第7話 2度目の変身

『困りましたね、やはり陽華たちはラルバと接触したようです。昨日、私の所へラルバが来ました。東京バナナをお土産にして』

「そうかよ。・・・・・・つーか、昼寝中に話しかけてくるなよ」

 影人は瞼を閉じながら、河川敷沿いのベンチで横になっていた。休日ということもあり、陽光を浴びながらゆっくり寝ようと思っていたのだが、寝ようとした瞬間にどこぞの女神の声が脳内に響いてきたのだ。というかなぜに東京バナナ?

『あなた今日は休日なのでしょう? なのに1人河原で昼寝とは・・・・・・友達はいないんですか?』

「うるせぇ、余計なお世話だ」

 ソレイユの悲しみに満ちた口調に影人は鬱陶しげに答えた。馬鹿にしないでほしい。自分だって友達の1人くらいはいる。

『しかし、これでラルバ――守護者サイドに、あなたという存在がいるということが露見しました。一応、2人が私に会いに来たときに、スプリガンは守護者ではないだろうと言っていたのですけどね・・・・・』

 だが、ソレイユのなけなしの牽制は功を成さなかったようだ。正直、守護者サイドにスプリガンの存在が露見するのはまだ後だと考えていた。

「・・・・・・まあ、どうでもいいだろ。どうせいつかはバレたんだ、気にするなよ」

 ふああっと、あくびをして影人は長すぎる前髪の下から、瞼を開ける。雲がゆっくりと流れていくのを見ると、考えなんてちっぽけなものだと感じる。

『まったくあなたは・・・・・私が悩んでいるのが馬鹿らしくなってきますね。でも、確かにあなたの言うとおりですね』

 どこか呆れたような感じでソレイユの言葉が響くが、影人はそろそろ眠くなってきて、再び瞼を閉じた。

 そういえば、結局自分はまだ1回しか変身していないが、光司という守護者が現れたいま、自分が再び変身することはあるのだろうか。

 眠気に襲われる中、影人はそんなことを思った。







 この世界のどこか、辺りが闇に包まれた場所。そんな場所に溶けるように黒の喪服を纏い、闇に映える美しい白髪を揺らしながら、レイゼロールは考え事をしていた。

(日本にいたあの2人組の光導姫たち・・・・・・あれは『面倒なタイプ』だな)

 レイゼロールは今まで何人もの光導姫たちと戦ってきた。中には自分がかなり苦戦した者たちもいた。あの2人組の光導姫は彼女たちと同じ目をしている。

 それは正義を信じ、未来を信じ、人を信じる強い意志を秘めた瞳だ。そういった目をした者たちは例外なく強かった。

「・・・・・成長する前に早めに消すか」

 ポツリとレイゼロールが言葉を漏らす。幸いあの光導姫たちはまだ成長途中だ、ならば消すのはそれほど難しくはないだろう。

「・・・・・・その役目、私にお任せください」

 レイゼロールの前方から突如そんな声が聞こえてきた。そして、その声の主は暗闇から姿を現した。

 長身の身綺麗みぎれいな男性である。燕尾服のようなデザインの仕立ての良い服を着て、その怜悧れいりな顔には単眼鏡モノクルを掛けている。

 髪を綺麗に撫でつけた中世の執事を思わせるその男性は、恭しくレイゼロールにかしずいた。

「いたのか、フェリート」

「はい、レイゼロール様」

 フェリートと呼ばれた青年はこうべを垂れていたその頭を上げ、ニッコリと笑みを浮かべた。レイゼロールはその冷たい瞳をフェリートに向け、言葉を放った。

「任せろ、とはどういうことだ?」

「言葉通りでございます。闇奴を一体いただければ、私がその光導姫たちを殺して見せましょう」

 穏やかな口調でゾッとするようなことを、平然とフェリートは述べた。その言葉を聞いたレイゼロールはふむと顎に手を当てた。

「・・・・・・なるほど、罠にかけるということか」

「はい、その通りでございます」

 フェリートの言わんとしていることを察したレイゼロールは、しばし考えを巡らせた。そして、結論をフェリートに伝える。

「よかろう、確かにお前ならばあの光導姫たちを瞬殺できる。闇奴は・・・・・私が現地で生みだす」

 人間を闇に堕とし闇奴にすることができるのは、レイゼロールだけだ。光導姫を罠にかけるためには、現地、日本で闇奴を生み出す必要がある。

「・・・・・しかし、お前はなぜ私が消そうと思ったのが光導姫だとわかった? しかも1人ではなく2人だと」

「ありがたき幸せ。――主人の思考ならば、理解するのが執事というものです」

「答えになっていないぞ・・・・・」

 どこか呆れたような口調で、レイゼロールは自称執事を見た。その顔は相変わらず穏やかなままだ。

「まあいい、今回のターゲットがいるのは日本の首都、東京だ。そいつらはまだ、光導姫になって新しいだろうから、闇奴のレベルは最底辺にする。その闇奴を餌に光導姫をおびき出す。ここまではいいな?」

「はい」

「で、問題はお前の気配をどうするかだ。お前レベルの気配をソレイユが見逃すはずがないからな」

 ソレイユは闇奴の気配を察知することができる。この場所はレイゼロールが、気配遮断の結界を張っているが、外へでれば話は別だ。そのソレイユがフェリートほどの気配を見逃すはずがない。もし、闇奴の側にフェリートがいたとすれば、罠だとばれ他の光導姫が来るはずである。

「・・・・・確かにそうですね」

「お茶目か貴様は。・・・・・まあ、それについては私がなんとかしよう。その代わり、確実に消してもらうぞ」

「ありがとうございます、ご主人様。してどのような策をお取りに?」

 フェリートの言葉にレイゼロールは、ふっと笑ってこう言った。

「単純明快。二重の囮だ」








 数日後、よく晴れた日の夕刻。ここしばらくは、闇奴は出現していなかったため、影人はごく普通の高校生として日常を過ごしていた。

 学校からの帰り道、突如影人の頭の中になじみのある音が響いた。

 キイィィィィィィィィィィィィィィィィン

「くそったれ、しばらくぶりだな!」

 影人はそう毒づくと、駆けだした。今回、闇奴が出現した場所はここから5分ほどの場所だと合図は告げていた。なので転送はされないだろう。

『影人、すみませんがまたお願いします』

「わかってるよッ! あいつらは?」

『陽華と明夜はもう着いています。もう少しすれば結界も展開されるでしょう。守護者も今向かっています』

 ソレイユの声が響き、影人に今の状況を教えてくれる。相変わらず、あの2人は素早いことだ。影人がそんなことを思ったとき、急にソレイユの声が震えた。

『ッ!? 待ってください! これは・・・・・この気配は!?』

「? 何だ、どうしたソレイユ?」

 その尋常ならざる雰囲気に、影人はつい走るのをやめてソレイユに語りかけた。

『影人!! 緊急事態です! 東京都心にレイゼロールが出現しました!』

「な!?」

 ソレイユの言葉に影人は目を見開く。だが、影人はその驚きに浸っている暇はなかった。

『影人、あなたは引き続き2人の元へ向かってください! 私はレイゼロールに対応すべく、他の光導姫に連絡し、ラルバに守護者を要請します!』

 ソレイユはそう言い残すと、何も話さなくなった。きっと、レイゼロールの対応に移ったのだろう。影人は何が起こっているのか、また何が起ころうとしているのかもわからず、ソレイユの言葉通り再び駆けだした。

(ったく、どうなってやがる!?)

 今までレイゼロールが現れたことはもちろんあった。しかし、その場合はレイゼロールが闇奴を生成した場合のみだった。闇奴を生み出した瞬間にレイゼロールは出現していたが、それ以外はレイゼロールが現れたということは、自分は聞いた事がない。

 しかも今回はレイゼロールと同時に闇奴が出現し、レイゼロールは離れた場所にいる。影人が陽華と明夜を影から見守って、まだ1ヶ月ほどだが今回のようなケースは初めてだ。

(ソレイユがあんなに焦ってたことは、かなりまずい事態ってことか?)

 全力で駆けながら影人は思考を巡らせる。ああ、制服が鬱陶しい。息を上げながらもソレイユの合図で示された場所を目指し、影人はただただ走る。

「はぁはぁ・・・・・・おえっ」

 走っている間、周囲に人はいなかったからもう2人は戦っているのだろう。ようやく目的地についた影人はなんとか呼吸を整えようとした。

「・・・・・・神社か」

 息を整えた影人は目的地を確認した。真っ赤な鳥居が階段の上に見えた。日が落ちようとしている中、影人は慎重に階段を上っていく。

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 裂帛れっぱくの気合いを伴った声が影人の鼓膜を揺らす。影人は階段を上り、すぐ横の林に身を隠した。

「陽華! 香乃宮くん! 離れてッ!」

 林から神社の様子を窺うと、3人は巨大な蛙型の闇奴と戦っていた。今は明夜がやしろの前に鎮座している蛙型の闇奴に攻撃を仕掛けたところである。

 明夜は杖を振るい、水の蛇を創造し闇奴に向かわせた。どうやら陽華と光司によって、かなりダメージを与えられていたようで、まともに動けずにその攻撃を受けた。

「ゲコッ!?」

 水の蛇はそのまま闇奴の前身を嘗めるように這い、闇奴の体に巻き付いていく。蛙型の闇奴は水の蛇によって全身の自由を奪われる。

「陽華!」

「うん、明夜!」

 2人はうなずき合うと、お互いの手を前方に突き出す。光司は2人を守るように、すぐ近くで剣を構えている。

(・・・・・まじで俺いらないな)

 2人が詠唱しているのを林から聞いていた影人は、数日前も思っていた気持ちを抱いた。まあ、光司という優秀な守護者がいるのだから当たり前だろう。

 別に卑屈になっているわけではない。ただ、本当に自分がいるか再び疑問に思っただけだ。なにせ、できれば自分はこんな仕事はさっさと辞めたいのだから。

「「浄化の光よ! 行っっっっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

 そうこう考えている内に、陽華と明夜の浄化の光が闇奴に向かって放たれた。明夜の水の蛇によって体の自由を奪われていた闇奴は、そのまま浄化の光を受けた。

「ゲコォォォォォォォォォ!?」

 果たして蛙型の闇奴は、そのような奇妙な断末魔を上げ、浄化され元の人間に戻った。光司が闇奴化していた女性を賽銭箱の隣に座らせた。闇奴化していた人間はしばらくは気を失ったままだが、もう少しすれば意識を取り戻すだろう。

「一件落着だな・・・・・」

 影人がそう呟いて帰ろうとした瞬間、どこからかパチパチと拍手の音が聞こえた。

「あ・・・・・?」

 夕刻の神社に響く場違いなその音に、影人が疑問を抱いていると、拍手をしながらその人物は現れた。

「いやいやお見事です。素晴らしい連携ぶりですね」

 社の影から現れた、どこか執事然とした男は穏やか口調で賞賛の言葉を口にする。陽華と明夜が不思議と不審の織り混じったような顔で、その男を見る中、光司だけが目を見開き顔をこわばらせた。

「・・・・・・・・嘘、だろ。まさか・・・・・・・!」

「あの人を知ってるの? 香乃宮くん?」

 陽華が光司の反応から質問を投げかける。目の前に現れた男は変わらず穏やかな雰囲気を醸し出したままだ。

 光司は仕舞っていた剣を構え直し、最大限の警戒と共に陽華と明夜にこう告げた。

「2人ともッ、今すぐ逃げろ! 僕が時間を稼ぐ!!」

「こ、香乃宮くん・・・・・?」

 光司のただならぬ様子に明夜が驚きの声を上げる。だが、当の光司は余裕がなさそうに、2人に言葉を投げかけ続ける。

「速くっ! あいつが攻撃してくる前にできるだけ遠くに逃げろッ!」

 いつもと違って語気が荒くなった光司に明夜は声を震わせる。

「な、何なの!? あの人は一体何者なの、香乃宮くん!?」

 執事然とした男を睨みながら光司はその男が何者なのかを告げた。

「奴は、闇奴が知性を得た存在――闇人あんじんだ!」

 光司の言葉に反応したのだろう。目の前の男は右手を自分の胸に当て、ニッコリと笑ってこう言った。

「はい、その通りでございます。私はしがない闇人が1人――名をフェリートと申します」









「おかしい・・・・・レイゼロールは一体何をしに現れたの?」

 神界からレイゼロールと光導姫・守護者の戦いを見ていたソレイユは、レイゼロールの動きに疑問を覚えた。

 ソレイユは光導姫と同じ光景を神界から見ることができる。今はレイゼロールと戦っている内の1人からその光景を見ていた。

 その様子を見ていると、レイゼロールの動きがどこか不自然だ。光導姫と守護者の攻撃をただただいなしている、そんな感じである。

「そもそも、レイゼロールはなぜ都心に・・・・?」

 レイゼロールは通常、己の気配を常に遮断している。普段はその気配を遮断しているため、どこにいるかわからないが、今回はわざわざ気配を遮断していない。

 過去にもレイゼロールはこのように現れたことがあった。だが、その時はこのような戦闘ではなく、もっと激しい戦闘が行われた。

 ソレイユは今回もそのような戦いが行われると踏んで、日本の優秀な光導姫と守護者を集結させたのだ。

 しかし今回のレイゼロールの動きは何かおかしい。まるで時間を稼いでいるような――

「・・・・・・まさか!」

 ソレイユはレイゼロールの気配とは別に闇奴の気配を探った。つまり陽華と明夜たちを向かわせた下級の闇奴の気配をだ。

「これは・・・・・・!?」

 だが、その闇奴の気配はもうなかった。おそらくもう浄化されたのだろう。そして、その代わりに凄まじい闇の気配をソレイユは感じた。

「この気配のクラスは・・・・・・・闇人!?」

 そこでソレイユは悟った。自分が罠にかけられたということに。レイゼロールの狙いは初めから、陽華と明夜だったのだ。

「やられましたね・・・・・・!」

 つまりはレイゼロールは囮だったのだ。しかも低級の闇奴も囮にした二重の囮。ソレイユは完全に意表を突かれた。

「ですがここでレイゼロールをフリーにするわけにも・・・・・」

 本当なら今すぐにでも囮のレイゼロールを無視して、2人に救援を向かわせたい。だが、そうなるとレイゼロールが自由になってしまう。それだけは絶対にだめだ。

「・・・・・・影人」

 無視できない囮にソレイユはグッと奥歯を噛む。陽華と明夜はソレイユの切り札の1つだ、失うわけにはいかない。

 ソレイユはどうしようもない事態に、もう1つの切り札に全てを託した。









 その男が自己紹介のようなものをした瞬間、影人は人生で初めて殺気のようなものを感じた。

 全身の産毛が逆立ち、鳥肌が立つ。本能が逃げろと叫ぶ。しかし影人は本能の声を無視して、黒い宝石のついたペンデュラムを右手に持ちこう呟いた。

変身チェンジ

 黒い宝石が黒い輝きを放つ。すると、影人の服装が変化した。制服は見る影もなく、黒の外套へ変化し、深紅のネクタイが胸元を飾る。紺色のズボンに黒い編み上げブーツを身につけ、鍔の長い帽子が出現する。

 それに伴いその長すぎる前髪が、少し長めの前髪に変化しその端正な顔が露わになる。最後に瞳の色が金に変化し、変身は完了した。

 そしてタイミングのいいことに、影人の変身が完了し終えた後、フェリートと名乗った男は再び口を開いた。

「しかし、守護者が付いているとは思いませんでした。今回の闇奴は最低クラスでしたので、守護者はいないと思っていたのですが・・・・・」

 フェリートと名乗った闇人はチラッと光司を見て嘆息した。

「しかもあなたは相当に優秀な守護者だとお見受けしました。いやはや、これは面倒なことになりました」

「ごたくはいい! 闇人が一体何の用だッ!?」

 光司が苛立ったように、フェリートに言葉を投げかける。今は少しでも情報と時間を稼がなくてはならない。早く逃げるように光司は後方の陽華と明夜に逃げるように合図を送る。

「用というのは簡単でございます。あなたの後ろの光導姫たちを抹殺するのが、私の用です」

「「ッ!?」」

 フェリートが何でも無いように穏やかな口調で言った言葉に、陽華と明夜は体が震えた。それはきっと恐怖からだろう。

 そして2人は圧倒的な力の差を感じていた。きっと今の自分たちではこのフェリートという闇人には勝てない。

 しかしそのことが分かっていても、2人はお互いに顔見合わせ光司の隣に立った。

「な!? 何をしてるんだ! 早く逃げろッ! 今の君たちではこいつには勝てない!」

 光司が焦りと苛立ちの混じったような顔で、隣の2人を見る。このままでは一方的に虐殺されるだろう。それほどの彼我ひがの実力差がフェリートと2人にある。

「・・・・・わかってるよ、私たちではこの人には勝てないって」

 陽華が真剣な顔でガントレットを構える。

「ならッ!」

「でもそれは香乃宮くんも同じでしょ?」

「ッ・・・・・!」

 明夜の言葉に光司は素直に驚いた。まさか2人がそこまで分かっているとは、光司も思っていなかった。その会話を聞いていたフェリートも、「ほう・・・」と驚いているようだった。

「それでもッ! 守護者の僕と光導姫の君たちではその価値が違う! 確かに、僕だけであいつに勝つのは極めて難しい。でも、ここは・・・・・!」

「命に価値の違いなんてないよ、香乃宮くん」

「陽華の言うとおり。それに逃げたところで、最終的には殺されるのがオチでしょ? だから」

 陽華と明夜は覚悟を決めた瞳をしながらも、不敵に笑ってみせる。そして声を合わせてこう言った。

「「私たちも戦うッ!!」」

 その2人の覚悟に光司は目を見開く。この2人は自分が思っていたよりも遥かに強かったようだ。光司は本当に仕方なさそうに、ため息を一つ漏らすと、答えを返した。

「・・・・・わかったよ。ただし――」

「さすがに長過ぎます」

 光司が言葉を紡ごうとした瞬間、フェリートは超速で襲いかかってきた。その攻撃に唯一反応できた光司は、同じく凄まじいスピードでフェリートを向かい打つ。

「ッ!? 卑怯な・・・・・!」

「殺し合いに卑怯もクソもありませんよ。それにここまで待ってあげた私は随分と紳士の割合に入ると思いますが」

 光司の斬撃をどこから出したのか闇色のナイフで受け止め、フェリートは涼しい顔で応じた。

「うそ、速すぎる・・・・・!」

 その攻撃に反応できなかった明夜が思わず言葉を漏らす。明夜と同じように陽華も全く反応できなかった。

 そしてその瞬間に全ては終わっていた。

「さて、お命を頂きます」

「え?」

 突然自分の後ろから響いた声に明夜は、無意識に振り返っていた。

 次に明夜が見た光景は、光司と戦っているはずのフェリートが自分の胸に手刀で突きを放っているものだった。

 そしてそこで月下明夜の命は潰えたはずだった。――通常ならば。


「鎖よ」


 しかし明夜は死ななかった。後1センチで手刀による突きが明夜の心臓を貫こうとしたところで、フェリートの手刀は闇色の鎖に阻まれた。

「これは・・・・・」

 フェリートが本当に驚いたように鎖に絡まれた自分の右手を見る。そして、陽華と光司はようやくフェリートが2人いることに気づいた。

「み、明夜!? 大丈夫ッ!?」

「ッ!? 一体どういうことだ!?」

 光司はほんの一瞬だけ視線を後方に向け、自分の正面にいるフェリートを見る。どういった原理かはわからないが、フェリートは2人いるのだ。

 そして明夜を襲ったフェリートを止めた人物が林の中から現れた。

「・・・・・・残念だったな」

 右手で闇色の鎖を引き寄せながら、スプリガンはその金色の瞳で明夜を襲った方のフェリートを見た。

「・・・・・・あなたは何者です?」

 フェリートが警戒の色の灯った目をスプリガンに向けた。しかし、その問いに図らずも答えたのは陽華だった。

「スプリガン・・・・・・」

 呆然と、しかしどこか感動を含んだような声で陽華はそう呟いた。

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