第25話 1組限定!予約困難な料亭

夕凪は1人街を歩いている

全ての人に霊が付いているわけではない、もしそうであれば人混みなど大変なことになる、先日の血染めの少女のようにはっきり見える者は霊では無いのかもしれないし、そうなのかもしれない、そう判断できるのは神くらいの存在なのかもしれない

私たちは目で見て判断することに頼りすぎているのかもしれな

事の本質を見極めるには目だけに頼ってはいけない

そうキトさんに教えてもらった


街ですれ違う人々、その人に付いている霊らしき存在、それがその人に関連する霊なのか、まったく関係の無い霊なのか、石を通じて干渉しなければハッキリとは分からない


美央と一緒に暮らし始めて、いろいろ話をして自分とはまったく違う能力であると理解した、美央の場合、自分に関係する人の何かを感じることができるらしい、それが写真のシャッターのような一瞬の画像、または匂い、音、このいずれかの1つだけが突然閃く、血染めの少女を考えるともしかすると違う未来で殺されていた美央が助けを求めてきたのかもしれない、いやもしかすると魂や霊という概念が自分たちの住む世界との時間の線が同じではないのかもしれない、だがそれは想像でしかなかった


今だ殺された母の霊に出会ったことがない

昔よりかは成長した、いろいろな修行をしてきた、だが、やはり願って自分の望む霊に会うなどできないのかもしれない、知れば知るほどそう思うようになってきていた。


夕凪はいつの間に街を見下ろせる小高い公園のベンチで夕焼けを見ながらそう考え事をしていた


夕凪の犯罪者への憎しみは増幅していた

特に犯罪者を見ると、そしかすると母を殺した犯人なのかもしれない・・・

その思いが抑えきれない憎しみと共に心のリミッターを外しに掛かっている可能性が高かった


・・・・


キトは先日雪音の事務所で回収してきた物である物を作っている

「よしできたな、そろそろ動くとしよか」

キトはとある場所へと出かけて行った


グリスはようやく腕の痛みから解放されてきていた

まだ完ぺきとはいいがたい

今日は重要な仕事の為に休んではいられなかった


丹野の運転で人里離れた1件の料理屋に到着する

車から降りてきたのは議員の真似辺健二、警察署長の合田津巌だ

「ここが噂の料亭ですかな」

「そうです、1日1組の客しかとらず、今からご予約しても何年後になるか分からないほどの料亭です、味は私が保証致します」

「ほほう、そうとうお高いのでしょうな」

「おそらくこの国で1番高いかと」

「いやはやお金持ちはスケールが違いますな」

「今回の件でご迷惑をお掛けしたお詫びを兼ねて、さぁさぁ、どうぞこちらへ」


門構えはすべて太い竹で出来ており簡素だが門の扉の木の板には薄っすらと黄金色をした苔が産毛のように生えており、非常に年代を感じさせる

入口の脇にはなにらや香のような物が炊かれており、今まで嗅いだことないような魂を脱力させるかのようなやさしい香り漂っている


「いやはや、入口からしてなかなかの物ですな」


敷地の中へ入ると足元が薄っすらと霞ががかっており、まるで雲の上を歩いているかのような雰囲気だ


「演出もすばらしいですね」

「健二よ、この庭の手入れもすごいぞ、庭の手入れを見ればその家が金持ちかすぐにわかる。これはそうとう儲けてそうだな」

「流石元刑事だけあって見るところが違いますね」

「はははは、そうか、お前は相変わらずボーっとしてるな」


「お二人は古くからのお知り合いなのでか?」

「なーに、こいつの親父と親友でな古くからこの小僧の面倒を見てきたのよ」

「そうでしたか、それなら今日は気を遣うことなく楽しんでいただけそうですね」

グリスは先を歩いていく


「合田津さん・・・、その事は内緒にと言ってたじゃないですか」

「いいじゃないか、よそ者にはそんな情報くらい大したことじゃないだろう」

「しかし・・・」

「気にするなって、お前は相変わらずだな」


平屋の建物の玄関はすべて木で出来ており梁や棟木など様々な場所に最低限の彫りだけが施されており威厳の無いところが訪問者を安心させるほどあっさりしている


グリスが玄関の扉を開けると

2人の女性が出迎えてくれた、1人は大女将60歳くらい、もう1人は女将30歳くらいの女性で、親子のようにも見える


「ようこそおいでくださいました、女将のクシと申します、こちらは大女将のタズと申します」

女将のクシの姿に2人は目を奪われた、特に健二は放心状態に近いくらい女将を見つめている

「大女将のタズです、さぁさぁ、お上がりください、部屋までご案内させていただきます」

3人は靴を脱いで上がっていく、丹野は外の車で待機しており、中には入っていない

途中3人は庭が一望できる廊下へと差し掛かる

庭には一筋の小さな滝とその流れの先には池があるのだが、先ほど動揺足元には霞がかかっており幻想的な光景である


「おおー、これは見事な庭ですな」

「なかなかの絶景ですね」

「・・・」

健二だけは女将が気になって仕方がない


「先祖から代々受け継いだ当家の一番の自慢にございますゆえ」

「だろうな、これはなかなか期待できますな、おい、大丈夫か?」

「あ、は、はい」

3人は席に座る

小さな滝が流れる音に加え、ほんのり遠くから鹿威しのカコンという乾いた音が心地よく響く

「お飲み物をお持ち致しますのでしばらくお待ちください」

大女将が出ていく


「予約に何年もかかるのが頷ける、この庭を眺めるだけでも価値があるな」

「お前もそう思わないか?」

「そう・・・ですね」

気の無い返事だ


「失礼致します」

女将が飲み物を手に部屋を訪れる

健二は、ただ飲み物を机の上に置くだけなのにその優雅な動きに目が釘付けとなる

「いやはや、庭以上に女将の方が魅力的ですね」

「ありがとうございます」

「健二、お前もそう思うだろう」

「・・・」

気味が悪いくらい見つめている

「なんだお前女将に惚れやがったか?まったく」

「まぁ、ご冗談を」

女将は上目を使い健二をチラリと見る

健二の口元が少し笑ったよう見えた

「女将さん、こちらの方は代々議員の家系でね、なにかあった時には頼ってあげてください」

「まあ、議員さんでしたか、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします」

「固い挨拶は抜きで健二に尺でもしてあげてください」

「健二さんどうぞ」

健二の女将を見つめながら尺を受ける姿には少し異様な物を感じるくらいだ


「女将さん悪いのだが少し席を外してもらってもいいですか?」

「はい、ではごゆっくりと」

女将は部屋を後にする

その様子までも目で追う健二


「ところでですね、今回お二人をこちらにお呼びしたのは、少々お伝えしたいことがございまして」

グリスは紙になにかを書き出す

「こちらでいかがですかな」

「い、いっせん・・・」

合田津は無言で自分と健二に指を刺し、それぞれにと言いたそうだ

グリスは頷く

普段から盗聴を恐れている2人は余計な事をしゃべらない、特にこういう場では筆談となる

合田津は頷く、合田津が頷けば健二も右に同じだろう

「では私は所用がございますので、帰りの車もこちらでご用意させていただきます、お二人はこちらでゆっくりお過ごしください、では」

グリスはその場から去っていった


「おい、見たかあれ?流石としかいいようがないな」

「だが金持ちと言うのも大変だな、俺たちの顔色を窺わないとなにもできない、いやむしろ俺たちがあいつの邪魔をしているとも言えるな、どちらにせを俺たちは最強コンビだ、せいぜい美味しい思いをさせて貰おうじゃないか」

「市民を守る立場の人の発言とは思えませんね」

「俺らは一般市民とっちゃここと同じ雲の上の存在なのさ、いくら金持ちといえ例外は無い」

「地元以外の企業を誘致し、優遇していく、それだけでこんな美味しい思いができるのならやめられませんね」

「流石は代々議員の家系、金の匂いには敏感だな」

「その分皆さんにも美味しい思いをしていただいているのです」

「こりゃしばらく議員の座は安泰だな」


「ところで健二よ、お前女将に惚れたか?」

「これまでの人生の中で、今まで出会ったどんな女性より僕の好みなんです」

「お前もそろそろ卒業してくれよ」

「分かっています、でももしかしたら今夜で卒業できるかもしれません」

「そうか、今日で最後にしろよ」

「ぐふぐふぐふふ」


「失礼致します」

大女将が料理を運んでくる


「少々お聞きしたいのだが、女将には連れ添った相手などは居るのかな?」

「主人と別れてから早20年、今のところ天蓋孤独の身にございます」

「いやいや、女将の方なのだが」

「これはこれは、失礼を致しました、女将には特に決まった殿方はおりませぬ」

おお、そうであったか、実はなこちらの御仁が女将に一目惚れしおってな、なんとか仲を取り持つ手助けをしてほしいのだが、如何であろう?」

「まぁ、そうでしたか、仕事一筋で浮いた話も無く、願ったりでございます」

「そうですね・・・、お食事が終わって一段落したら席を設けます故、お二人でと言うのは如何でしょうか?」

「おお、それはよいな、健二お前もそれで良いじゃろう?」

「はい、ありがとうございます」

「ではそのように部屋をご準備させていただきます」

大女将は部屋を出ていく

「ちょっと厠へ行ってきます」

「ああ、ほどほどで戻って来いよ」


健二は部屋を出ていく

健二は背も高くスーツの下は筋肉質だ、それは女性に自分の言うことを利かせるため毎日のトレーニングは欠かせなかった

今後の人生であんな好みの女性に今後出会うことは無いだろう、準備は万端だ、どんな強引な手を使ってでも女将を手に入れたい、その思いのみが健二を動かす

健二は料亭の中を下調べしていく、やはり他に客の姿は無い

もしやと思っていたが従業員らしき姿も見かけない

大女将と女将だけなら自分の思い通りに事が進む、そう期待が膨らむ

そしてその期待は見事に的中する

厨房を覗くが誰も居ない、やはりここには大女将と女将しかいない、1日1組と言うので予想はしていたがやはり人手が居ないのだ

料亭の中を歩いていると、自宅と兼用になっているのかどこかで薪を焼いている匂いがしてくる、匂いの元をたどっていくと、離れのお風呂に誰かがいる

健二は離れに近づき脱衣場らしき扉を音を立てないように開けていく

脱衣場に置かれた着物で女将だと確信する

健二は己も服を脱ぎだす、お風呂から出てきたところを襲おうと脱衣場に息を潜めるのであった


一方、合田津は1人酒を飲みながら料理を摘まんでいる

「健二のやつやけに遅いな、まさか、待てずに強硬したのか?、相変わらず女にだけは手が早いな」

合田津は7年位前の事件を思い出す、当時刑事だった合田津はある殺人事件の容疑者として浮かび上がった健二のアリバイを作り庇ったのだ

初めての殺人だったのだろう、その動揺っぷりから犯人は健二だと一発で分かった、が上からの命令で事件は迷宮となった

当時議員でもなかったこの男の女癖はとにかく酷かった

上からの命令だといえ健二に関わる事件はすべてもみ消してきた、健二が議員として力を付けていくと同時に自分も出世し、今では署長の地位まで上り詰めた、それでも上へ行けば行くほど闇が深くなるのを肌で感じては居たが、今ではそれも当たり前になってきている

「こうもマヒするとはな」

またいつものように女には泣いてもらう、権力者には逆らえない、それがこの世のルール、我々は常にそのルールを支配する側にいる絶対者なのだ、そう自分に言い聞かせていた

「失礼致します」

大女将が入ってくる

「お部屋の準備ができたのですが、はて、お連れさんはどちらに御出でで?」

「あいつならトイレに行ったっきり帰って来やしない、大かた緊張してトイレに籠っているんだろう、大女将、戻ってくるまでここで待っててくれんかね」

「そういう事でしたら、こちらでお待ちさせていただきます」


それから数分と経たぬ間に健二が裸で慌てて駆け込んでくる

「ば、ばば、ばばばけばけ」

「なんだよ、婆さんならここにいるぞ?」

「ば、ば、ばけもの、ばけものだ!」

「化け物?、なんだよ裸で突然、そんなものがこの世に居る訳ないだろ、酔ってるのか?」

「うっ」

合田津は突然猛烈な吐き気が襲ってきた

誰かが池の方で手招きしていたように一瞬見えた

料理にぶちまける訳にいかず、招かれる方へと足を運び、池の前に手を付き池の中に吐いてしまった

胃の中が軽くなると少し冷静になる、このくらいの酒で酔うのはおかしい、今までこんな吐き気は経験したことがない

もしや毒でも盛られたのか?

「大女将!聞きたいことがある」

振り返るが大女将はいない

ピチャピチャ、池の中で魚が跳ねるような音がする

振り返り池の中を覗くと大量の魚が池の中からこちらの伺っている

いや、魚と思っていたがそれは別の生き物だった

体は魚に見えるが顔の部分はけっして表情が変わることの無いまるで泣いているかのような人のような顔がへばり付いており、体から人の骨のような物が突き破って出ている、その様子からは生命を感じない

そんな化け物が一斉に口を開き合田津に飛び掛かり噛みつき肉を噛みちぎっていく、必死に抵抗するも全身が血に染まり、のど元に止めくらい崩れ落ちる、崩れ落ちた体は池に引きづりこまれ、池が真っ赤に染まっていく

健二はその様子に悲鳴を上げる

「おやおや、困ったお方ですね、女将があなたの事を大層気に入りましてな、是非味見したいと申しておりまして・・・」

健二は震えながら首を横に振る

「女将を襲ったことは謝る、どうか、見逃してくれ、お金ならいくらでも用意する、なんでも言うことを聞くから」

「ここではあなたの意思など必要としないのです、あなたなら共感していただけると思っていたのですが・・・少々残念です」

健二は調理場へを力づくで連れていかれ大きなまな板に乗せられる

「素材は新鮮な内に調理をしないといけませんからね、特に肝は鮮度が大事ですから」

健二の腹を指でなぞりながら

「この辺りですかね」

「やめろ、やめてくれー」

大女将は健二の腹を引き裂いていく

調理場に健二の悲鳴が響き渡るがやがて静かになる


庭の池を眺めるキトの姿が

合田津の面影を残した顔をつけた魚らしき生物が泳いでいる

「終わったのか?」

「はい、この度はありがとうございました、おかげさまでお庭も生き生きしております」

「そうか、ここに人が来たのは何十年ぶりやったな」

「はい、おかげさまでお嬢様も喜んでおられました」

「それはよかったな、これは褒美じゃ、受け取るがよい」

キトは人間の骨や獣の血肉や毛を配合し、練り上げた特別製の香を渡す

「これは高貴な物をありがとうございます」

「にしてもあの男、女性の血肉を求めて襲っておったようで、こちらの者に近し面がございましたな」

「そうやな、魂が接点に触れ影響を受けた、無きにしも非ずってとこやな」

大女将は静かにうなずく


キトは屋敷を出ていく

その姿を満足そうに咲く大きな一凛の花がキトを見送る

この屋敷には誰も存在しない


・・・・


「ゆ~さん、こんな暗くなるまでどこをほっつき歩いていたのですか?、折角作ったご飯が冷めてしまいますよ、もう」

「ごめんごめん」

「先に手洗いとウガイはしてきてくださいね」

「はいはい」

夕凪は美央という妹のような新しい家族ができたことで前向きに生きられそうな感じがしてきていた


屋敷の外で夕凪達を見守る車が1台

「丹野くん、あの子たちのこれからの未来のために、僕たちも僅かながら協力させてもらおうじゃないかね」

「はい、グリス様」

「とりあえずこの辺りが開発されないようにこの屋敷周辺の土地はできるだけ確保しておいてくれ」

「はい、畏まりました、あれ以来グリス様は少し変わりましたね」

「そうかね、僕の本質は変わらないと思うのだが、君がそう思うならもしかしたら少しは人に近づいたのかもしれないな」

「はい」

丹野は少し嬉しそうだった

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