森は背の高い真っ直ぐな木々と、人の背の高さ程度の茂みで形作られていた。足元はまるで整備されているかのようで歩きやすいし、ところどころで開けた場所すらある。

 これも現実には即していないらしい。俺はハイキングや山登りの趣味がないからよく解からないが、本物の自然と言うのは踏み入るだけで一苦労するそうだ。

 そんなわけで森を進むのには苦労はしないのだが、極端に視界が悪い方が厄介だろう。気がつかないうちにモンスターと出くわすことだって十分にありえるし、迷子になってもおかしくない。

「しまったな……意外と大きそうな森だぞ。奥に行ったら街が見えなくなりそうだ」

「移動系のアイテムが無いっすもんね。……どんなのがあるんですかね?」

 リルフィーがそんなことを言ったのは、MMOではプレイヤーの移動を手助けするアイテムがよくあるからだ。

 街から街へテレポートで運んでくれる……ちょうど電車やバスのようなアイテムやNPCは定番だし、どこからでも街に戻れる便利なアイテムや魔法、ほとんど制限もなく思うがままにテレポートできる魔法まで……システムによって色々なものがある。

「大丈夫だよ! ………………街はあっちだよ!」

 カエデがそう言いながら、みんなに見せるように人差し指で空を指差した。

 その人差し指の先には光る羅針盤の様なものが出現していて、どこかを指し示している。

「それ……『方向感覚』のスキルですか?」

「うん! マーキングした場所の方角がいつも判るの! 噴水広場にマーキングしといたんだ。ボク……ちょっと方向音痴なんだよね」

 アリサエマに問われて、照れながらカエデは説明してくれた。……可愛い!

 マーキング可能な場所や回数によっては、便利なスキルだろう。リルフィーの様な廃人はまたいで通るだろうが。……他の方法で解決できるなら、可能な限り貴重なスキル枠を費やさないのが廃人の基本だ。

「……帰り道の心配は無くなったし、まあ探索してみるか」

「そうですね。……あまり街から離れない様にということで」

 しっかりとネリウムに釘を刺された。

 判ってはいるが、ぶれない人だ。共闘関係にある今は良いが……くれぐれもリルフィーのとばっちりを受けないように注意をしておかねば。

 それで俺たちは探索を開始したのだが、なにも発見できない。いままでのパターンならすぐにモンスターに遭遇するはずなのだが……どうしたことだろう?

「あれ? これ風景じゃなくて……アイテムかも?」

 リルフィーが何か見つけたようだ。ようやく起きた出来事だが……なんだが地味な感じがする。

 リルフィーが指し示していたのは、いかにもな感じの植物だ。名前を調べて見ると『みどり草』とある。説明に「回復薬などを作る材料になる」とあるが、おそらくは俺にしか見えていないだろう。

「回復薬の材料みたいだな。こいつと『基本溶液』をなんとかすれば『初級回復薬』とかを作れるんじゃないかな?」

「……もしかしたら、この森は……薬草とかを探すための場所……なんですかね?」

 俺の説明にリルフィーが応じるが……少し批判的なニュアンスだ。

 ここが薬草の採取場所なら、単純な作業をするための場所であり……大勢でゾロゾロとやってくる場所ではないだろう。

 不満は解かるが……それを俺のせいにされても納得がいかない感じだ。

「その……これも……情報?なんですから……悪いことではないんじゃ……」

 理由は解かってないのだろうが、空気を読んだアリサエマがフォローをしてくれる。少しはリルフィーも見習え!

「タケル!」

 押し殺した声でカエデが俺の名を呼ぶ。

 カエデまで俺を批難するのか? いや、優しい子だ……アリサエマと同じようにフォローしてくれるに違いない! ……などど考えていたところで、勘違いに気がついた。

 カエデは俺の方は見ておらず、真剣な顔――そのきりっとした表情もとても可愛い! ――で前方の茂みを指差している。

 指し示された方には何者かがチラッと見えた。


 一部分しか見えなかったが、明らかに人間ではなかった。……もちろん、エビタクシリーズのどれかでもない。

 急いで辺りを見渡す。すぐ近くに良さそうな場所がある。

「リルフィー、あそこな」

 場所を指差しながら言うと、すぐにリルフィーは肯いた。

 そして肯きながらも、音を立てないように慎重に剣を抜いている。普段は馬鹿なことばかり言っているが……ゲームに関することなら信用できるのが、リルフィーの数少ない取り柄だ。

「な、なにかあったんですか?」

 アリサエマは突然のことに理解が追いついていないようだ。

「アリサ、声を小さく。声で気づかれるかもしれません。……とりあえず、私と一緒に行動を。あちらの少し開けた場所でやるようです。ゆっくりと移動しますよ」

 ネリウムが後衛の指揮を執ってくれていた。凄く助かる!

「カエデ、ガードを」

 カエデにも指示を出しておく。カエデは一瞬だけ慌てたようだが、すぐに肯いてネリウムたちと合流した。

 俺も静かに剣を抜きつつ、リルフィーがいる地点とネリウムたちいる開けた場所のちょうど中間に移動する。

 ネリウムと視線を合わせると、無言で肯いてきた。

 それでリルフィーに肯いて合図を送る。

 リルフィーも肯いたかと思うと、静かに手に持った剣を地面に突き立てた。自由になった手で石を取り出し……そのまま投擲のモーションに入った!

 そこから当てるつもりなのか?

 内心、少しビックリしたが……リルフィーは見事に命中させた!

 何者かの悲鳴が上がる。間違いなく人間の声ではない。

 すぐに何者かは叫びながらこっちへに向かってくる。

 リルフィーは素早く地面に突き立てていた剣を引き抜き、ネリウムたちの方へ走り出した。

 俺はそれらを視界の隅に入れながら、他に何か変化が無いかを観察する。……何も無いようだ。相手はあいつだけか?

 その何者かは人間型だった。しかし、やはり人間ではない。人間よりやや小柄で茶色の肌をしている。頭は禿げ上がっていて、奇妙にとんがった耳と長い鼻が特徴的だ。粗末な腰ミノ姿で、手に持った剣を振り回していた。

 急いで名前を確認する。予想通りの名前――『ゴブリン』だ。

 リルフィーが俺のところまで来た時点で、俺も一緒に走って戻る。

「ゴブリンだ。一匹だけ。強さがわからない。確実にいこう」

 俺は全員に向けて報告する。

 すぐに三人が真剣な顔で肯き返す。俺の横ではリルフィーが盾を構えていた。

 俺も同じように盾を構えて前へ向き直る。

 もうゴブリンが雄たけびをあげながら迫ってきていた。

「アリサ、いまです!」

「は、はい! 『ファイヤー』」

 その声と共に火の玉と投石がゴブリンに向かって飛んでいく。

 どちらも見事に命中した!

 飛び道具や魔法の最大の利点は、接近される前に相手にダメージを与えられることにある。これで倒せれば楽なのだが……。

 ゴブリンは苦痛の呻きをもらすが、しかし、勢いを落とすことなく突撃してくる!

 その勢いにのったまま、リルフィーめがけて剣を振り下ろす。しかし、リルフィーは構えていた盾でしっかりと攻撃を受け止めた。

 視界の隅でリルフィーのHP表示が大きく減った。まずい! 盾で受け止めているのに、二割くらいは減っている! 直撃を受けたらどうなることか……。

「まだですよ、アリサ。『ヒール』」

 後ろではアリサに指示を出しながら、ネリウムが回復魔法を使っていた。リルフィーのHPが全快に僅かに足りない程度まで回復する。

 いい感じだ。きちんと安全マージンを見てくれている。

「カエデ、いくぞ!」

「うん!」

 カエデに声をかけながら俺も攻撃に参加する。

 相手はリルフィーに攻撃した直後だから隙だけだ。

 俺とカエデの攻撃は容易く命中した。それでゴブリンは再び苦痛の叫びを上げるが……まだ倒れない!

 ゴブリンは俺の方を睨んだ。一番の脅威が俺と判断されたようだ。次は俺を狙いにくるか?

 俺は盾を構え、リルフィーが交代とばかりに剣を持ち直す。

「いまです!」

「はい! 『ファイヤー』!」

 再び火の玉がゴブリンめがけて飛んでいく。

 それが止めとなり、ゴブリンは断末魔の悲鳴をあげながら倒れつつ……煙になってドロップへと変わった。


「ふー……なかなか強い……火力がある感じすっかね。盾越しでも少し痺れました」

「そうだな……盾の仕様が判らんからあれだが……直撃をわざと受けてのデータ取りは、まだ避けておきたいな」

 ドロップを拾いながら俺は答えた。ドロップは金貨だけだったが、スライムの五倍はある。

「あのようにモンスターに脅威と判断されるとターゲットに……モンスターの攻撃目標になります。このようにパーティで戦うときは――」

 俺たちの後ろではネリウムがアリサエマにレクチャーしている。アリサエマはしきりに感心して何度も肯いているようだし、そのままネリウムに任せていても平気だろう。

「つ、強かったね! でも……ボクたちの方が強いね!」

 興奮しているのか、少し顔を赤くしてカエデは言うが……短剣の持ち方が変だった。なんだか汚いものでも持っているかのようだ。

「……その短剣はどうかしたのか?」

「んっと……どうもしないんだけど……その血が……ちょっと苦手なんだよね」

 心苦しそうにカエデは答えるが……実に良い!

 正直、血みどろ大好きなどと言われたらどん引きだ。……若干一名、その道の大家がいるようだが……まあ、それはそれとしてだ。

「それならば……流血表現の設定を変えればよろしいでしょう」

 なぜか非常につまらなそうな顔で、ネリウムがそんなアドバイスをした。

 それを聞いてカエデとアリサエマは、メニューウィンドウを呼び出して操作を始める。

 おそらく、その設定変更をすれば出血は光か何かのエフェクトに変化し、返り血なども見えなくなるのだろう。……そんな設定までチェックしているのはきっと、ネリウムがその道の大家だからに違いない。

「タケルさん! ゴブリンは美味いかもしれないです! 一匹でスライムの十倍以上も経験が入ってます! あと一匹倒せばレベルアップっすよ!」

 リルフィーがメニューウィンドウを調べながら報告してきた。

 機嫌が良いようだが……奴にしてみればようやくMMOらしくなってきたところで、やっと楽しくなってきたのだろう。

 しかし、俺は少し危ういと感じていた。

 ゴブリンは四、五回の攻撃を重ねれば倒せるようだが、こちらも似たようなものだ。いや、リルフィーは確実に四回は耐えれそうだが、俺では四回目の攻撃が耐えれるかは微妙に思える。他の三人はもっと少ない回数しか耐えれないだろう。

 ゴブリンは俺かリルフィーと同じくらいの――新米『戦士』と同じくらいの強さじゃないだろうか?

 一匹ずつなら確実に狩れるだろうが……数匹同時や連戦は厄介そうだ。

 本来ならスライム相手に修行をして一、二レベルあげてから、パーティを組んでやってくる狩場なのだろう。

 それでもあと一匹でレベルアップは魅力的だ。

 もしかしたらレベルアップで劇的に強くなって、この狩場でも立ち回れるようになるかもしれない。

 ここはなんとか一匹だけでいるのを探して狙うべきだろう。

 HPとMPの回復をはかり、放置状態だった『みどり草』の回収もして……俺たちは探索を続行することにした。

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