培養夜

 夜を拾い集める。大事に赤い小壜に詰める。彼女は朝を迎えない。柘榴タブレットを一粒くちに含む。夜が少し伸びる。まるで赤いクスリ。夜はゴムのように伸びる。彼女は朝を欲しくない。


 真っ暗な天の川でひとりボートの櫓を漕ぐ。夜の採集探索隊は彼女ひとり。太陽は思い出せないほど前に沈んだ。月もとうに沈んだ。金星も沈んだ。木星も火星も沈んだ。それでも遮光板を空に翳して北を向くと、北極星だけがとても小さな優しさで光っているのが知れた。彼女は安堵を覚える。そして柘榴タブレットを一粒くちに運び、噛み砕く。甘酸っぱい柘榴の実であった頃の名残りの風味、それを超える保存培養液の薬のにおい。また夜が少し伸びる。夜の端々を拾い集める。


 遮光板が反応し始めた。もう少し星が見えるのだろう。黒いドームのような空を見上げて、彼女は真っ直ぐに右腕を持ち上げ、狙いを定めた。腕を三角の形に踊るように振り翳す。夜の大三角形の相似形を上手いこと刳り貫いた。成功だ。落ちてきた夜の三角形を鑞引きの紙に挟んで仕舞う。夜空の一部を彼女に盗られた夜は、また少し膨張して伸びる。


 彼女は朝を欲しくない。柘榴タブレットをくちに運ぶ。慣れ切った培養液の苦みが脳幹までに漂う。噛み砕いて、もう一粒くちに含んで、噛み砕いて。赤いクスリは夜を彼女のなかに閉じ込め、彼女は夜を呼吸する。

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