さっきの奴が怖くなっちゃった?」

「いや、私の勝手な想像なんだけど。多分こんなことないかもしれないけど、さっきの奴らが言ってた『クスリを運ぶ人』って、まさかユリウスさんじゃないかって思っちゃったんだ。最近全然帰ってこないし、幼馴染のためお金が必要だって言ってたし」

 そう言うと筒音の顔は、一気に血を引いた。目を見開き、歯をガタガタと震わせている。

「でも、幼馴染のためにお金を稼ぐ人なんて、他にもいるかもしれないね。ごめん、変なこと言って。心配しなくて大丈夫だよ、きっと」

「『きっと大丈夫』なんてことばっかり考えてたら、いざという時手遅れになるんだよ! 絶対後悔する。あたしは今まで希望が絶望になるところを見てきたんだ!」

 心配そうな筒音をリラックスさせたくてそう言ったが、彼女の心には逆効果だったようだ。筒音は荒々しく立ち上がり、家を飛び出した。

「ちょっと、筒音!」

 三雲は今まで和葉が聞いた中で、一番大きい声を出した。カーテンの向こうで立ち上がる気配がした。そのことに驚きつつも、和葉は筒音を追いかけた。

 階段を下りて少し行ったところに筒音はいた。身長差のせいなのか、すぐに追いついた。和葉は筒音の背中に覆いかぶさり、もがく彼女を抑え込んだ。

「待って! ごめん、私が悪かったよ。だから、一人でどっか行っちゃったりしないでよ。また、さっきの奴らに会ったらどうするの?」

「その奴らの所に行くんだよ! もしユリウスがそいつらに使われてたら許せない。まだ殺されてないかもしれないから、助けに行く。場所はきっと青屋根のプレハブの横を通って、小道の奥を行ったところにあるビルだよ! ユリウスが最近、そのビルには危ない人がいるから近づくなって言ってたし」

 彼女は眼を見開いて和葉を見た。どうやら引き返すつもりはないらしい。

「分かった。じゃあ、私も行く。ユリウスさんには世話になったし、何より三雲さんたちが悲しむもんね」

 和葉は覚悟を決めた。恐怖心はもちろんある。足だって震えている。でもここで何もしないでいることの方が、何倍も怖いと思った。

 二人は顔を見合わせ、駆けだした。筒音を追い越さないように、彼女の後に続いて走った。この街に来たばかりの頃はキョロキョロと周りを見渡してばかりだった和葉は、今では筒音の背中だけを見て走っている。

 一心不乱に走っていたら、突然筒音が止まった。上を見上げると、白を基調とした3階建てのビルが見える。窓がいくつかあるが、どれも黒いカーテンで中が見えないようになっており、入り口付近では3人くらいの若者が警備をしている。とてもではないが、潜入するのは難しそうだ。

 表が無理なら裏に回ろう、と筒音が提案した。裏に回ると、そこは駐車場だった。停まっているのは高級そうな黒塗りの車ばかりだったが、どれも砂ぼこりや指紋で汚れてしまっている。

 幸いなことに、駐車場には警備の人間はいないようだった。しかし入り口もない。どうしたものかと途方に暮れながら辺りを見渡すと、遠方からバイクの音が聞こえた。二人は咄嗟に車の後ろに隠れ、息を殺しながらバイクに乗っている人物の顔を見た。

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